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八章 ツアー

113 企画

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 改めてセクシャルマシンガンズは、名古屋を基点に活動するロックバンドである。
 バンド編成は四人であり、ギターボーカルにギター、ベース、ドラムと分かりやすいパート分けだ。
 現在は地方都市でも有名になれば、すぐにネットで拡散される。
 そこをスカウトしたり、あるいは向こうからデモテープが送られてきたりして、インディーズなりメジャーなりから音源が出ることになる。
 昔ならCDデビューといったところだろうが、今は完全にネットでしか公開していないレーベルもある。
 だが普通はたいがい、1000枚程度のプレスはするのだ。
 ライブハウスでの物販でもいいし、またこういう音楽ですと紹介する名刺代わりになる。

 昨今ではライブハウスでCDを買うというのは、音楽を求めるというよりはもっと、直接応援の意味でCDを買っているとも言える。
 ただここには罠があって、CDを作ってみないかと言ってレコーディング費用などはバンドに出させて、CDは作ったもののばら撒いておしまい、というレーベルなどもあったりする。
 ひどいとレコーティングが完了しないとかいって、消えてしまうこともあるのだ。
 その点ではやはり、既に実績のあるレーベルから出すというのは、安全である。
 シェヘラザードはレコーディング費用まで出して、かなりの枚数をプレスした。
 それだけ売れると思ってくれたのと、あとは応援という気持ちもある。
 シェヘラザードは単純に音源を作るレーベルというだけではなく、他の事業もしている。
 たとえばライブハウスも、小さいが持っているのだ。
 総合的に音楽で利益を出す、というのがシェヘラザードのやり方である。
 しかし一枚ごとに契約するので、大失敗するということも少ない。

 セクシャルマシンガンズは、インディーズからの声はかかっているらしいが、あまりいい条件ではないらしい。
 フェスにも出ているのに世知辛いことかもしれないが、やはり日本は東京に文化の発信が集中しすぎている。
 それでも大都市圏に生まれただけ、まだ幸運であったのか。
 今ではネットでの公開も出来るが、そもそも人を集めるというのが難しい。
 またバンドを組むためにはさすがに、人が集まってその中から、お互いを選びあうということが必要だ。
 東京に住んでいるというだけで有利であるし、東京に進学してようやく道が開けるという人間もいる。
 信吾の場合も仙台から出てきたわけであるし、栄二の場合も一応関東圏では活動できる距離に実家があった。

 結局、本気で音楽で生きていこうという人間は、都市部に出てくるのだろう。
 だが実家住まいであるかどうかというのは、大きなアドバンテージであるのは間違いない。
 オーディションへの参加なども、デビューの手段としては存在する。
 だが今はメジャーレーベルから売り出すよりも、地方の大都市でインディーズ活動をした方が、金銭的には楽であったりする事実もある。
 もちろんミュージシャンなどというのは99%が自己顕示欲の塊なので、東京に集まりたいとは思っている。
 今は環境が、地方でもある程度、音楽で食べていけるようになったのは確かだが。



 三月の中旬、セクシャルマシンガンズが東京へやってくる。
 他のメンバーは年上であったはずだが、涼は今度が高校三年生なので、学校をさぼっているのだろうか。
 ともあれそこまでは、俊の関知することではない。
 ライブハウスのストレンジで、東京のライブハウスとしてはデビューをする。
 トリをノイズが務めて、その一つ前がマシンガンズである。

 それほど多くはないだろうが、名古屋から追っかけてきているファンもいるらしい。
 チケットを捌くのは簡単だと阿部も言っていた。
 考えれば去年の夏には、それなりに大きなフェスも経験しているのだ。
 ただ現在の知名度は、ノイズの方がかなり上回るようになっている。
 理由としては、色々とあるだろう。

 そもそもノイズは、メジャーデビューしたバンドから離脱した、実力派のリズム隊がいた。
 信吾などはギターとして、かなり人気もあったはずだ。
 定期的にバンドを繰り返し、シェヘラザードの5000枚のアルバムはあっという間になくなった。
 インディーズレーベルからの契約の話もあったのに、もったいつけるかのようにバンドだけの活動を続けていた。
 広く公開していたのは、月子のオリジナルとカバーの歌ってみただけ。
 80年代のアニメソングなどをライブでカバーするという、かなり微妙な線を行っている。

 結局芸能事務所はほとんどが、東京にあるのだ。
 音楽性はともかく、プロデュース次第で売れると考えている人間は、まだまだ多い。
 俊も実はそれには同意見なのだが、どのようなプロデュースが効果的なのかという点で、他の年配の人間とは異なる。
 今はとにかく、何もかもが便利になりすぎた時代だ。 
 それに合わせて音楽を提供するというのが通常の考えの中、あえて絞って活動をしている。
 そこに生まれるのが、現在ではなくなってきた希少価値である。

 供給する娯楽が多い中で、もったいつけた供給が、果たして受け入れられるのか。
 結果がそれを証明してくれた。
 あまりにも娯楽があふれすぎていると、人間は二つの動きをする。 
 一つは誰もが受け入れているものを、自分も受け入れようとすること。
 そしてもう一つは、あえて誰にでも受け入れられるようなものは、避けようとすること。
 ノイズは音楽自体のクオリティが高いのは、聴けばおおよそ分かるものだ。
 それがあえてそれほど目立たないような活動をしている。

 近づけばそこに実在を感じるのだが、ぎりぎりで手に触れることがない。
 この距離感によって、売れていると言えるのかもしれない。
 俊としてもこれで本当に売れるのか、それは確信を持っていたわけではなかった。
 だが月子の歌を聴いて、暁とコンビを組むような形になって、バンドの最後に千歳が加入した。
 ここに感じた運命的なものが、かつて俊が過去に在籍していた、他のバンドとは違ったものになったのだ。



 ライブの準備にセッティングに入る。
 楽屋では売り出し中のバンドメンバーが出入りしているが、ノイズもマシンガンズもセッティングの順番は後だ。
「どうも、セクシャルマシンガンズのリーダーやっています後藤田です」
「ご丁寧に。ノイズの主催の渡辺です。一応、サリエリとは名乗ってますけど、最近は本名で呼ばれることが多いので」
 最近のノイズは、確かにそうなのである。
 他のメンバーがルナ、アッシュ、信吾、栄二、トワというところに、サリエリだけが浮いている。
 なので作詞作曲をサリエリ、演奏を俊という感じで、分けることが多くなった。

「東京の大規模なハコは初めてなので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、名古屋遠征ではよろしくお願いします」
 ツアーの企画では、名古屋でのライブは、マシンガンズとのツーマンライブの予定である。
 地元の人気バンドで、最低限の集客は見込める。
 そこからどうやってノイズのファンにもなってもらうか、それは演奏次第である。

 正直なところツアーというのは色々と心配もあるのだ。
 今までに完全に地元を離れたものなどは、千葉で行われたフェスしかない。
 ただあれも在京圏ではあるので、おおよその集客は読めた。
 また東京から名古屋まで、高速を使っての移動は、かなりの時間がかかる。
 もっともこの移動はまだしも、前日入りなので時間的な余裕はある。

 京都、大阪、神戸は当日入りでセッティングとリハを行い、そしてそのまま演奏。
 福岡は一日だけ時間を取れたが、それでも体力的にはきつい。
 こんなスケジュールでライブをやってきたことは、今までになかった。
 信吾と栄二は経験があるが、基本的に俊はしっかりと準備をして余裕を持つため、俊さえもが体力的に大丈夫か、日程の過密さでクオリティを保てるか、そこが心配なのである。
 もっとも年少の二人は、なんだか小旅行みたいだと、はしゃいでいたものだが。
 観光の余裕などは、はっきり言ってないだろう。

 事務所がライブ先を決めて話を通してくれているため、そこは任せている。
 だがその分の費用などは、当然ながら事務所が多く取っている。
 稼ぎだけを考えるなら、東京の渋谷や下北沢あたりで、ルーティンのようにやっていた方がいいように思える。
 しかしバンドにとって、安定というのは衰退なのだ。
 常に拡大を求めていかなければ、飽きられてしまうのがミュージシャンの世界。
 一発屋でずっとその歌が売れるのとは違う、ライブバンドの世界なのだ。



 マシンガンズは静岡から横浜、そしてこの東京から一気に仙台へと、足を伸ばす日程である。
 それが終わって名古屋に戻れば、すぐにノイズのツアーが始まる。
 なんともせわしないことであるが、人気のあるバンドというのは、それだけ忙しいものなのだ。
 売れれば売れるほどに、自由な時間がなくなってしまう。
 なんだかブラックな労働環境に思えるが、実はそれは完全に正しい。

 俊はそんな中で、後藤田と話すことが多くなった。
 マシンガンズは今年、また今度は関西から西へのツアーも考えているらしい。
 そこでの手ごたえ次第で、また夏にどこかのフェスに参加することを考える。
「事務所に所属はしてないんですか?」
「いやあ、それはなかなか」
 上京するまでに、地元のミニレーベルで音源は作ってみた。
 直販ではそれなりに売れたものの、やはり知名度が高くないと売れない。
 ノイズが売れたのは、シェヘラザードというレーベルの信用度も高いのだ。

 涼の卒業を待って、東京に拠点を移す。
 そのためにもこの遠征や、夏のフェスなどで手ごたえをつかまないといけない。
 俊は彼らの楽曲を聞いたことはあるが、正直なところ音源となったものだけでは、あまりその魅力が伝わらなかった。
 実際にライブと音源では、全くの別物というバンドは多いのだ。
「けれど俺らも、いいかげんにアラサーに突入しそうなわけで」
 ギターはいち早く離脱してしまい、そこに涼が入ったということである。

 バンドのメンバーの交代というのは、それこそよくあることだ。
 ビートルズだって実は、デビュー前にはあれこれあったのだ。
 そうでなく、日本の身近なバンドであっても、作曲と作詞をやっていないメンバーとの、収入の格差は大きかったりする。
 そのあたりも考えて、ライブでの収入や物販を強化しないと、バンドはやっていけない。
 開場前のライブハウスの前には、ちょっと普段は見ないような人間もいて、それがマシンガンズを追いかけてきたファンなのかもしれない。
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