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変わらぬ日常、変わったもの
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ライーバル家の厨房にて。仲良しの使用人たちにもとたっぷりおみやげにポテトチップスを買って帰った私は衝撃の事実を知った。
なんと、ほとんどの人がポテトチップスを知っていて、その上、食べたこともあったのだ。
むしろ、味のバリエーションとかそういう細かい情報まで知れ渡っていて、次の日に聞いて回ったところ、知らなかったのは私と使用人で最高齢の庭師だけみたいだ。
「ひどい! 料理長も皆もポテトチップスのこと知っていたの!?」
「そりゃ流行っていますし、ねえ?」
「そうそう、もうだいぶ前から大流行しているじゃないですか」
騒いだ私をなだめるように、料理人たちがどんどん口を出してくる。
「最近では、旦那様や奥様も召し上がっているはずですよ」
「ええっ?」
あんぐりと口を開けて驚く私に料理人たちが苦笑する。
まさか、芋に偏見のあったお父様やお母様まで食べているなんて!? それなのに私が知らないなんて納得がいかない。
「だって、お嬢様。デビュタントで恥をかくわけにはいかないって必死にダイエットに励んでらしたし」
「そのあと、リバウンドしたかもと言いつつお酒を召し上がるから見せるわけにはいかなかったんじゃないですか」
「うう……」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。反論の余地さえない。
「私、太っていないもの……」
いじけた気持ちでうつむくと、そこここから励まされて、ちらりと上を向く。ダンがやれやれといった様子で口を開いた。
「使用人一同そう思っていますよ。それでも、お嬢様のためを思って、お嬢様を皆で応援していたのです」
そんな良いこと風に言っても結局は皆で私に隠れてポテトチップスを食べていたんじゃないか。ずるい。
「今となっては、お嬢様がポテトチップスを知らないなんてみんな思っていませんでしたし」
子供を慰めるような料理人たちの様子に、さらにいじけた気持ちをつのらせていると、元下働きの少年が焦ったように口を開いた。
「きょ、今日からお嬢様も召しあがればよいんですよ!」
「うう……」
そうして、ひさしぶりに食べたポテトチップスは、これまでにないほど美味しかった。つい丸々一袋食べてしまって、少し後悔したのは内緒だ。
* * *
平和な干物生活から一転。学園では猫かぶり生活が待っている。ポテトチップスがいつでも食べられるからって浮かれてはいられない。
私は、なんとしてでも家出を成功させないと行けないんだから!
もうすでに入学から一ヶ月近くが経っているというのに、情報収集がまったく進まなくて焦ってしまう。
三人とは相変わらずいつも一緒だし、クラスの令嬢の反応も変わらない。
それに加えて、学園のそこここで囁かれる噂が私を悩ませていた。
男女別の礼儀作法の授業を終えて教室に戻ると、以前話したことのある令嬢がつかつかと歩み寄ってきた。
「エリザベラ様! わざわざ下位貴族の元を訪ねたというのは本当ですの?」
食い下がるように声をかけられて、またその話かとげんなりする。ちょっと他のクラスを覗きに行っただけなのに、思った以上に話題になってしまっているようだ。
彼女の質問に私が答えるよりも早く、別の令嬢が得意げに口を開いた。
「まあ、そんなに慌ててはしたなくてよ? エリザベラ様は遠方から来る生徒たちを労いに行かれたのです。慣れない寮ぐらしを気遣って」
最初に話しかけてきた令嬢は、その言葉にはっとした顔をすると、眉を下げて私を見た。
「……そうでしたの。なんてご立派なのでしょう……」
「しかも、ですよ? ご存知ですか?」
二人のやり取りに、さらにもう一人の令嬢が加わり、話を続けた。
「お優しいエリザベラ様を案じた殿下がすぐに颯爽と駆けつけられて……」
そこまで話してくすりと彼女は微笑んだ。
「そこで止めないでくださいまし!」
「そうですわ」
じれた様子で二人が先を促すと、もったいぶった様子で彼女が口を開く。
「優しくエリザベラ様の肩を抱かれて、とろけるような顔で笑いかけたそうですわ。まるで物語のようだったと、遠縁の娘がうっとり話しておりました」
「まあ!」
「なんて素敵」
「他のクラスでは有名な話でしてよ」
「エリザベラ様と殿下たちが敢えてカフェテリアをご利用なのも最初は驚きましたが、そんな考えが……」
令嬢たちのおしゃべりに口元が引きつりそうになりながら、私はなんとか笑ってみせた。
当然、令嬢たちの話は間違いばかりだ。
確かに、他のクラスに行ったらすぐにクリストフ様が来たことやカフェテリアの常連なのは本当だけど……。
気遣いなどではなく情報収集がしたいだけだし、物語のようなのはクリストフ様だけで、私の本性はジャージとごろ寝を愛する干物令嬢だ。
真実を正直に話すわけにもいかないのが歯がゆい。
「私はやりたいように過ごしているだけですわ」
憂鬱な気分で、ぎりぎり嘘にならない言葉を吐く。
おかしい。なぜだか噂がねじ曲がって伝わり私の株はストップ高で、ついでに集める視線も五割増しくらいにはなっている。
なんでこんな設定になっているのかわけがわからない。
「私のことよりも、ポットデー男爵令嬢と親交のある方はいらっしゃいますか?」
こっそり他のクラスに行くことが難しくとも、クラスメイトなら話ができるかもしれない。
幸い、ポットデー領はそこそこ王都から離れているし、話ができればきっと参考になるだろう。
これまでも機会を伺っていたけれど、クリストフ様たちの手前、二人きりになるのはなかなか難しいのだ。
令嬢たちはそれぞれ考え込んで、しばらくして申し訳なさそうに口を開いた。
「ポットデー男爵令嬢ですか……? いいえ、まったく」
「ええ、私も」
「私は見ましたの! 彼女がいつも持ち歩いているノート……、あれは呪詛を書き綴ったものなのですわ」
最後は声を潜めて、他のクラスでのクリストフ様情報を提供してきた彼女が言った。
「呪詛?」
聞き慣れない言葉を聞き返すと、彼女は眉をひそめた。
「ええ……。私は五ヶ国語を扱えますが、見たこともない文字で……。複雑に組み合わせた謎の文字を書き付けているのです」
「あら、あなたの知らない文字ではなくて? あの娘の家、新興国からの輸入で台頭してきていますし」
「いえ、いえ! あのノートに記録をつけているときは、殿下やお二方をじっと見ていることが多いのです。あれは絶対呪術で御心を射止めようとしているのです!」
「は、はあ……」
なぜか確信を持った様子に呆気にとられる。
呪術や呪詛なんて、実在するわけがない。もし、本当に効果があるのならこの状況こそなんとかしてもらいたい。
恐らく、奨学生の勉強を頑張っているだけだと思うけれど……。夢見がちな方なのか、想像力がたくましすぎる。
「エリザベラ様、お気をつけくださいませ」
「そんな大げさな……」
あまりに真剣な表情に困って笑うと、彼女は表情をさらに険しくした。すると、他の二人も気遣わし気にこちらを見つめる。
「そういえば、私も見ましたの。殿下と過ごすエリザベラ様を瞬きもせずに見つめている姿を……」
「私が見たのは、お三方といらっしゃるときでしたけれど。確かにじっと見つめていたような……」
「きっと偶然だわ」と答えながら、令嬢たちに笑って見せる。
私も覚えがあるけれど、暇すぎるとちょっとしたことが大事に感じるのだ。
「エリザベラ様!」
咎めるような声に他の二人も同意する。
「心配していただいてありがとう。そうね、今度彼女に確認してみるわ」
「いけませんっ」
「絶対に近寄らないでください」
「それくらいなら私達が……」
口々に止められて、最後は気がかりなことまで言い出した。地方出身の男爵令嬢を高位貴族の娘が数人がかりで取り囲む様を想像するだけで、申し訳ない。
「だめよ。本当のことなんて外からはわからないもの」
私の言葉に彼女たちが目を伏せた。
「だけど、そうね……。あなたたちがそこまで言うのなら、彼女に話しかけるのはやめておくわ」
「エリザベラ様……」
令嬢たちがこちらを心配そうに見つめてくる。
「だから、あなたたちも不用意なことを言わないでね」
「……はい」
しょんぼりとうなずいてはくれたけど、空気を悪くしてしまった。そのとき、ふとよい考えがひらめいた。
「そういえば、もうすぐ剣術トーナメントの本戦があるでしょう? もし、クリストフ様、ハンス様、ステファン様のうちの誰かが出場したら一緒に観に行かない?」
途端に令嬢たちが顔を明るくする。楽しそうにこそこそと何かをささやきあってから、令嬢たちの一人が口を開いた。
「いえ、私たちはご遠慮しておきますわ」
てっきり二つ返事で受け入れてくれると思っていたのだけど……。人望が足りない。
「ねえ」と口々に言い合うさまは仲が良さそうで、正直なところ少し羨ましい。
あーあ……。これでしばらくポットデー男爵令嬢に話しかけることはできない。
それにしても、ポットデー男爵令嬢のノートには何が書かれているんだろう。話しかけないことは約束したけど、こっそり覗いてみたらいけないかしら?
なんと、ほとんどの人がポテトチップスを知っていて、その上、食べたこともあったのだ。
むしろ、味のバリエーションとかそういう細かい情報まで知れ渡っていて、次の日に聞いて回ったところ、知らなかったのは私と使用人で最高齢の庭師だけみたいだ。
「ひどい! 料理長も皆もポテトチップスのこと知っていたの!?」
「そりゃ流行っていますし、ねえ?」
「そうそう、もうだいぶ前から大流行しているじゃないですか」
騒いだ私をなだめるように、料理人たちがどんどん口を出してくる。
「最近では、旦那様や奥様も召し上がっているはずですよ」
「ええっ?」
あんぐりと口を開けて驚く私に料理人たちが苦笑する。
まさか、芋に偏見のあったお父様やお母様まで食べているなんて!? それなのに私が知らないなんて納得がいかない。
「だって、お嬢様。デビュタントで恥をかくわけにはいかないって必死にダイエットに励んでらしたし」
「そのあと、リバウンドしたかもと言いつつお酒を召し上がるから見せるわけにはいかなかったんじゃないですか」
「うう……」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。反論の余地さえない。
「私、太っていないもの……」
いじけた気持ちでうつむくと、そこここから励まされて、ちらりと上を向く。ダンがやれやれといった様子で口を開いた。
「使用人一同そう思っていますよ。それでも、お嬢様のためを思って、お嬢様を皆で応援していたのです」
そんな良いこと風に言っても結局は皆で私に隠れてポテトチップスを食べていたんじゃないか。ずるい。
「今となっては、お嬢様がポテトチップスを知らないなんてみんな思っていませんでしたし」
子供を慰めるような料理人たちの様子に、さらにいじけた気持ちをつのらせていると、元下働きの少年が焦ったように口を開いた。
「きょ、今日からお嬢様も召しあがればよいんですよ!」
「うう……」
そうして、ひさしぶりに食べたポテトチップスは、これまでにないほど美味しかった。つい丸々一袋食べてしまって、少し後悔したのは内緒だ。
* * *
平和な干物生活から一転。学園では猫かぶり生活が待っている。ポテトチップスがいつでも食べられるからって浮かれてはいられない。
私は、なんとしてでも家出を成功させないと行けないんだから!
もうすでに入学から一ヶ月近くが経っているというのに、情報収集がまったく進まなくて焦ってしまう。
三人とは相変わらずいつも一緒だし、クラスの令嬢の反応も変わらない。
それに加えて、学園のそこここで囁かれる噂が私を悩ませていた。
男女別の礼儀作法の授業を終えて教室に戻ると、以前話したことのある令嬢がつかつかと歩み寄ってきた。
「エリザベラ様! わざわざ下位貴族の元を訪ねたというのは本当ですの?」
食い下がるように声をかけられて、またその話かとげんなりする。ちょっと他のクラスを覗きに行っただけなのに、思った以上に話題になってしまっているようだ。
彼女の質問に私が答えるよりも早く、別の令嬢が得意げに口を開いた。
「まあ、そんなに慌ててはしたなくてよ? エリザベラ様は遠方から来る生徒たちを労いに行かれたのです。慣れない寮ぐらしを気遣って」
最初に話しかけてきた令嬢は、その言葉にはっとした顔をすると、眉を下げて私を見た。
「……そうでしたの。なんてご立派なのでしょう……」
「しかも、ですよ? ご存知ですか?」
二人のやり取りに、さらにもう一人の令嬢が加わり、話を続けた。
「お優しいエリザベラ様を案じた殿下がすぐに颯爽と駆けつけられて……」
そこまで話してくすりと彼女は微笑んだ。
「そこで止めないでくださいまし!」
「そうですわ」
じれた様子で二人が先を促すと、もったいぶった様子で彼女が口を開く。
「優しくエリザベラ様の肩を抱かれて、とろけるような顔で笑いかけたそうですわ。まるで物語のようだったと、遠縁の娘がうっとり話しておりました」
「まあ!」
「なんて素敵」
「他のクラスでは有名な話でしてよ」
「エリザベラ様と殿下たちが敢えてカフェテリアをご利用なのも最初は驚きましたが、そんな考えが……」
令嬢たちのおしゃべりに口元が引きつりそうになりながら、私はなんとか笑ってみせた。
当然、令嬢たちの話は間違いばかりだ。
確かに、他のクラスに行ったらすぐにクリストフ様が来たことやカフェテリアの常連なのは本当だけど……。
気遣いなどではなく情報収集がしたいだけだし、物語のようなのはクリストフ様だけで、私の本性はジャージとごろ寝を愛する干物令嬢だ。
真実を正直に話すわけにもいかないのが歯がゆい。
「私はやりたいように過ごしているだけですわ」
憂鬱な気分で、ぎりぎり嘘にならない言葉を吐く。
おかしい。なぜだか噂がねじ曲がって伝わり私の株はストップ高で、ついでに集める視線も五割増しくらいにはなっている。
なんでこんな設定になっているのかわけがわからない。
「私のことよりも、ポットデー男爵令嬢と親交のある方はいらっしゃいますか?」
こっそり他のクラスに行くことが難しくとも、クラスメイトなら話ができるかもしれない。
幸い、ポットデー領はそこそこ王都から離れているし、話ができればきっと参考になるだろう。
これまでも機会を伺っていたけれど、クリストフ様たちの手前、二人きりになるのはなかなか難しいのだ。
令嬢たちはそれぞれ考え込んで、しばらくして申し訳なさそうに口を開いた。
「ポットデー男爵令嬢ですか……? いいえ、まったく」
「ええ、私も」
「私は見ましたの! 彼女がいつも持ち歩いているノート……、あれは呪詛を書き綴ったものなのですわ」
最後は声を潜めて、他のクラスでのクリストフ様情報を提供してきた彼女が言った。
「呪詛?」
聞き慣れない言葉を聞き返すと、彼女は眉をひそめた。
「ええ……。私は五ヶ国語を扱えますが、見たこともない文字で……。複雑に組み合わせた謎の文字を書き付けているのです」
「あら、あなたの知らない文字ではなくて? あの娘の家、新興国からの輸入で台頭してきていますし」
「いえ、いえ! あのノートに記録をつけているときは、殿下やお二方をじっと見ていることが多いのです。あれは絶対呪術で御心を射止めようとしているのです!」
「は、はあ……」
なぜか確信を持った様子に呆気にとられる。
呪術や呪詛なんて、実在するわけがない。もし、本当に効果があるのならこの状況こそなんとかしてもらいたい。
恐らく、奨学生の勉強を頑張っているだけだと思うけれど……。夢見がちな方なのか、想像力がたくましすぎる。
「エリザベラ様、お気をつけくださいませ」
「そんな大げさな……」
あまりに真剣な表情に困って笑うと、彼女は表情をさらに険しくした。すると、他の二人も気遣わし気にこちらを見つめる。
「そういえば、私も見ましたの。殿下と過ごすエリザベラ様を瞬きもせずに見つめている姿を……」
「私が見たのは、お三方といらっしゃるときでしたけれど。確かにじっと見つめていたような……」
「きっと偶然だわ」と答えながら、令嬢たちに笑って見せる。
私も覚えがあるけれど、暇すぎるとちょっとしたことが大事に感じるのだ。
「エリザベラ様!」
咎めるような声に他の二人も同意する。
「心配していただいてありがとう。そうね、今度彼女に確認してみるわ」
「いけませんっ」
「絶対に近寄らないでください」
「それくらいなら私達が……」
口々に止められて、最後は気がかりなことまで言い出した。地方出身の男爵令嬢を高位貴族の娘が数人がかりで取り囲む様を想像するだけで、申し訳ない。
「だめよ。本当のことなんて外からはわからないもの」
私の言葉に彼女たちが目を伏せた。
「だけど、そうね……。あなたたちがそこまで言うのなら、彼女に話しかけるのはやめておくわ」
「エリザベラ様……」
令嬢たちがこちらを心配そうに見つめてくる。
「だから、あなたたちも不用意なことを言わないでね」
「……はい」
しょんぼりとうなずいてはくれたけど、空気を悪くしてしまった。そのとき、ふとよい考えがひらめいた。
「そういえば、もうすぐ剣術トーナメントの本戦があるでしょう? もし、クリストフ様、ハンス様、ステファン様のうちの誰かが出場したら一緒に観に行かない?」
途端に令嬢たちが顔を明るくする。楽しそうにこそこそと何かをささやきあってから、令嬢たちの一人が口を開いた。
「いえ、私たちはご遠慮しておきますわ」
てっきり二つ返事で受け入れてくれると思っていたのだけど……。人望が足りない。
「ねえ」と口々に言い合うさまは仲が良さそうで、正直なところ少し羨ましい。
あーあ……。これでしばらくポットデー男爵令嬢に話しかけることはできない。
それにしても、ポットデー男爵令嬢のノートには何が書かれているんだろう。話しかけないことは約束したけど、こっそり覗いてみたらいけないかしら?
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