14 Glück【フィアツェーン グリュック】

文字の大きさ
50 / 223
エスプレッソとコーラ。

50話

しおりを挟む
(さて、困ったわけですが)

 一一月。ベルリンの最低気温、最高気温ともにひと桁となり、街に吹く寒風は肌を突き刺す。日照時間も一〇時間を切り、本格的な寒さを感じだす頃。

「? どうしたんスか? あ、なんか飲みます?」

 壁際の机の上には、店から持ち帰った資料。イスに座りそれを読みながら、難しい顔をしているユリアーネに、アニーが声をかける。ハイツングという暖房器具は備わっているが、それでもパジャマだけでは少し寒い。一枚羽織ってようやくだ。

「ありがとうございます。ではコーヒーを」

 時刻は早朝六時三〇分。ドイツの朝は早い。学校が始まるのも早いが、終わるのも早い。昼過ぎには終わる。ゆえに、早いところだと七時三〇分には授業が始まる。二人が通うケーニギンクローネ女学院は八時から。まだ余裕はある。

「コーヒーでいいんですか?」

 台所から、ひょっこりと顔を出したアニーが問いかける。なにか言いたそうに。

「はい、フィルターで」

 フィルターとはブラック。ヨーロッパではフィルターと呼ぶことも多い。頭をスッキリさせよう、それには苦味がユリアーネは欲しい。

「ほんとにほんとに?」

 スリッパのパコンパコンという音をたてながら、アニーがどんどん近づく。

「……紅茶で。ストレートでお願いします」

「喜んで」

 ユリアーネがアニーのところに転がり込んで数日。毎日ではないが、泊まることで親睦を深めており、お互いのものが部屋に揃いつつある。ユリアーネとしては、たまに色々お話しできたら、程度であったが、アニーは毎日でもいてほしいらしく、中々引き下がってくれない。ゆえに、週の半数以上は泊まっている。

 ちなみにこの部屋は土足禁止で、玄関で靴は脱ぐ。ゆえにお揃いのスリッパが置いてあり、歯ブラシや衣類やマグカップなんかも数点。短期間なら住むことができる。

「それにしても、いつも朝早いですね。私より遅い時がないです」

 資料と睨めっこをしながら、ユリアーネが語りかける。朝のぼんやりした眼で見るには、少し、いや、かなり痛い数字。

「そ、そうっスね。昔から、です、かね」

「?」

 言葉がたどたどしいアニーに疑問を持ちつつも、ユリアーネは紅茶をいただく。豆とコーヒーメーカーは持ち込み済み。朝は基本そっちなのだが、紅茶も嫌いではない。どちらかというと好き。透き通るような、少し赤みがかったオレンジ。優しい温かさ。

「また、昨日とは違う茶葉ですね。ほのかにメントールと、華やかな花の香り。それでいてちょうどいい渋み」

 思わず頬ずりしたくなるような、心地よい香りと温かさ。朝イチということもあり、スッキリとした味わいを欲しくなるが、こちらもちょうどいい喉ごし。思わず目を瞑り、笑顔でため息を吐く。

 その惚けきったユリアーネの姿を確認して、アニーは笑む。

「今日はウバを使っています。リラックスや疲労回復に効果があるんです。難しいことはボクにはわかんないっスけど、頑張ってくださいっス!」

 お店で働くことは好きだが、数字の類はよくわからない。大事なことだというのはわかっているが、誰かに任せようと割り切っているアニーにできることは、これくらいしかない。

 適材適所。アイコンタクトで感じ取ったユリアーネも、つられて穏やかな気持ちになる。

「ありがとうございます」

 もうひと口飲むと、なんだか不思議な気持ちになってくる。朝であまり頭が働いていないとか、そういったこともあるだろうが、二つある窓から見えるベルリンの街。澄み渡る空。自由に飛ぶ鳥。喉を過ぎていく紅茶。

(なんか……平和です。ずっと、こうやって穏やかな日々が続けばいいのですが……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」  無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。  ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。  だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。 「———えぇ、いいわよ」 たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

処理中です...