14 Glück【フィアツェーン グリュック】

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必要と不要。

72話

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「なに? 注文?」

 キッチンでは、ノルウェー生まれの世界一のケーキ、クヴァフョールカーケをビロルが切り分けているところ。これをレジ横の冷蔵ショーケースに持っていく。我ながらいい出来だ、アーモンドスライスも喜んでいる。

「……深煎りの豆を極細挽きで。ミルクも砂糖もラテアートもいりません。それを窓際のオレンジジュースを飲んでいる方へ」

 目線をビロルと合わせず、ボソッとユリアーネは小さく呟く。
 
 コーヒー豆は深く煎るほどに苦味と味わいが濃くなり、そして、細く挽くほどに渋みや苦味が強く出る。

「窓際って——」

 俺が持ってくの? と尋ねる前に、座席と人をビロルは確認する。なにかあったのか? もしや……ユリアーネちゃんに付く悪い虫か!? という疑念を持つ。しかし。

「あれ、アニーじゃん。なにやってんのあいつ。てか、あいつ飲めるの? エスプレッソ?」

 深煎りかつ極細挽きは、エスプレッソの抽出方法。少ない量ながらも、業務用の二〇気圧で抽出される濃厚なコーヒー。とはいえ、いつも紅茶を飲んでいるコーヒー初心者には、なかなかぶっ飛んだ注文である。しかも無糖。にわかには信じられない。

 戸惑うビロルに気付き、ギロっとした目をユリアーネは向けるが。視線が合うと、満面の笑みで応じる。

「それでお願いします」

 自分にだけ向けられる笑顔。いつもなら、嬉しさで壁を叩きながら悶えるビロルではあるが、ユリアーネの目の奥と背後に潜む黒いオーラを感じ取り、躊躇しながら「お、おう……」と了承する。

 後のことをビロルに頼み終わると、途端にユリアーネの顔の表情筋が元に戻る。目だけキッチンテーブルの上のケーキを捉えると、ガッと鷲掴みにし、口に運んだ。

「ひっ!」

 自分でも情けない声が出た、と思いつつも、ビロルは一歩退く。自信作のアーモンドスライスが細かく砕かれていく様を、黙って見ているしかできなかった。

 一心不乱にユリアーネは噛む。口の端にクリームが付いていることなど気にせず、そのまま食べ続け、ごくん、と全てを飲み込む。そして、笑う。

「美味しいです。ぜひ、大学卒業後も、お店に就職考えていただけたら嬉しいです」

 それだけ伝え、無表情でユリアーネはバックヤードに下がっていった。急に温度が三度ほど下がったような錯覚さえする。

「か……考えとき、ます……」

 伝える相手はもういないが、それだけ肺から捻り出すと、ビロルは天井を見上げ、ひとつ深呼吸をした。
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