スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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復讐

遭遇

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 ヒャルマーの力を確かめてから数日後、俺はいつも通り勇者の潜伏先の周囲に潜んでいた。
 勇者は本当に、山の中たった一人で生きていた。
 しかし、突然俺の視界は赤く染まった。
 かつての集落があったにしても、こんな山奥に人間が現れるのは不自然だ。
 俺は襲いかかりたい衝動を抑え、赤い人物を監視することにした。

 旅人の装い。だが、剣を持つ二人組の人間だ。
 おそらく冒険者だろうが、やつらは「勇者の逃げた先」を見張っているような素振りだ。

「ビュル。力を貸せ。やつらを無傷で捕らえられるか」

「お任せください…捕らえました」
「…早いな」
 相変わらず、森の中のビュルは有能だ。
 もし次に敵対する機会があるのなら、森は避けた方がいいかもしれん。

 俺は冒険者たちの前に移動する。
 勇者の潜伏先を見下ろすような山間の、大木の下。
 二人とも、ミノムシのようにつる草にぐるぐる巻きにされ、逆さ吊りになっている。
 顔の鼻以外は塞がれ、声も出せないようだが、鼻息は荒い。
「お前達は何者だ?何をしている?」
「ケイ様。わたくしに命じてください。わたくしはケイ様の一部なのです。当然のように命を下してくだされば、即座に」
「そうか。では、任せる」

 一人のミノムシの口をつる草がこじ開け、大量の草が流れ込む。
 そして、草が抜けると、ミノムシが口を開いた。
「……俺たちは、ブーシブックの冒険者……俺はマイルズ……あいつが、フックだ。国の依頼で……ここにいる誰かを見張れって…… 」
 よだれと鼻水を垂れ流し、たどたどしいゆっくりとした口調だが、冒険者マイルズは話し出した。
 もう一人の『フック』は鼻以外は出ていない。最初から何もしていない。動かしていない。
「あれが誰か、わかっているのか?」
「…わからない。見つからないように…しろと言われた。簡単な仕事だと…」

 マイルズは死んでしまった。
 断片的ではあるが、国の依頼で勇者を見張っていたことは間違いなさそうだ。
 もう一人にも、もう少し聞いてみたいが、結果は同じか。
「ケイ殿、この者は血肉にしませぬか?」
 ヒャルマーが話しかけてきた。
「血肉とは…肉体化、擬人化の際に使用するものか?」
「左様です。新鮮な死体でも可能ですが、生きている状態の方が、鮮度が長いです」
「それならば、生きた肉体を使用するまで生かして置いた方がいいか。ビュル、保持は可能か?」
「可能です」
 ビュルは即答したが、ヒャルマーが口をはさむ。
「生きていても、吊るした状態では、健康状態が劣化していきますし、食料も必要になります。どうしますか?」
「面倒だな、生者は。使用してしまおう」






 俺は仮初の肉体を手に入れていた。
 そして、冒険者「フック」の衣装や装備一式を身に着けていた。
 ビュルやヒャルマーのメンテナンスならば、二十日程度は見た目は問題ないらしい。
 ただ、水や油が必要で、新鮮な血肉があったほうがいいとも言っていた。
 こんな山間に新鮮な血肉など、と思ったが、別段、人間ではなく獣の血肉でも保持できていた。

 そして、俺の視界は、赤く染った。
 またしても、勇者の周りに生者がやってきた。

「ケイ様。捕えますか?」
 ビュルに捕縛させようと思ったが、やめた。
 一度、生者として人間と接触をしてみようと思ったのだ。
 何かあれば、殺害し、俺の血肉としてしまえばいい。

 岩陰に潜み、何かをしている生者一人。
 俺が接近すると、生者も気が付いたようだ。
 歩み寄る俺に声をかけてきた。
 俺は赤い視界に震える体をなんとか留めた。

「待て、それ以上近付くな」
 ぴったりとした、茶色と黒の迷彩柄のような服を着ている。
 そして、背中に剣をしょっている。
 俺は問うた。
「お前も冒険者なのか?」
 俺は自身の首に掛けた冒険者証のタグを見せる。
 たしか、これが冒険者の身分証のはずだ。

 生者は何故か、両手を上げて俺に近付いてきた。
 その目は、首の冒険者証を見ている。
「敵意は無い。冒険者証を良く見せてくれ。銀級の…フックか」
 近い生者に揺れる肉体を、なんとか制御する。
「そう威嚇しないでくれ。戦う気はない。一体こんな所で何をして…いや、依頼内容は言えないか」

 俺は無言だったが、ビュルが何かを伝えてきた。
「この者は何か逡巡しています。揺さぶってみましょう『お前は何者だ、回答次第では…』と」
 こんな場面は今までになかった。
 生者と会話など、考えてもなかった。
 ここはビュルに任せてみよう。
 ダメならば、殺すまでだ。


「お前は何者だ?答え次第では…」
 俺は背中に背負った剣に手を伸ばす素振りをする。
 赤い視界の体は、僅かに震える。怒りを抑えるのに必死だ。
「ま、待ってくれ。くそっ、俺は評議国の者だ。国家間の…こういうことに、冒険者なら口を挟まないだろ?」
 何故か、異様に怯えている生者に、俺は更に怒りを感じる。
 そして、聞いてもいないのに、勝手に話し出した。


「最近、聖王国の動きが不審だから、国…評議国も隣国として、備えを進めているんだ。そして、俺は情報を集めに来たのだが、何故こんな山間に人がいるんだ?あいつは何者だ?」
 他国の間者なのか。そして、あれが勇者とは知らないと。
 勇者を他国に逃がすより、こちら側で苦悩を味合わせたほうがいいか。
 前回の貴族のように、勇者の「知っている人物」を巻き込んだほうが、より苦しむだろう。

「あいつは犯罪者、大量殺人犯だ。そして元勇者で強い。お前達の国に逃げるかもしれん」
「な…そうか。アンタはあいつを監視しているのか。アンタも強そうだが、勝てないのか?」
「どうだろうな…」
 俺は勇者の潜伏先を睨む。
「ケイ殿。この生者を使い、国境側から森を焼いてはどうですか?そうすれば火の無いほうに逃げるでしょう」
 ああ、なるほど。ヒャルマーの案を伝えてみるか。

「手を貸してもらえるか?ヤツをお前の国に逃がしたくない。国境側から森に火を放ち、ヤツを山からあぶり出せるか?」
「し、しかし、他国で山林を焼いたとわかれば、国家間の問題に…」
「大丈夫だ。こちら側は俺から話を通して置く。やつを野放しにしているほうが危険だ」
「…わかった。国境付近には、兵がいるから手を借りれるかもしれん。いつやればいい?」
「準備が出来たら、いつでも。それと、周辺の地域にも『災いを呼ぶ元勇者がいる』と伝えてくれるか」
「よし、やろう。銀級ならば口は固いだろう。俺の事は誰にも言わないでくれ」


 そうして山に火が放たれる。
 勇者はあっさりと山から逃げた。
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