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第二十二話『漂着した腹ぺこ騎士』
しおりを挟む最高のコロッケと、自家製の果実酒。
俺たちの収穫祭は、これ以上ないほどの幸福感の中で、ゆっくりと幕を閉じていった。
俺は、満腹で丸くなったお腹をさすりながら、焚き火のそばで後片付けをしていた。隣では、シラタマが幸せそうな寝息を立て、つちのこは、もう自分のテラコッタハウスの中で、すやすやと眠っている。
穏やかで、完璧な夜だった。
その、静寂を破ったのは、茂みの奥から聞こえてきた、か細く、しかし必死な物音だった。
ガサ……ガササ……。
「……ん?」
俺は、食器を洗う手を止めた。
風で木々が揺れる音ではない。もっと、必死で、何かをかき分けるような音だ。
俺の隣で眠っていたはずのシラタマが、その気配をいち早く察知し、むくりと体を起こした。そして、茂みの奥に向かって、低く「グルル……」と、警戒の唸り声を上げる。
畑のハウスからは、つちのこが、心配そうに顔を半分だけ覗かせている。
「(……誰か、いるのか?)」
俺は、焚き火のそばにあった、手頃な太さの薪を、武器代わりにそっと手に取った。
心臓が、ドクドクと鳴る。
ガサ、ガサ……。
音は、だんだんと近づいてくる。
そして。
茂みの葉が大きく揺れ、そこから、よろめきながら、一つの人影が現れた。
「……!」
月明かりに照らされたその姿に、俺は息をのんだ。
ボロボロの、歪んだ鎧。泥と血にまみれ、もはや元の輝きを失っている。
その鎧を纏っているのは、長い金髪を振り乱した、一人の女性だった。
**女騎士……。**
**物語の中でしか見たことのない存在が、今、目の前に。**
彼女は、目の前の光景――焚き火を囲む、奇妙な服を着た俺と、警戒する白熊の魔獣――を認めると、最後の力を振り絞って、腰の剣の柄に手をかけた。
その瞳には、飢えた獅子のような、鋭い光が宿っている。
俺も、薪を握る手に力を込める。
なぜ、こんな場所に、本物の騎士が?敵意はあるのか?
一触即発。張り詰めた空気が、俺たちの間を支配した。
だが、そのあまりにもシリアスな対峙を、破壊したのは、剣戟の音ではなかった。
**ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~っ………。**
夜の森に、あまりにも長く、そしてあまりにも切実に響き渡る、腹の虫の音。
音の発生源は、言うまでもなく、目の前の女騎士だった。
「…………え?」
俺が呆気にとられていると、その音を最後に、彼女の全身から、ぷつり、と糸が切れるように力が抜けた。
瞳から光が消え、膝が折れる。
ガチャリ!
重い鎧が、無慈悲な音を立てて、地面に崩れ落ちた。
彼女は、そのままピクリとも動かなくなった。
「……おい!大丈夫か!?」
俺は慌てて薪を放り出し、彼女のそばに駆け寄った。
呼吸は……ある。浅いが、かろうじて続いている。
鎧の隙間から見える体には、いくつかの切り傷やすり傷があるが、致命傷になりそうなものはない。
それよりも、問題は……。
「(……痩せてる。頬はこけ、唇は乾ききってる。これは、極度の飢餓と、疲労だ……)」
フードコーディネーターとして、人の栄養状態には敏感だ。これは、戦う戦士の姿ではない。助けを必要とする、「患者」の姿だった。
俺は、彼女を「敵」ではなく、「遭難者」として扱うことを決めた。
「シラタマ、大丈夫だ。この人は、敵じゃない」
俺は、まだ警戒を解かないシラタマをなだめると、女騎士をなんとか抱え上げ、拠点の中へと運び込んだ。
そして、すぐさま調理に取り掛かる。
だが、コロッケのような固形物は、絶対にダメだ。飢餓状態の胃に、そんなものを入れたら、ショックで死んでしまう。
必要なのは、胃に優しく、吸収が良く、そして、体を芯から温める、温かい水分。
俺は、『一人用土鍋』に水を入れ、かまどの残り火にかける。
そして、保存しておいた干し肉の切れ端と、森で採れた香草を数種類、そこへ投入した。
Eランクの『塩』と『胡椒』をほんの少しだけ召喚し、味を調える。
あっという間に、命を繋ぐための、滋養に満ちた即席スープが完成した。
俺は、かろうじて意識を取り戻した女騎士の上体を優しく起こし、その乾いた唇に、木のスプーンでスープをそっと運んだ。
彼女は、ほとんど無意識のまま、その温かい液体を、こくり、と飲み込む。
五臓六腑に、命そのものが染み渡っていくような、優しい味わい。
一口、また一口と、スープが彼女の体の中へと消えていく。
やて、土鍋が半分ほど空になったところで、リディアの体から、ふっと力が抜けた。
敵意も、警戒心も消えた、穏やかな寝息。
安心からか、彼女は、再び深い、深い眠りに落ちていった。
俺は、眠る彼女の顔を見ながら、そっとため息をついた。
「(……さて、と)」
助けたはいいものの、彼女が次に本当に目を覚ました時、一体どうなることやら。
俺たちの穏やかなスローライフに、少しだけ、波乱の予感が漂い始めていた。
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