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第二十七話『魂の火入れ式と、最初のピザ』
しおりを挟む石窯が、完全に乾くまでの数日間。
それは、もどかしくも、期待に満ちた、豊かな時間だった。
俺は、来るべき「ピザパーティー」のために、最高の食材の準備を進めていた。
森で採れた木の実を石臼で挽いて、風味豊かな「ナッツフラワー」を作る。
燻製にしておいたキバいのししの肉を、薄くスライスする。
そして、つちのこがくれた、あの『黄金の豆』。これをどう活かすか、考えるだけで胸が躍った。
リディアは、そんな俺の周りを警備するのが日課になった。窯に近づく小動物を追い払ったり、薪にするための木を集めてきたり。彼女なりに、この一大プロジェクトの重要性を理解してくれているようだった。
シラタマとつちのこは、日に日に乾いていく窯の周りを、まるで自分たちの秘密基地でも inspecting(点検)するかのように、毎日うろちょろしていた。
そして、運命の朝。
俺は、指で窯の表面をコンコン、と叩いた。カラカラと、軽やかで、乾ききった音がする。
「よし、完璧だ!」
俺は、この記念すべき最初の火入れを、一つの「儀式」として執り行うことにした。
「いいか、二人とも。今日、このかまどに、魂が吹き込まれる」
リディアとシラタマ、そしてつちのこが、固唾をのんで見守っている。
俺は、窯の燃料口に丁寧に薪をくべ、火をつけた。
最初は、小さな、か弱い炎。それを、じっくり、じっくりと大きくしていく。急に温度を上げすぎると、窯にひびが入ってしまうからだ。
やがて、炎はゴォッという力強い音を立てて安定し、窯の内部が、美しいオレンジ色に輝き始めた。
「すごい……!大成功だ!」
最高の舞台は、整った。
いよいよ、主役の登場だ。
「さあ、ピザを作るぞ!」
俺は、まず生地作りから始めた。ナッツフラワーに、召喚した『ドライイースト』と塩、水を加えて、プロの手つきでこね上げていく。
次に、ソース。先日収穫したベリーを煮詰め、森で採れた香草で風味をつけた、特製のベリーソースだ。
そして、一番の要、チーズ。もちろん、本物のチーズなどない。
だが、俺には、つちのこがくれた、あの『黄金の豆』があった。
「(こいつなら、きっと……!)」
俺は、茹でて柔らかくした黄金の豆を、丁寧に裏ごししていく。
すると、どうだ。
それは、まるで濃厚なチェダーチーズのような、ねっとりとした、美しい黄金色のペーストになった。舐めてみると、ナッツのような、チーズのような、芳醇なコクが口いっぱいに広がる。
「これだ……!これしかない!」
俺は、発酵させてふっくらと膨らんだ生地を、手で薄く伸ばしていく。
その上に、特製のベリーソースを塗り、黄金の豆ペーストをたっぷりと乗せ、最後に、燻製肉と、森で採れたキノコを彩りよくトッピングする。
ついに、この世界で最初の「ピザ」が、その姿を現した。
「よし、いくぞ!」
窯の内部は、炎が落ち着き、熾火が白く輝いている。最高の温度だ。
俺は、DIYで作った木の板(ピザピール)の上にピザを乗せ、燃え盛る窯の、その灼熱の口の中へと、そっと滑り込ませた。
ジュウウウウウッ!
入れた瞬間、生地の縁が、ぷっくりと膨れ上がるのが見えた。
黄金の豆ペーストが、ぐつぐつと気泡を立てて、とろけていく。
燻製肉の脂が、香ばしい音と香りを立てる。
窯の中は、まさに奇跡の空間だった。
一分……いや、二分も経っていなかっただろう。
俺は、完璧な焼き色がついたピザを、窯から引き出した。
そこにあったのは、もはや俺の知っているピザではなかった。
生地の縁は、虎柄のように美しく焦げ目がつき、中央では、黄金色のチーズ(のような何か)が、宝石のように輝いている。
ベリーソースの甘酸っぱい香りと、燻製肉のスモーキーな香り、そして、ナッツフラワーの香ばしさが一体となった、天上の香りが、俺たちの鼻腔を支配した。
「…………」
リディアも、シラタマも、つちのこも、言葉を失い、ただ、目の前の奇跡の円盤に釘付けになっている。
「よし、最高のピザができた」
俺は、震える手で、召喚した『ピザカッター』を握りしめた。
「さあ、食べようか……!」
俺たちのスローライフが、また一つ、最高のステージへと進化を遂げた瞬間だった。
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