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第二十八話『魂の一口と、聖域の騎士』
しおりを挟む熱気を帯びた石窯から、奇跡の円盤が姿を現した。
俺は、震える手で『ピザカッター』を握りしめ、クリスピーな生地に刃を入れる。
サクッ、とろり……。
心地よい音と、立ち上る湯気。俺は、その一切れを、まず、この場にいる唯一の騎士へと差し出した。
「リディアさん、どうぞ。熱いので、気をつけて」
「……うむ」
リディアは、騎士としての矜持からか、ナイフとフォークを探すそぶりを見せたが、俺が手で食べるのが作法だと示すと、おそるおそる、その熱々の三角形を手に取った。
そして、意を決したように、一口、大きくかじる。
次の瞬間、リディアの青い瞳が、驚愕に見開かれた。
「…………っ!!」
言葉が、ない。
カリカリで香ばしい生地、甘酸っぱいベリーソース、燻製肉の塩気と旨味、そして、全てを包み込む、チーズのような黄金豆の濃厚なコク……!
彼女の口の中で、味覚の革命が起きていた。
生まれて初めて体験する「旨味の多重奏」。それは、彼女が今まで「食事」だと思っていた、ただの栄養補給とは、全く次元の違うものだった。
ぽろり。
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、絶望から救われた時の涙ではない。純粋な「美味」への、魂からの感動の涙だった。
リディアは、騎士の威厳など、とうに忘れ去っていた。夢中で、二切れ、三切れと、奇跡の味をその舌に刻み込んでいく。
「キュフーーーッ!」
シラタマは、口の周りを黄金色のペーストだらけにしながら、恍惚の表情で幸せのため息をついている。
つちのこは、自分が育てた豆の活躍に、誇らしげに、頭の花を今までで一番大きく、美しく満開にさせた。
最高のピザと、自家製の果実酒。
最高の夜だった。
満腹になった腹をさすり、三人と一匹が、穏やかな火を囲む。
その、満ち足りた静寂を破ったのは、リディアだった。
「ユウキ殿」
彼女は、いつになく真剣な顔で、俺をまっすぐに見ていた。
「……石窯は、完成した。私が貴殿に誓った『任務』は、これで完了したことになる」
「……そう、ですね。リディアさんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
空気が、少しだけ、張り詰める。シラタマも、何かを感じ取ったのか、食べるのをやめて、じっと俺たちを見ている。
「うむ。……だから、私は、もうここを去らねばならん。騎士として、次の任地へ……」
リディアは、そう言おうとした。
だが、その言葉は、喉の奥に引っかかって、うまく出てこない。
彼女の脳裏に、ここ数週間の出来事が、走馬灯のように駆け巡っていた。
温かいスープの味。驚きに満ちた100均グッズ。そして、みんなで泥だらけになって、笑いながら食べた、あの最高のピザの味。
戦うことしか知らなかった自分が、何かを「創造」する喜びを、ここで初めて知った。
彼女の瞳から、また、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……おかしいな。任務は、終わったはずなのに。なぜ、足が動かんのだ……?なぜ、この場所を去りたくないと、心が叫んでいるのだ……?」
その、魂からの告白。
俺は、ただ優しく微笑んだ。そして、彼女が一番欲しかったであろう「口実」を、プレゼントすることにした。
「リディアさん。あなたの任務は、まだ終わってませんよ」
「……何?」
「だって、俺たちの次の目標は、この最高のピザを、いつでも食べられるように……最高の『ピザ用野菜』と、『小麦』を育てること、でしょう?」
その言葉に、リディアはハッとした顔をした。
俺は、続ける。
「それには、また畑を広げなきゃいけないし、害獣から守る見張りも必要だ。騎士の力がないと、絶対に無理ですよ。……だから、これは、**新しい任務**です。俺からの、正式な依頼です。違いますか?」
俺の、その優しさが、彼女の最後の躊躇を打ち砕いた。
彼女は、涙を拭うと、決意に満ちた顔で、すっくと立ち上がった。
そして、剣を抜き、地に突き立て、その柄に手を置いて、厳かに膝をつく。
「……ユウキ殿。貴殿の、本当の望みを、今、理解した」
「え?」
「貴殿が目指すのは、富でも、名声でもない。**『楽しくて、美味しくて、温かい毎日を、みんなで過ごすこと』**。この、あまりにも尊く、そして、あまりにも脆い、奇跡そのものだ」
彼女は、顔を上げた。その瞳には、もう迷いはなかった。
「私は、この場所で、命と心を救われた。そして、初めて『創造』する喜びを知った。この恩を返す方法は、ただ一つ」
「**私が、この場所の『盾』となる。** 貴殿と、シラタマと、つちのこが、安心してパンを焼き、畑を耕せるように。この、森の中に生まれた、温かい**『聖域(サンクチュアリ)』**を、私の剣が、永劫に守り抜く。これこそが、私の魂が望む、私の新しい任務であり、騎士としての誇りだ!」
こうして、誇り高き騎士リディアは、この日、この場所の、かけがえのない「守護騎士」となった。
俺たちのスローライフは、最強の仲間を得て、さらに豊かで、温かいものになっていく。
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