おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

文字の大きさ
28 / 185

第二十八話『魂の一口と、聖域の騎士』

しおりを挟む


熱気を帯びた石窯から、奇跡の円盤が姿を現した。
俺は、震える手で『ピザカッター』を握りしめ、クリスピーな生地に刃を入れる。
サクッ、とろり……。
心地よい音と、立ち上る湯気。俺は、その一切れを、まず、この場にいる唯一の騎士へと差し出した。

「リディアさん、どうぞ。熱いので、気をつけて」
「……うむ」

リディアは、騎士としての矜持からか、ナイフとフォークを探すそぶりを見せたが、俺が手で食べるのが作法だと示すと、おそるおそる、その熱々の三角形を手に取った。
そして、意を決したように、一口、大きくかじる。

次の瞬間、リディアの青い瞳が、驚愕に見開かれた。

「…………っ!!」

言葉が、ない。
カリカリで香ばしい生地、甘酸っぱいベリーソース、燻製肉の塩気と旨味、そして、全てを包み込む、チーズのような黄金豆の濃厚なコク……!
彼女の口の中で、味覚の革命が起きていた。
生まれて初めて体験する「旨味の多重奏」。それは、彼女が今まで「食事」だと思っていた、ただの栄養補給とは、全く次元の違うものだった。

ぽろり。
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、絶望から救われた時の涙ではない。純粋な「美味」への、魂からの感動の涙だった。
リディアは、騎士の威厳など、とうに忘れ去っていた。夢中で、二切れ、三切れと、奇跡の味をその舌に刻み込んでいく。

「キュフーーーッ!」

シラタマは、口の周りを黄金色のペーストだらけにしながら、恍惚の表情で幸せのため息をついている。
つちのこは、自分が育てた豆の活躍に、誇らしげに、頭の花を今までで一番大きく、美しく満開にさせた。

最高のピザと、自家製の果実酒。
最高の夜だった。
満腹になった腹をさすり、三人と一匹が、穏やかな火を囲む。
その、満ち足りた静寂を破ったのは、リディアだった。

「ユウキ殿」

彼女は、いつになく真剣な顔で、俺をまっすぐに見ていた。
「……石窯は、完成した。私が貴殿に誓った『任務』は、これで完了したことになる」
「……そう、ですね。リディアさんのおかげです。本当に、ありがとうございました」

空気が、少しだけ、張り詰める。シラタマも、何かを感じ取ったのか、食べるのをやめて、じっと俺たちを見ている。

「うむ。……だから、私は、もうここを去らねばならん。騎士として、次の任地へ……」

リディアは、そう言おうとした。
だが、その言葉は、喉の奥に引っかかって、うまく出てこない。
彼女の脳裏に、ここ数週間の出来事が、走馬灯のように駆け巡っていた。
温かいスープの味。驚きに満ちた100均グッズ。そして、みんなで泥だらけになって、笑いながら食べた、あの最高のピザの味。

戦うことしか知らなかった自分が、何かを「創造」する喜びを、ここで初めて知った。
彼女の瞳から、また、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……おかしいな。任務は、終わったはずなのに。なぜ、足が動かんのだ……?なぜ、この場所を去りたくないと、心が叫んでいるのだ……?」

その、魂からの告白。
俺は、ただ優しく微笑んだ。そして、彼女が一番欲しかったであろう「口実」を、プレゼントすることにした。
「リディアさん。あなたの任務は、まだ終わってませんよ」
「……何?」
「だって、俺たちの次の目標は、この最高のピザを、いつでも食べられるように……最高の『ピザ用野菜』と、『小麦』を育てること、でしょう?」

その言葉に、リディアはハッとした顔をした。
俺は、続ける。
「それには、また畑を広げなきゃいけないし、害獣から守る見張りも必要だ。騎士の力がないと、絶対に無理ですよ。……だから、これは、**新しい任務**です。俺からの、正式な依頼です。違いますか?」

俺の、その優しさが、彼女の最後の躊躇を打ち砕いた。
彼女は、涙を拭うと、決意に満ちた顔で、すっくと立ち上がった。
そして、剣を抜き、地に突き立て、その柄に手を置いて、厳かに膝をつく。

「……ユウキ殿。貴殿の、本当の望みを、今、理解した」
「え?」
「貴殿が目指すのは、富でも、名声でもない。**『楽しくて、美味しくて、温かい毎日を、みんなで過ごすこと』**。この、あまりにも尊く、そして、あまりにも脆い、奇跡そのものだ」

彼女は、顔を上げた。その瞳には、もう迷いはなかった。

「私は、この場所で、命と心を救われた。そして、初めて『創造』する喜びを知った。この恩を返す方法は、ただ一つ」
「**私が、この場所の『盾』となる。** 貴殿と、シラタマと、つちのこが、安心してパンを焼き、畑を耕せるように。この、森の中に生まれた、温かい**『聖域(サンクチュアリ)』**を、私の剣が、永劫に守り抜く。これこそが、私の魂が望む、私の新しい任務であり、騎士としての誇りだ!」

こうして、誇り高き騎士リディアは、この日、この場所の、かけがえのない「守護騎士」となった。
俺たちのスローライフは、最強の仲間を得て、さらに豊かで、温かいものになっていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

【完結】剣の世界に憧れて上京した村人だけど兵士にも冒険者にもなれませんでした。

もる
ファンタジー
 剣を扱う職に就こうと田舎から出て来た14歳の少年ユカタは兵役に志願するも断られ、冒険者になろうとするも、15歳の成人になるまでとお預けを食らってしまう。路頭に迷うユカタは生きる為に知恵を絞る。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界でのんびり暮らしたいけど、なかなか難しいです。

kakuyuki
ファンタジー
交通事故で死んでしまった、三日月 桜(みかづき さくら)は、何故か異世界に行くことになる。 桜は、目立たず生きることを決意したが・・・ 初めての投稿なのでよろしくお願いします。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)

愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。 ってことは……大型トラックだよね。 21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。 勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。 追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...