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第三十一話『初めての来訪者と、物々交換の価値』
しおりを挟むチリン……。
遠くから聞こえた澄んだ鈴の音に、俺は開墾を終えたシャベルを持つ手を止めた。
風の音でも、小鳥のさえずりでもない。人工的な、文明の音だ。
「ユウキ殿、何者かの接近です!警戒を!」
リディアは即座に臨戦態勢に入り、俺とシラタマを背後にかばうように、腰の剣の柄に手をかけた。シラタマも、遊びをやめて低い唸り声を上げている。
俺たちは音のする方へ、慎重に近づいていった。
すると、森の小道の先、ちょうど窪地になっているあたりで、一台の古びた馬車が、片方の車輪を溝に落として立ち往生しているのが見えた。馬車のそばでは、人の良さそうな、しかし困り果てた顔をした初老の男性が、うんうんと唸りながら車輪を揺すっている。
「……どうやら、ただの遭難者みたいですね」
「うむ。だが、油断はできん」
俺が声をかけると、男性――行商人のバロンと名乗った――は、森の奥から突然現れた俺たちを見て、目を丸くした。
「おお!これは助かった!見ての通り、溝にはまってしまってのう。おまけに、無理に動かそうとしたら、車輪まで少しイッちまったようで……」
バロンが指さす車輪を見ると、確かに木製のスポークの一部に、嫌な亀裂が入っていた。
「リディアさん、ちょっと力を貸してもらえますか」
「承知した!」
リディアが、馬車の後ろに回り、スカートの裾を少しだけたくし上げる。そして、「ふんっ!」という短い気合と共に、信じられない力で、ずしりと重い馬車をいとも軽々と持ち上げてしまった。
「な、な……お嬢ちゃん、とんでもねえ怪力だな!?」
バロンが腰を抜かさんばかりに驚いている隙に、俺はすぐさまスキルを発動した。
「(まずは、補強と滑り止め……**『厚手のゴムシート』**!それから、固定するための……**『荷締めベルト(ラチェットストラップ)』**!)」
**ポンッ!ポンッ!**
俺は、亀裂の入った車輪にゴムシートを巻きつけ、その上から荷締めベルトで、ギチギチと音を立てるほどに固く締め上げていく。
金属のバックルが、頑丈な車輪を完璧に固定した。
「よし、これで街道の町までは、問題なく走れるはずです」
「おお……なんという手際の良さ!あんた、ただの森人じゃねえな!」
バロンは、俺の応急処置とリディアの怪力に、ただただ感心するばかりだった。
拠点に招き、お茶を一杯ご馳走すると、バロンは「この御恩は、必ずや」と言って、荷台から商品をいくつか取り出した。
だが、この世界の通貨を持たない俺は、丁重にそれを断り、代わりに一つの提案をした。
「もしよろしければ、俺の作ったものと、いくつか交換しませんか?いわゆる、物々交換です」
「物々交換、とな?ほう、面白い!」
俺が差し出したのは、先日作ったばかりの『キバいのししの燻製』と、瓶詰の『特製ベリーソース』だ。
バロンは、半信半疑で、その黒光りする肉の塊を一切れ口に運んだ。
次の瞬間。彼の顔が、驚愕と、そして歓喜に染まる。
「う……うまい!なんじゃこりゃあ!噛むほどに旨味が溢れ出して、この鼻に抜ける豊かな香り……!こんな逸品、王都の高級店でもお目にかかれねえぞ!」
興奮したバロンは、ぜひ取引したいと、次々と荷台から荷物を下ろし始めた。
俺たちが選んだのは、これからの生活を劇的に変える、最高の品々だった。
まず、赤みがかった美しい**『岩塩の塊』**。
次に、ずっしりと重い**『小麦の袋』**。
そして、何より欲しかった、黒光りする頑丈な**『鉄製の大鍋』**だ。
「こんなもので、本当にいいのかい?この燻製なら、もっと高く売れるぞ?」
「ええ、俺たちにとっては、金貨よりも価値があるものですから」
俺たちのやり取りを見て、バロンは何かを察したように、にやりと笑った。
その時、俺がふと「実は、さっき温泉を見つけたんですよ」と話すと、バロンは「そいつは面白い!」と膝を叩き、荷台の奥から、粘り気のある黒い液体が入った壺を取り出した。
「おっと、これも忘れるところだった。売れ残っちまった**『防水用の木タール』**だ。湯船を作るなら、こいつは必需品だろう?これも、さっきの燻製のおまけってことで、持っていきな!」
「え、いいんですか!?」
「おうよ!困ったときはお互い様、だろ?」
バロンは、最高の笑顔でそう言うと、「この道はまた数ヶ月後に通るから、その時はまた最高の燻製を頼むぜ!」と手を振り、元気に森を出て行った。
残された俺たちの前には、新しい食材と、頑丈な大鍋、そして、次なる大プロジェクトへの、最高のキーアイテム。
リディアも、シラタマも、そして俺も、これから始まる新しい生活への期待に、胸を膨らませていた。
「よし!」
俺は、鉄の大鍋を撫でながら、最高の笑顔で宣言した。
「最高の畑の次は、最高の『露天風呂』作りだ!」
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