おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

第三十四話『天然酵母作りと、手編みのボディタオル』

最高の露天風呂に、焼きたてのフラットブレッド。俺たちの生活は、また一つ、豊かなステージへと進んだ。
だが、俺の食への探求心は、まだ満たされてはいなかった。

「この小麦粉なら、もっと、ずっと美味しくなるはずだ」

石窯で焼いたフラットブレッドを眺めながら、俺は次なる目標を定めた。
100均のドライイーストに頼らない、この世界の恵みだけを使った、本物のパン作り。その鍵を握るのが『天然酵母』だった。

「天然酵母、ですか？」
「ええ。森の果実や空気中にいる、目に見えない小さな生き物（酵母）の力を借りて、パンを膨らませるんです。時間はかかりますが、比べ物にならないくらい、深くて滋味あふれるパンが焼けますよ」

俺はスキルで『大きめのガラス瓶』を召喚すると、挽いたばかりの小麦粉、清らかな川の水、そして森で採れたベリーを数粒、その中に入れた。
「ユウキ殿…それは、瓶の中に生命を宿らせる、錬金術か何かか…？」
リディアが、真顔で尋ねてくる。
「はは、まあ、似たようなものかもしれませんね」

その日から、俺たちの新しい日課が始まった。
毎日、決まった時間に、酵母の瓶を優しくかき混ぜ、新しい小麦粉と水を「餌」として与える。
「よしよし、元気に育てよ」
瓶に話しかける俺の姿を、リディアは遠巻きに「ついに瓶と対話する術を会得したか…」と呟きながら見守り、シラタマは瓶の中でぷつぷつと泡が立ち始める様子を、不思議そうに毎日観察していた。

そして、その夜。
みんなが寝静まった後、一人の小さな神様が、こっそりと活動を始める。
つちのこが、酵母の瓶に、その小さな手をそっと触れたのだ。
翌朝、俺が瓶の蓋を開けると、信じられないほど豊かで、フルーティーな香りがふわりと広がった。酵母が、通常ではありえない速度で、元気に発酵を始めている。
「すごいな、この森はよほど酵母が育ちやすい環境なのかな？」
俺は幸運に感謝したが、その奇跡の本当の理由を、まだ知る由もなかった。

酵母が育つまでの数日間、俺はもう一つの小さなプロジェクトを提案した。
最高の露天風呂にふさわしい、最高の「お風呂の相棒」作りだ。

「これがあれば、もっと気持ちよく体を洗えますよ」
俺が召喚したのは、100均の『麻紐』。そして、木の枝をナイフで削って、即席の『かぎ針』を作った。

「さあ、『手編みのボディタオル』を作ります！」

俺は、リディアに麻紐の編み方を教えていく。
「む…むぅ…！剣を握るより、遥かに難しい…！」
騎士としてどんな武具でも使いこなす彼女が、小さなかぎ針と一本の麻紐に、大苦戦している。その不器用な手つきと真剣な表情のギャップが、微笑ましくてたまらない。
そんな二人の横では、シラタマが麻紐の玉にじゃれ合い、ゴロゴロと転がして、作業の邪魔（という名の応援）をしてくれていた。

数日後。
俺たちの手には、少し不格好だが、自分たちで編み上げた、温かみのある『手編みのボディタオル』が完成していた。
そして、それと時を同じくして、ガラス瓶の中の天然酵母も、しゅわしゅわと元気な音を立て、いつでもパンが焼ける、完璧な状態に育ち上がっていた。

俺は、命が宿ったかのように活動する酵母の瓶を、愛おしそうに眺める。

「よし、最高のパンを焼く準備ができましたね」

その言葉に、リディアとシラタマは、最高のパンの味を想像して、ゴクリと喉を鳴らしたのだった。