おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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第七十五話『眠れる森の王と、木彫りの小熊』

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決死の渡渉を終え、俺たちが足を踏み入れた場所は、もはやただの森ではなかった。
谷が天然の城壁となり、俗世から隔絶された、神聖な静寂に満ちた場所。風はなく、木々は静まり返り、俺たちの息遣いと、雪を踏む音だけが、清浄な空気に吸い込まれていく。
そして、俺たちの目の前にそびえ立つ、巨大な洞窟の入り口。まるで、山そのものが、俺たちを迎え入れるために、大きく口を開けているかのようだった。その入り口の周りだけ、不思議と雪が溶け、微かな湯気が立ち上っている。
「ユキ殿、これは…?」
リディアが、その不可思議な光景に息をのむ。
「天然の『床暖房』付きですよ。きっと、この洞窟の地下に、俺たちの拠点と同じような温泉が流れているんでしょう。だから、こんな厳しい冬でも、この場所だけが温かいんです」
俺の知識が、この巨大生物が冬を越せる理由を解き明かした。
その、母の胎内にも似た温かい空気に誘われるように、シラタマが、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、洞窟の暗闇へと歩みを進める。これまでの不安げな様子はどこにもない。どこか懐かしむような、そして安堵したような表情で、彼はじっと暗闇の奥を見つめていた。
俺とリディアも、眠っている主を起こさぬよう、息を殺して、その後を追った。外の凍てつくような冷気と、洞窟内の穏やかな暖気が混じり合う境界線を越えた瞬間、俺たちは、まるで新しい世界へと生まれ変わったかのような、不思議な感覚に包まれた。

洞窟の中は、驚くほど広く、そして温かい。地熱のおかげで、外の凍てつくような寒さが嘘のようだ。壁のあちこちで、淡い光を放つ苔が自生しており、空間全体を幻想的な青緑色に照らし出していた。
そして、洞窟の最奥。まるで王の玉座の間のように、ひときわ広くなった場所で、俺たちの足は、ぴたりと止まった。
最初、俺たちが見たのは、壁だった。降り積もったばかりの新雪のように、どこまでも白い、柔らかな毛皮の壁。だが、その壁が、穏やかなリズムで、ゆっくりと上下していることに気づく。
視線を、ゆっくりと、その壁に沿って上へと上げていく。ずんぐりとした、しかし大木のように力強い四肢。そして、山の如き巨体。最後に、俺たちの視線は、その頂で、穏やかに閉じられた瞼と、時折ぴくりと動く黒い鼻先にたどり着いた。
俺たちは、ようやく理解した。俺たちが見ていたのは、壁ではない。一頭の、巨大な白熊の、その巨体そのものだったのだ。
その体長は、優に五メートルは超えているだろう。その毛皮は、降り積もったばかりの新雪のようにどこまでも白く、長く、そして威厳に満ちていた。幾多の冬を越えてきたであろうその体には、しかし、傷一つ見当たらない。その美しい姿は、彼がこの森の、侵されざる『王』であることを、雄弁に物語っていた。
彼は、その巨体を横たえ、スゥゥゥ…フゥゥゥ…と、穏やかで、深い寝息を立てている。その寝顔は、驚くほど安らかだった。

俺の隣で、シラタマは、ただじっと、その巨大な王の姿を見つめていた。威圧されるでもなく、興奮するでもない。ただ、まるで、遠い昔に別れた親の姿を、記憶の糸を手繰り寄せるように、その小さな瞳に焼き付けている。
このまま立ち去るべきか。リディアの目には、緊張の色が浮かんでいた。騎士としての彼女の本能が、この眠れる王の、底知れない力を感じ取っているのだ。
だが、俺は、俺たちが敵意のない訪問者であることを、そして、シラタマが、確かにここにたどり着いたことを、この眠れる王に伝えるべきだと感じた。
「リディアさん、少しだけ、時間をください」
俺は、リュックの中から、あるものを取り出すために、スキルを発動した。
「眠っている巨大な肉食獣に、食べ物を置いていくのは最悪手です。自分の縄張りを荒らしに来たと、勘違いされかねませんからね。こういう時は、心を落ち着かせる『香り』の贈り物が一番なんです」

ポンッ!ポンッ!
【創造力:60/150 → 57/150】
(Eランクの『アロマストーン』と、Dランクの『アロマオイル(ひのき)』。コストは合わせて3。称号効果で、実質3弱か。安いものだ)

俺は、眠れる王から少し離れた、しかし風下に当たる岩の上に、素焼きの『アロマストーン』をそっと置いた。そして、そこに、『ひのき』のオイルを、数滴だけ、静かに垂らす。
ふわり、と。洞窟の中に、清らかで、どこか神聖な、森の木の香りが満ちていく。リディアは、その光景に息をのんだ。武力でも、魔法でもない。ただ、一本の香りによって、この圧倒的な存在と、静かな対話を試みる。彼女が知るどんな外交官よりも、雄弁で、そして賢いやり方だった。
その、穏やかな香りに誘われたのか、眠れる王の巨大な鼻先が、ぴくりと微かに動いた。そして、その表情が、ほんの少しだけ、さらに安らかになったように見えた。俺たちの贈り物は、確かに、彼の魂に届いたようだった。

贈り物が受け入れられたことを確信し、俺たちが静かにその場を去ろうとした、その時。
じっと王を見つめていたシラタマが、ふと、王の腕のあたりに視線を落とし、ぴたりと動きを止めた。その視線を追った俺もまた、息をのんだ。
王が枕のようにして眠る、その腕のすぐそば。まるで、大切な宝物を守るかのように、その腕の内側に、何かが、そっと置かれていた。
それは、明らかに人の手によって作られたものだった。
古びてはいるが、一本の木から、愛情を込めて丁寧に彫り出されたことが分かる、一体の**『木彫りの小熊』**。
その、丸みを帯びた体つき、短い手足、そして、少しだけ首を傾げる仕草。
それは、俺の隣に立つ、シラタマの幼い頃の姿に、あまりにも、そっくりだった。

目的を果たした俺たちは、眠れる王を起こさぬよう、静かに、そして敬意を込めて洞窟を後にした。
外に出たシラタマは、もう一度だけ洞窟を振り返ると、満足げに、そして嬉しそうに「きゅぅん」と一声鳴いた。彼の心にあった不安は、もうどこにもなかった。
俺は、最後に見た『木彫りの小熊』を思い出し、新たな謎に思いを馳せる。
(あの巨大な熊は、一体何者なんだ?そして、あの人形は、誰が、何のために…?シラタマは、どこから来て、どうして俺の元へ…?)
シラタマのルーツを探る冒険は、一つの答えと、そして、さらに深く、優しい謎へと、繋がっていくのだった。
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