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第八十一話『暖炉のため息と、恵みの加湿器』
しおりを挟む吹雪が去った、ある晴れた冬の朝。
暖炉の炎が力強く燃え、俺たちの家の中は、まるで春の陽だまりのような温かさに満ちていた。窓の外では、降り積もった新雪が太陽の光を浴びて、ダイヤモンドダストをキラキラと舞わせている。
だが、その完璧に見えた冬の朝に、俺はほんの僅かな『不協和音』を感じ取っていた。
朝、目を覚ますと、喉の奥がひりつくように痛む。俺は、向かいの椅子で英雄譚を読んでいたリディアが、誰にも気づかれないように、そっと唇を舐めているのを見逃さなかった。騎士としての彼女は、決して弱音を吐かない。だが、その無意識の仕草が、雄弁に空気の乾きを物語っていた。
そして、決定打は、俺たちが精魂込めて作り上げたダイニングテーブルの天板に、ほんの僅かな、しかし確かな『隙間』ができているのを発見したことだった。
「これは…乾燥ですね。暖炉が、俺たちの家を温めてくれる代償に、この家の潤いを、少しずつ奪っているんです」
俺の言葉に、リディアは不思議そうな顔をした。
「人間の体にとっても、俺たちが作った家具にとっても、乾燥は目に見えない大敵なんですよ。この家に、もう一度、『恵みの雨』を降らせましょう」
「恵みの雨、ですか?」
「ええ。まずは、一番シンプルな方法から」
俺は、スキルで、いくつかの小さなアイテムを召喚した。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:150/150 → 145/150】
Eランクの『素焼きの植木鉢の受け皿』と、『素焼きの小さな動物の置物』。コストは合わせて5。
俺は、受け皿に水を注ぎ、その中に、水を吸い上げる素焼きの置物を置いた。
「これだけで、電気も火も使わない、安全で静かな加湿器の完成です。素焼きの表面から水分が自然に気化して、周りの空気を潤してくれるんですよ」
その、あまりにも単純で、しかし魔法のような仕組みに、リディアは感心しきりだ。
「暖炉のそばには、もっと強力なものを作りましょう」
俺が次に取り出したのは、色とりどりの『フェルト生地』だった。
ポンッ!
【創造力:145/150 → 135/150】
Dランクの手芸用品。コストは10。
「これで、枯れない花束を作ります」
俺は、フェルト生地を花の形に切り抜き、何枚も重ねて、美しい花束のような加湿フィルターを作っていく。その、あまりにも平和で、繊細な作業に、リディアも興味津々で加わった。
「むぅ…どの色が、最も騎士の気品を表すだろうか…」
彼女が、赤と青のフェルトを手に、本気で悩んでいると、足元にいたシラタマが、退屈そうにふぁ~、とあくびをした後、おもむろに立ち上がり、一番鮮やかな赤い花のフェルトを、その大きな鼻先でツン、とつついてみせた。
「…ふん。白熊の趣味だが、悪くない選択だ」
リディアは、どこか嬉しそうに、その赤い花を手に取った。
完成した色とりどりのフェルトの花束を、大きなガラスの器に活ける。茎の部分を水に浸しておけば、フェルトが水を吸い上げ、花びらの広い表面積から、効率よく水分を蒸発させてくれるのだ。
「神様にも、おすそ分けしないとですね」
乾燥は、植物を育むつちのこにとっても大敵だ。俺は、温室の中に小さな素焼きの加湿器を置いてあげた。すると、土の中から顔を出したつちのこの頭の双葉が、嬉しそうにピン!と元気を取り戻し、ぴょこぴょことお辞儀をするように揺れた。
翌朝。俺たちの拠点は、奇跡に包まれていた。
暖炉の暖かさはそのままに、肌に心地よい、柔らかな潤いが満ちている。喉の痛みも、肌の乾燥も、嘘のように消えていた。
そして、俺が温室を覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
加湿器を置いてもらったお礼なのか、つちのこの神聖な力が溢れたのか。冬のはずのトマトの苗に、たった一つだけ、朝露に濡れた、宝石のように真っ赤に熟した、完璧な『冬のトマト』が実っていたのだ。
俺は、その奇跡のトマトを、まるで聖杯でも扱うかのように、丁寧に収穫した。
そして、この最高の恵みにふさわしい、最高の朝食を用意する。
厚切りの自家製パンを暖炉の火でこんがりと焼き、表面にニンニクの切り口を優しく擦り付け、自家製のナッツオイルをたっぷりと垂らす。その上に、薄切りにした真っ赤なトマトを乗せ、岩塩をほんの少しだけ。
「どうぞ、リディアさん。神様からの贈り物です」
リディアは、そのあまりの美しさに、一瞬、食べるのをためらったほどだった。
だが、意を決して一口。
カリッ、と音を立てるパンの香ばしい食感。鼻腔をくすぐる、鮮烈なニンニクの香り。そして、次の瞬間、口いっぱいに広がる、トマトの、暴力的なまでの甘みと、生命力に満ちた酸味。冬の寒さの中で育ったとは思えないほど、力強い太陽の味がした。
リディアは、そのあまりの美味しさに、ただただ目を丸くする。
「ユキ殿…貴殿は、冬の乾きさえも、これほどの美味に変えてしまうのか…!」
乾燥という課題を解決したことで手に入れた、最高の褒美。彼らの冬の暮らしは、また一つ、潤いに満ちたものになったのでした。
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