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第八十二話『冬の嵐と、雪の上の置き手紙』
しおりを挟む完璧な冬の日常。
暖炉の炎が絶えることなく、俺たちの家を温かい光で満たし、手作りの加湿器が、潤いに満ちた優しい空気を作り出してくれる。食糧庫には秋の恵みがぎっしりと詰まり、温室では、つちのこが冬とは思えないほど青々とした野菜を育てている。
リディアとのリバーシの熱戦は、今や俺たちの冬の夜に欠かせない娯楽となった。彼女の腕前は日に日に上達し、昨夜はついに、俺が本気を出すまで追い詰められたほどだ。
全てが満ち足りていた。俺たちが、この森で、自分たちの手で作り上げた、完璧なスローライフ。この幸福な時間が、永遠に続くかのような、穏やかな日々。
その静寂を破るように、その夜、聖域に、これまで経験したことのない猛烈な『冬の嵐』が吹き荒れた。
ヒュオオオオ、と、まるで傷ついた巨獣が咆哮するかのように風が吹き荒れ、俺たちの家を根元から揺さぶる。窓の外は、一寸先も見えない猛烈な吹雪。俺たちは、ただ暖炉のそばに寄り添い、この嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかなかった。
嵐が最も激しくなった、夜半過ぎ。ドスン…!
という、鈍く、重い何かが、母屋の壁にぶつかる、これまで一度も聞いたことのない音が響き渡った。
「なっ…!?」
リディアは、椅子から飛び上がると同時に、その手にはすでに剣が抜かれている。シラタマも、唸り声を上げて扉の方を睨みつけていた。それは、倒木のような、自然が生み出す音ではなかった。まるで、巨大な誰かが、俺たちの家の壁に、そっと寄りかかったかのような、そんな不思議な音だった。
翌朝、嵐は嘘のように過ぎ去り、世界は再び、深い静寂を取り戻していた。
俺たちが、昨夜の音の正体を確かめるために、恐る恐る外へ出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
母屋の壁際に、あの冒険の日に見たのと同じ、巨大な白熊型の足跡が、くっきりと残されていたのだ。それは、壁に寄りかかった後、森の奥へと、確かな足取りで去っていったように見える。
「昨夜の音は…やはり…」
リディアが息をのむ。
そして、俺たちは、足跡があった場所の雪の上に、それを見つけた。
まるで、誰かが意図して置いていったかのように、大きな朴(ほお)の葉に、丁寧に包まれた、一つの包みが、ぽつんと置かれていた。
「罠かもしれん!不用意に触れるな、ユキ殿!」
リディアが警戒するが、俺は、その包みから、不思議と敵意のようなものが一切感じられないことを見抜いていた。俺はゆっくりとそれに近づき、膝をつくと、凍える指先で、そっと葉の包みを開いた。
ふわり、と。
あたりに、清涼感のある、どこか神聖な香りが立ち上る。
中から現れたのは、この辺りでは見たこともない、雪の中でも、摘みたてのように青々とした、数種類の『高山植物のハーブ』だった。
「これは…贈り物、ですね」
俺のフードコーディネーターとしての知識が、そのハーブが、疲労回復や精神安定に効果のある、非常に貴重なものであることを告げていた。
「昨夜の嵐で、俺たちのことを心配して、様子を見に来てくれたのかもしれません。あの、森の王様が」
この、言葉のない、しかし確かな優しさに満ちた贈り物を、最高の形で味わうために。俺は、スキルを発動した。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 145/150】
俺が召喚したのは、Dランクの『茶こし付きのティーポット』。コストは5。
俺は、暖炉の火で沸かしたお湯を、そのガラスのポットに注ぐ。中にハーブを入れると、湯の中で、美しい緑の葉が、ゆっくりと開いていく。
数分後、ポットの中のお湯は、美しい琥珀色に染まっていた。
俺たちは、暖炉の前で、その神秘的なハーブティーを、手作りの陶器のカップで味わった。
一口飲むと、体の芯から、じわ…っと、これまでに感じたことのないような、穏やかで、清らかな温かさが広がっていく。嵐の夜の緊張と、心の奥底にあった小さな不安が、嘘のように溶けていくようだった。
シラタマは、その香りを嗅いだだけで、完全に安心しきったように、俺の膝の上で、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。
俺は、空になったティーポットを片付けながら、雪に覆われた、静かな森の奥深くへと、思いを馳せる。
(あなたは、一体、誰なんですか…?そして、どうして、俺たちのことを…)
森の王は、ただそこにいるだけではない。俺たちを認識し、心配し、そして、静かに見守ってくれている。
それは、恐怖ではなく、どこまでも温かく、そして少しだけ切ない、自分たち以外の誰かとの、静かな繋がりだった。
俺たちの聖域には、目には見えない、大きくて、優しい『隣人』がいる。その事実に、一同は、冬の厳しさの中に、また一つ、新しい温かさを見出すのでした。
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