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第八十四話『騎士の風邪と、本当の家族』
しおりを挟むその日、森は、この冬一番の厳しい冷え込みに包まれていた。
窓の外では、ダイヤモンドダストがキラキラと舞い、吐く息は瞬時に白く凍りつく。木の枝という枝が鋭い氷の結晶に覆われ、世界はまるでガラス細工のように、美しく、そして脆い静寂に満ちていた。
そんな中、リディアは、騎士としての己を律するため、早朝の雪中訓練を欠かさなかった。薄着のまま、愛剣を手に、凍てつく空気ごと切り裂くように、素振りを繰り返す。その、あまりにもストイックな姿に、俺は温かいハーブティーを手に、母屋から声をかけた。
「リディアさん、無理は禁物ですよ。体を冷やしすぎです」
「なんの、ユキ殿。騎士たるもの、この程度の寒さに屈していては、民は守れん!」
彼女は、白い息を弾ませながら、太陽のように明るい笑顔で応えた。その頬は、寒さのせいか、それとも高揚感からか、不自然なほど赤く染まっているように見えた。
その日の夕方。俺の、小さな胸騒ぎは、現実のものとなった。
リディアの呼吸が、明らかに熱を帯びている。普段は凛としているその青い瞳も、どこか潤んで、焦点が定まっていない。
「リディアさん、少し休みましょう。顔が赤いですよ」
「…大丈夫だ。少し、火照っているだけ…で…」
彼女は気丈に言いかけたが、その言葉は続かなかった。ぐらり、と。彼女の屈強な体が、糸の切れた人形のように、俺の方へと倒れ込んでくる。
「リディアさん!」
俺が慌ててその体を支えると、服越しに、まるで燃えるような熱さが伝わってきた。
その夜、リディアの容態は急変した。
激しい咳が彼女の体を内側から揺さぶり、うなされるほどの高熱がその意識を奪っていく。騎士としての強靭な精神力も、病という、内なる見えざる敵には通用しない。
(前世の俺は、無理を重ねて、誰にも頼れずに倒れた。でも、この世界では、俺が誰かを支えることができる。そして、俺が倒れたら、きっと誰かが支えてくれる)
俺は、意識を失った彼女をそっと寝床へと運び、聖域の守護騎士を救うための、静かで、しかし必死の戦いを開始した。
まず、高熱で食欲のない彼女のために、消化が良く、栄養価の高い食事を作る。
俺は、挽きたての小麦粉と森の卵を使い、ことことと『卵粥』を煮込んだ。そして、仕上げに、先日作ったばかりの『祝福の蜂蜜漬け』を、惜しげもなくたっぷりと溶かし込む。ハーブの薬効成分と、蜂蜜の滋養が、弱った体に染み渡る、最高の薬膳料理だ。
次に、この熱を、少しでも和らげてあげなければ。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 145/150】
俺が召喚したのは、Dランクの救急用品『冷却ジェルシート』。コストは5。
熱で苦しげに喘ぐ彼女の額に、俺はそっと、ひんやりとしたジェルシートを貼ってあげる。
「大丈夫ですよ、すぐに楽になりますから」
その、前世では当たり前だった「看病の優しさ」に、朦朧とするリディアの表情が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
だが、高熱のせいで、今度は悪寒が彼女を襲う。ガタガタと震えが止まらない。
ポンッ!
【創造力:145/150 → 140/150】
俺は、Dランクの冬の必需品『湯たんぽ』を召喚。熱い湯を注ぎ、布で包むと、それを彼女の足元の毛布の下に、そっと忍ばせた。じんわりと、しかし確かに伝わる温もりが、彼女の震えを優しく和らげていく。
この緊急事態に、俺たちの仲間たちも、それぞれの形でリディアに寄り添っていた。
シラタマは、リディアの寝床のそばから、一歩も離れようとしない。彼女が苦しげに咳き込むと、心配そうに「クゥン…」と鼻を鳴らし、その巨大で温かい体を、まるで生きる毛布のように、そっと彼女に寄り添わせる。
拠点の異変を察したつちのこも、神様の温室から、一本の不思議な植物の根を、一生懸命に運んできてくれた。その根から漂う、どこか清涼感のある香りが、彼女の荒い呼吸を、少しだけ穏やかにしてくれているようだった。
数日間の懸命な看病が続く、ある夜。
熱にうなされ、意識が朦朧としたリディアが、俺がお粥を食べさせている、その手を、弱々しく、しかし、ぎゅっと握りしめた。
そして、目の前の俺を、自分の記憶の中の誰かと重ねるように、ぽつり、ぽつりと、これまで誰にも語ったことのない、自分の過去の断片を、うわ言のように話し始めた。
「…兄上…なぜ、私を置いて…一人で…逝ってしまったのですか…」
その、弱々しく、そして悲痛な言葉。それは、いつも気丈に振る舞う彼女が、その心の最も深い場所に、たった一人で封印してきた、癒えることのない傷跡だった。
俺は、何も言わず、ただ、その手を、強く、強く握り返した。
夜が明け、嵐が過ぎ去ったかのように、リディアの熱は、すっと引いていた。
ゆっくりと瞼を開けた彼女が最初に見たのは、自分の手を握ったまま、椅子に座って眠ってしまっている俺の姿と、その足元で、同じように疲れ果てて眠る、シラタマの姿だった。
自分が、独りではなかったこと。
仲間たちが、夜通し、自分のために戦ってくれていたこと。
その、あまりにも温かい事実に、彼女の瞳から、一筋の涙が、静かに、頬を伝ってこぼれ落ちた。
それは、病が癒えた安堵の涙ではない。
自分が、本当の意味での『家族』の温もりを手に入れたことを知った、感謝の涙だった。
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