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第九十五話『翡翠の器と、春の息吹』
しおりを挟む長く、厳しく、しかしどこまでも温かかった冬が終わりを告げ、俺たちの聖域に、本当の春が訪れた。
雪解け水が大地を潤し、森の木々は一斉に芽吹き、地面からは、ふきのとうやつくしが、恥ずかしそうに顔を出す。拠点周りには、俺たちが整備したレンガの小道と排水路のおかげで、もう泥の沼地はない。代わりに、冬の間、息をひそめていた草花が、生命力に満ちた緑の絨毯を広げ始めていた。
その、春の柔らかな日差しが差し込む母屋で、俺は、先日完成したばかりの、翡翠色の器たちを、一枚一枚、丁寧に洗い上げていた。
「…美しいな。まるで、春の森の湖の色を、そのまま閉じ込めたかのようだ」
リディアが、洗い上がった器を、光にかざしながら、感嘆のため息を漏らす。
「ええ。最高の粘土と、最高の灰、そして最高の炎が生み出してくれた、俺たちの宝物です。今日は、この宝物の誕生を祝して、春の最初の恵みを味わう、特別な祝宴にしましょう」
俺が提案したのは、『山菜の天ぷら』パーティーだった。
「さんさいの、てんぷら…?」
「ええ。春にだけ芽吹く、若く、生命力に満ちた山の恵みを、衣で包んで、油で揚げるんです。この季節にしか味わえない、最高の贅沢ですよ」
俺たちは、手作りの麦わらカゴを手に、春の森へと繰り出した。
冬の間、静寂に包まれていた森は、今や、生命の歌声で満ち溢れている。鳥のさえずり、小川のせせらぎ、そして、風にそよぐ若葉の音。
「ユキ殿!この、独特の苦味を持つ若芽は、まさしく!」
リディアは、騎士の優れた視力で、たらの芽を次々と見つけ出していく。
そして、この山菜狩りの、最高の相棒はシラタマだった。彼は、その優れた嗅覚で、まだ雪の下に隠れている、ふきのとうの僅かな香りを嗅ぎつけ、前足で器用に雪を掘り起こしてくれるのだ。「シラタマ、お手柄ですね!」俺が頭を撫でると、彼は得意げに「キュイ!」と胸を張った。
拠点に戻り、いよいよ調理開始だ。
俺は、挽きたての小麦粉と、冷たい雪解け水で、天ぷらの衣を作る。そして、最高の揚げ物にするための、いくつかの専門道具を召喚した。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:104/150 → 94/150】
Dランクの『クッキングペーパー』と、Cランクの『油こし器』だ。コストは合わせて15。称号『キャンプシェフ』の効果で、14と少し、といったところか。
「ユキ殿、その紙は何に使うのだ?」
「揚げた天ぷらを、この紙の上に乗せるんです。余分な油を吸い取って、衣をいつまでもカリッとさせてくれる、魔法の紙ですよ」
鉄の大鍋に、自家製のナッツオイルをたっぷりと注ぎ、暖炉の火で熱していく。
衣をまとった、鮮やかな緑色の山菜が、熱い油の中に投入される。
パチパチパチ…!
ジュワアアァァ……
心地よい音と共に、あたりに、春の若々しい香りと、香ばしい油の匂いが立ち上る。リディアは、その光景と香りに、ゴクリと喉を鳴らし、シラタマは、早く食べさせろ、とでも言うように、俺の足元でそわそわと落ち着かない。
揚げたての天ぷらが、クッキングペーパーの上で油を切られ、そして、主役の舞台である、翡翠色の器の上へと、一枚、また一枚と、丁寧に盛り付けられていく。
若緑色のたらの芽、萌黄色のふきのとう。その鮮やかな色彩が、翡翠の器の上で、まるで一幅の絵画のように映えていた。
「さあ、揚げたてをどうぞ!」
ダイニングテーブルに並べられたのは、まさに春そのものだった。
リディアは、まず、たらの芽の天ぷらを、岩塩を少しだけつけて、恐る恐る口に運んだ。
サクッ…!
次の瞬間、彼女の青い瞳が、驚きに見開かれる。
「な…!この、羽のように軽い衣…!そして、噛みしめた瞬間に広がる、このほろ苦さと、春の香り…!これが、てんぷら…!」
「うまい…!うますぎるぞ、ユキ殿!」
彼女は、もはや騎士の威厳など忘れ、夢中で天ぷらを頬張っている。
シラタマも、ふーふーと冷ましてやったふきのとうの天ぷらを、その大きな口で一口。そして、あまりの美味さに、幸せそうに目を細めていた。
最高の食事が、終わりに近づいた、その時。
温室の方から、小さな神様が、てちてちと歩いてきた。そして、その小さな両手で、何かを、大切そうに、俺たちのテーブルまで運んできてくれた。
それは、一粒だけ、奇跡のように、春の最初の光を浴びて熟した、宝石のように真っ赤な『一番なりの苺』だった。
俺は、その小さな贈り物に、心からの感謝を捧げた。そして、その一粒の苺を、この日のためにとっておいた、一番小さな翡翠の小皿に乗せる。
赤い宝石と、翡翠の器。その、あまりにも美しいコントラストに、俺たちは、しばし見惚れていた。
食事が終わり、片付けも済んだ、穏やかな午後。
俺は、翡翠の器を洗いながら、思う。
土を耕し、種を蒔き、収穫し、器を作る。そして、森の恵みを、その器に盛り付け、仲間と共に味わう。
なんと、豊かで、なんと、満ち足りた営みだろう。
俺たちの『ガラス色の夢』は、今、この手の中で、春の息吹と共に、確かな温もりと、輝きを放っていた。
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