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【第百六話】翡翠の宝物と、炎の試練
しおりを挟む春の柔らかな日差しが差し込む、穏やかな昼食。
食卓には、『シラタマ農園』で採れたばかりの新鮮な野菜を使った温かいスープが、俺たちが手ずから作った素焼きの器にたっぷりと盛られていた。
「キュイ!」
シラタマは、あっという間に自分の分のスープを平らげると、器の底に残った最後の一滴まで、ぺろり、と綺麗に舐め取った。その満足げな顔を見て、俺もリディアも、自然と笑みがこぼれる。
だが、その日の夕方。食器を洗っていたリディアが、ふと眉をひそめた。
「ユキ殿…どうにも、この器についたスープの匂いが、綺麗に落ちん。私の洗い方が悪いのか…」
彼女が差し出した器を受け取ると、確かに、ニンニクに似た香草の香りが、素焼きの土に微かに染み付いている。
俺は、その器を春の陽光にかざしながら、優しく首を横に振った。
「いえ、リディアさんのせいではありません。これは、この器がまだ、本当の意味で完成していない、という証拠なんです」
「この器に、火と石の力で、永遠の輝きと、澄んだ歌声を与える『釉薬(ゆうやく)』という魔法をかけましょう」
俺は、器の表面をガラスの膜で覆う、本格的な陶芸の技術に挑むことを宣言した。
だが、そこには大きな壁があった。
「俺たちが作った釉薬をガラスに変えるには、これまでの石窯の比ではない、途方もない高温…摂氏1200度を超える炎が必要です。今の窯では、器が溶ける前に、窯が壊れてしまうでしょう」
俺は、地面に、聖域の緩やかな斜面を利用した、壮大な設計図を描き始めた。複数の焼成室を階段状に連結させた、巨大な**『登り窯』**。下の窯の熱が、効率よく上の窯へと伝わっていく、高温焼成に特化した、究極の窯だ。
これまでのレンガ製造技術、セメント技術、そして暖炉作りで培った熱循環の知識。その全てを結集させた、俺たちの聖域における、過去最大の建築プロジェクトが、今、幕を開けた。
数日間にわたる建設作業。それは、俺たちの総力戦だった。
リディアは、騎士の膂力(りょりょく)で大量のレンガや石を運び、俺の指示通りに寸分の狂いもなく積み上げていく。
そして、この大事業に、聖域の仲間たちも、それぞれの形で参戦した。
「キュイ!(品質管理はお任せを!)」
シラタマは、自らを『レンガ品質管理長官』に任命したらしい。リディアが運んできたレンガを、一つ一つ、その柔らかい肉球でぽんぽんと叩き、鼻先で匂いを嗅ぎ、「キュ!」という承認の鳴き声を上げてからでないと、次の工程に進ませてくれないのだ。
そして、窯の土台となる地面を固める、その時。いつの間にか現れたつちのこが、その地面に、そっと小さな手を触れた。すると、まるで神様の祝福のように、その部分の土だけが、コンクリートのように固く、そして完璧に水平になる。最高の基礎工事担当官だった。
この究極の窯を制御するため、俺は、炎と対話するための、新しい道具を召喚した。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:53/150 → 25/150】
Bランクの『オーブン用温度計』と、Dランクの『バーベキュー用の火吹き棒』だ。コストは称号効果もあって合わせて28。
「これが、俺たちの『炎の目』になります。リディアさん、あなたの肺活量で、この窯に命を吹き込んでもらいますよ」
ついに完成した登り窯。俺が作った釉薬をかけた、最高の器たちが、その一番下の焼成室に静かに並べられる。
丸一日をかけた、過酷な『炎の試練』が始まった。夜通し交代で火の番をする俺とリディア。窯の中から聞こえる、ゴウゴウという、まるで竜の咆哮のような轟音。窯の壁が、内側からオレンジ色に輝き、凄まじい熱気が俺たちの肌を焼く。
「ユキ殿!温度が1100度を超えたぞ!」
「よし、リディアさん、お願いします!」
俺の合図で、リディアが火吹き棒を手に、その騎士の肺活量で、窯の奥深くへと空気を送り込む!ゴオオオォォッ!と、炎が、まるで意思を持ったかのように、さらに激しく燃え盛った。それは、俺たちが、これまでにないほど強大な自然の力を制御しようとする、壮絶な戦いだった。
そして、一昼夜の後。
ゆっくりと冷えた窯の扉を、一同は、固唾をのんで開ける。
窯の中から現れた器を見て、誰もが、言葉を失った。
それは、もはやただの土の器ではなかった。
表面は、滑らかなガラスの膜で覆われ、春の朝日を浴びて、濡れたように、キラキラと輝いている。そして、その色は、ただの白ではない。樫の木の灰と、つちのこが見つけてくれた星屑の岩が、炎の中で奇跡の化学反応を起こし、どこまでも深く、そして澄み切った、翡翠(ひすい)のような、淡い、淡い青緑色に染まっていたのだ。
「…美しい…」
リディアが、震える声で呟いた。
その日の午後。俺たちは、完成したばかりの、翡翠色の湯呑みで、温かいお茶を飲んだ。
唇に触れる、驚くほど滑らかな感触。汚れも、匂いも、もうこの器には通用しない。
リディアは、その湯呑みを、まるで宝物のように両手で包み込みながら、その輝きの中に、自分たちがこの手で生み出した、永遠にも等しい『美』を、確かに見ていた。
俺たちの『ガラス色の夢』は、今、俺たちの日常を彩る、かけがえのない宝物となったのだった。
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