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【第百七話】聖域の甘い蜜と、錬乳の輝き
しおりを挟む春本番を迎え、ヤギのメイ親子は、栄養満点の若草を食べてすくすくと育っていた。母ヤギは有り余るほどの、濃厚で美味しいミルクを毎日出してくれ、俺たちの食卓を豊かに彩ってくれる。
しかし、その恵みは、やがて一つの問題を生み出した。
「ユキ殿…!もう、飲めん…!これ以上飲むと、私の胃袋が、ミルクの湖になってしまう…!」
その日の朝も、大きな木のコップになみなみと注がれたミルクを飲み干したリディアが、お腹を押さえながら、嬉しい悲鳴を上げた。気化熱式冷蔵庫で冷やしてはいるものの、毎日生産される新鮮なミルクを、飲み干すだけでは追いつかなくなってしまったのだ。
「リディアさん、その美味しい恵みを、もっと美味しくて、ずっと長持ちする『宝物』に変えましょう」
俺が提案したのは、ミルクを砂糖と共にゆっくりと煮詰めて作る、究極の保存食…**『錬乳(れんにゅう)』**作りだった。
「ミルクの中の水分を飛ばし、糖分をたっぷり加えることで、腐敗の原因になる菌が活動できなくなるんです。これで、常温でも数ヶ月は保存できる、甘い、甘い魔法のシロップができますよ」
この繊細な魔法を実現するため、俺はプロの菓子職人のような工房環境を作り上げる。
「ミルクを直接火にかけると、焦げ付いてしまいます。お湯の熱で、優しく、ゆっくりと熱を伝える『湯煎』という方法を使います」
俺は鉄の大鍋にお湯を張り、その中に、100均の、ある調理器具を浮かべた。
ポンッ!
【創造力:53/150 → 48/150】
Dランクの『ステンレス製のボウル』。コストは5。これぞ、即席の『湯煎鍋(ダブルボイラー)』だ。
さらに、鍋肌の貴重なミルクを一滴たりとも無駄にしないため、もう一つの道具を召喚する。
ポンッ!
【創造力:48/150 → 46/150】
Eランクの『シリコン製のヘラ』。コストは2。驚くほどしなやかで、鍋を傷つけない、この世界には存在しない不思議な素材の道具に、リディアは興味津々だった。
工房に、ミルクと蜂蜜の甘い香りが満ち始めると、仲間たちがそわそわと集まってきた。
錬乳に加える蜂蜜が、少しだけ足りない。俺が困っていると、つちのこが、どこからか、てっぺんに蜜をたっぷり含んだ、世にも美しい花を運んできてくれた。その花の蜜を加えると、鍋の中のミルクが、ふわりと、天国のような芳香を放ち始める。
そして、最高の『味見係』が、その瞬間を狙っていた。俺が、鍋肌についたミルクをシリコンヘラでかき集めた、その一瞬。ぺろり!
「こら、シラタマ!それは、完成前の神聖なる蜜だぞ!」
リディアに本気で叱られながらも、シラタマの顔は最高に幸せそうだった。
数時間にわたる、根気のいる作業。鍋の中のミルクはゆっくりと水分を失い、やがて、とろりとした、美しい象牙色の液体へと姿を変えていく。
俺が、その最後の一滴をヘラですくい上げ、ゆっくりと垂らすと、それは、まるで黄金の糸のように、キラキラと輝きながら、ゆっくりと落ちていった。完璧な『錬乳』が完成した瞬間だ。
その日の午後、一同は暖炉の前で、ささやかな祝宴を開いた。
『シラタマ農園』で採れたばかりの、真っ赤な野生のイチゴ。その上に、出来立ての錬乳を、とろりとかけて、一口。
イチゴの甘酸っぱさと、錬乳の、濃厚で、どこまでも優しいミルクの甘さ。その、あまりにも完璧な組み合わせに、一同は言葉を失った。
「…ユキ殿。私は、これほどまでに幸福な『甘さ』を、生まれて初めて知った…」
リディアが、うっとりと呟く。
それは、春の恵みが、俺たちの知恵と手間で、最高の宝物へと生まれ変わった、甘くて、温かい奇跡の味。この魔法のシロップが、これからの俺たちのお菓子作りを、無限に豊かにしてくれることを、誰もが確信していた。
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