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【第百八話】塩の魔法と、初めてのアイスクリーム
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春は深まり、日中の陽気は、もはや初夏を思わせるほどだった。
『シラタマ農園』での作業を終え、俺たちは拠点前の木陰で、心地よい汗を拭っていた。春の陽光が肌を優しく撫で、土から立ち上る若草の匂いと、遠くで聞こえる鳥のさえずりが、世界が生命力に満ち溢れていることを告げている。
水道橋から引いたばかりの冷たい湧き水で喉を潤すが、それだけでは、この心地よい体の火照りを鎮めるには、少しだけ物足りない。
(前世では、こんな暖かい日に、へとへとになるまで働いた後には、決まってコンビニに寄っていたな…)
俺の脳裏に、ふと、懐かしい記憶が蘇る。仕事に疲れ果てた帰り道、自分へのささやかなご褒美として買った、カップのアイスクリーム。あの、舌の上でとろける、人工的で、しかし確かな甘さと冷たさが、どれほど乾いた心を潤してくれたことか。
だが、今、俺の目の前にあるのは、コンビニの無機質な光ではない。仲間たちの穏やかな寝息と、生命力に満たた春の森。
俺は、静かに立ち上がった。
「ああ…こんな暖かい日には、キンキンに冷えた、甘いものが食べたくなりますね。例えば…そう、『アイスクリーム』とか」
「あいすくりーむ…?」
リディアが、不思議そうに首を傾げる。
「ええ。氷のように冷たい、ミルクと蜂蜜でできた、夢のようなお菓子ですよ。舌の上で、ふわりと溶けていく、甘い雪のような…」
俺の、どこまでも詩的な説明に、リディアの想像力は掻き立てられたようだった。
「氷の菓子か…!なんと贅沢な…!だがユキ殿、この聖域には、冬を越した氷を貯めておく氷室はないぞ?」
彼女の、あまりにも常識的な指摘に、俺は悪戯っぽく笑った。
「リディアさん。氷がないなら、作ればいいんです。いえ、氷を、氷よりもっと冷たくする、科学の魔法を使いましょう」
俺は、リディアに、氷に塩をかけると、その温度が氷点下まで下がる『氷点降下』という科学の原理を、分かりやすく解説した。
「塩には、氷を溶かすだけでなく、その過程で、周りの熱を猛烈に奪い、氷点下の世界を作り出す力があるんです。それは、まるで城壁を破壊するために、そのエネルギーを全て周囲の熱から奪い去る、冷気の攻城兵器のようなもの。今日は、その塩の魔法で、ミルクを凍らせてみせますよ」
その、あまりにも常識外れな理論に、リディアは半信半疑ながらも、期待に胸を膨らませていた。
(塩が…氷を、さらに冷たく…?私の知る世界の理(ことわり)は、熱は熱を生み、冷気は冷気を呼ぶ。だが、この男の語る理は、全く違う法則で動いている。なんと、奥深く、そして面白いのだ…!)
俺は、この魔法の菓子を実現するため、100均グッズを駆使して、即席の『アイスクリーム工房』を立ち上げた。
まずは、冷却用の大釜となる、大きなボウル。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 135/150】
Cランクの『ステンレス製の大きなボウル』。コストは15。
そして、アイスクリームの素を混ぜ合わせるための必需品と、最後の仕上げのための専門道具。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:135/150 → 129/150】
Eランクの『泡立て器』と、Dランクの『アイスクリームディッシャー』だ。コストは称号効果もあって合わせて6。この、どこまでも本格志向な道具の登場に、リディアは感心していた。
アイスクリーム作りは、根気のいる、しかし楽しい共同作業となった。
ヤギのミルク、森の卵、そして、つちのこが祝福してくれた『花の蜜』を使い、最高のカスタード液を作る。
氷と岩塩で満たされた大きなボウルの中で、カスタード液の入った小さなボウルを、ひたすら冷やしながら混ぜ続ける。バター作りのリレーが、再び始まった。
俺が始め、腕が疲れてくると、リディアが騎士のスタミナで、シャッシャッと高速でかき混ぜる。
「ユキ殿、どうだ!この速さならば、すぐに固まるのではないか!」
「リディアさん、速さより、リズムです!空気を優しく抱き込むように!」
そんな会話を交わしながら、延々と続く作業。その冷たいボウルの周りを、シラタマが楽しそうにゴロゴロと転がり、全体を効率よく冷やす手伝い(?)をしてくれた。
数時間にわたる、根気のいる作業。
とろりとした液体だったカスタードが、少しずつ、少しずつ固まり始め、やて、滑らかで、クリーミーな、紛れもない『アイスクリーム』へと姿を変えていく。
俺は、完成したアイスクリームを、『アイスクリームディッシャー』で、翡翠の器に、美しい球体として盛り付けた。
初めて見る、氷の菓子。一口食べたリディアは、そのあまりの冷たさと、濃厚な甘さに、衝撃で目を見開いた。
「な…!?冷たい…!甘い…!口の中で…溶けていく…!?これが…氷の菓子…!」
シラタマは、「キュイイイイイイイイイイッ!!」という、いつもの歓喜の雄叫びを上げた後、急激な冷たさに、キーン!と頭を押さえる『アイスクリーム頭痛』を初体験。そのコミカルな姿に、一同は大笑いした。
そして、つちのこの頭には、まるで雪の結晶のような、白く、美しい花が、そっと咲くのだった。
春の暖かい陽だまりの中で、ひんやりと冷たい、手作りのアイスクリームを味わう。
リディアは、その、あまりにも贅沢で、そしてあまりにも美味しい、矛盾に満ちた幸福に、感嘆のため息を漏らした。
「…ユキ殿。あなたは、冬の寒さだけでなく、春の暖かさの中に、真冬の冷たささえも作り出してしまうのだな」
それは、俺たちが、季節さえも支配する、絶対的な『豊かさ』を手に入れた証。
俺たちの聖域に、また一つ、かけがえのない、冷たくて甘い宝物が加わった瞬間だった。
『シラタマ農園』での作業を終え、俺たちは拠点前の木陰で、心地よい汗を拭っていた。春の陽光が肌を優しく撫で、土から立ち上る若草の匂いと、遠くで聞こえる鳥のさえずりが、世界が生命力に満ち溢れていることを告げている。
水道橋から引いたばかりの冷たい湧き水で喉を潤すが、それだけでは、この心地よい体の火照りを鎮めるには、少しだけ物足りない。
(前世では、こんな暖かい日に、へとへとになるまで働いた後には、決まってコンビニに寄っていたな…)
俺の脳裏に、ふと、懐かしい記憶が蘇る。仕事に疲れ果てた帰り道、自分へのささやかなご褒美として買った、カップのアイスクリーム。あの、舌の上でとろける、人工的で、しかし確かな甘さと冷たさが、どれほど乾いた心を潤してくれたことか。
だが、今、俺の目の前にあるのは、コンビニの無機質な光ではない。仲間たちの穏やかな寝息と、生命力に満たた春の森。
俺は、静かに立ち上がった。
「ああ…こんな暖かい日には、キンキンに冷えた、甘いものが食べたくなりますね。例えば…そう、『アイスクリーム』とか」
「あいすくりーむ…?」
リディアが、不思議そうに首を傾げる。
「ええ。氷のように冷たい、ミルクと蜂蜜でできた、夢のようなお菓子ですよ。舌の上で、ふわりと溶けていく、甘い雪のような…」
俺の、どこまでも詩的な説明に、リディアの想像力は掻き立てられたようだった。
「氷の菓子か…!なんと贅沢な…!だがユキ殿、この聖域には、冬を越した氷を貯めておく氷室はないぞ?」
彼女の、あまりにも常識的な指摘に、俺は悪戯っぽく笑った。
「リディアさん。氷がないなら、作ればいいんです。いえ、氷を、氷よりもっと冷たくする、科学の魔法を使いましょう」
俺は、リディアに、氷に塩をかけると、その温度が氷点下まで下がる『氷点降下』という科学の原理を、分かりやすく解説した。
「塩には、氷を溶かすだけでなく、その過程で、周りの熱を猛烈に奪い、氷点下の世界を作り出す力があるんです。それは、まるで城壁を破壊するために、そのエネルギーを全て周囲の熱から奪い去る、冷気の攻城兵器のようなもの。今日は、その塩の魔法で、ミルクを凍らせてみせますよ」
その、あまりにも常識外れな理論に、リディアは半信半疑ながらも、期待に胸を膨らませていた。
(塩が…氷を、さらに冷たく…?私の知る世界の理(ことわり)は、熱は熱を生み、冷気は冷気を呼ぶ。だが、この男の語る理は、全く違う法則で動いている。なんと、奥深く、そして面白いのだ…!)
俺は、この魔法の菓子を実現するため、100均グッズを駆使して、即席の『アイスクリーム工房』を立ち上げた。
まずは、冷却用の大釜となる、大きなボウル。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 135/150】
Cランクの『ステンレス製の大きなボウル』。コストは15。
そして、アイスクリームの素を混ぜ合わせるための必需品と、最後の仕上げのための専門道具。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:135/150 → 129/150】
Eランクの『泡立て器』と、Dランクの『アイスクリームディッシャー』だ。コストは称号効果もあって合わせて6。この、どこまでも本格志向な道具の登場に、リディアは感心していた。
アイスクリーム作りは、根気のいる、しかし楽しい共同作業となった。
ヤギのミルク、森の卵、そして、つちのこが祝福してくれた『花の蜜』を使い、最高のカスタード液を作る。
氷と岩塩で満たされた大きなボウルの中で、カスタード液の入った小さなボウルを、ひたすら冷やしながら混ぜ続ける。バター作りのリレーが、再び始まった。
俺が始め、腕が疲れてくると、リディアが騎士のスタミナで、シャッシャッと高速でかき混ぜる。
「ユキ殿、どうだ!この速さならば、すぐに固まるのではないか!」
「リディアさん、速さより、リズムです!空気を優しく抱き込むように!」
そんな会話を交わしながら、延々と続く作業。その冷たいボウルの周りを、シラタマが楽しそうにゴロゴロと転がり、全体を効率よく冷やす手伝い(?)をしてくれた。
数時間にわたる、根気のいる作業。
とろりとした液体だったカスタードが、少しずつ、少しずつ固まり始め、やて、滑らかで、クリーミーな、紛れもない『アイスクリーム』へと姿を変えていく。
俺は、完成したアイスクリームを、『アイスクリームディッシャー』で、翡翠の器に、美しい球体として盛り付けた。
初めて見る、氷の菓子。一口食べたリディアは、そのあまりの冷たさと、濃厚な甘さに、衝撃で目を見開いた。
「な…!?冷たい…!甘い…!口の中で…溶けていく…!?これが…氷の菓子…!」
シラタマは、「キュイイイイイイイイイイッ!!」という、いつもの歓喜の雄叫びを上げた後、急激な冷たさに、キーン!と頭を押さえる『アイスクリーム頭痛』を初体験。そのコミカルな姿に、一同は大笑いした。
そして、つちのこの頭には、まるで雪の結晶のような、白く、美しい花が、そっと咲くのだった。
春の暖かい陽だまりの中で、ひんやりと冷たい、手作りのアイスクリームを味わう。
リディアは、その、あまりにも贅沢で、そしてあまりにも美味しい、矛盾に満ちた幸福に、感嘆のため息を漏らした。
「…ユキ殿。あなたは、冬の寒さだけでなく、春の暖かさの中に、真冬の冷たささえも作り出してしまうのだな」
それは、俺たちが、季節さえも支配する、絶対的な『豊かさ』を手に入れた証。
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