おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百十九話】パン作り教室と、定規の革命

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薔薇色の町ロゼッタでの、甘くて、温かい、最高のパン作り教室が、静かに幕を開けた。
舞台は、『陽だまりのパン屋』の工房。年季の入った木の作業台、壁には使い込まれた麺棒や木のヘラが並ぶ、どこまでも伝統的で、温かい空間だ。
「よろしくお願いします、ユキ師匠!」
エプロンをきりりと締め、アニカは深々と頭を下げた。その、あまりにも真剣な眼差しに、俺は少し照れながらも頷き返す。
「師匠なんてやめてください。俺たちは、美味しいパンを愛する、ただの『仲間』ですよ」

俺は、まず、クロワッサンというパンが、いかに『科学』であるかを、アニカに説いた。
「アニカさんのパンは、力強く、温かい。それは素晴らしいことです。ですが、クロワッサンに必要なのは、力ではなく、『精密さ』と『温度管理』。生地とバターが、お互いを最高の状態で受け入れられるよう、俺たちが完璧な舞台を整えてあげるんです」
最初のレッスンは、生地作りではなかった。バターの準備だ。
俺は、聖域から持参した、黄金色の自家製バターを前に、この日のための最初の魔法を発動させる。

ポンッ!
【創造力:55/150 → 41/150】
俺が召喚したのは、Cランクの文房具、ごく普通の**『クリアファイル』**だった。コストは14。
「ユキ…師匠…?それで、パンの配合でも、書き記すのですか…?」
あまりにも予想外の道具の登場に、アニカは目を白黒させている。
「いえ。これで、最高の『鎧』を作るんです」
俺は、ファイルの内側にバターを均等に塗り広げ、めん棒で伸ばす。プラスチックのファイルが完璧な「型」となり、ミリ単位の精度で、均一な厚さの『バターシート』が完成した。その、あまりにもエレガントな錬金術に、アニカは言葉を失っていた。

次に、生地作り。ここでも、俺は革命を起こす。
ポンッ!
【創造力:41/150 → 40/150】
Eランクの文房具、『ステンレス製の30cm定規』。コストは1。
「最高の層を作るには、寸分の狂いも許されません。生地を、正確に三つ折りにし、90度回転させ、また伸ばす。この幾何学的な作業が、空気の層を生み出すんです」
その、パン作りとは到底思えぬ、測量のような作業。ここで、意外な才能が花開いた。
「ユキ殿、この角度は、寸分違わず45度で良いか?」
リディアだ。彼女は、騎士の精密さで、俺の指示を完璧に理解し、生地の角を、まるで城壁の石を積むかのように、正確無比に折り畳んでいく。その、あまりにも美しい手際に、アニカは「騎士様、すごい…!」と、尊敬の眼差しを送っていた。

この、長く、根気のいる作業の合間、仲間たちの愛らしい活躍があった。
冷たい石の台の上で生地を休ませていると、その冷たさが気に入ったのか、シラタマが、台の上にのそりと上がり込み、生地の隣で、ひんやりとした最高のベッドを見つけたとばかりに、丸くなって寝息を立て始めたのだ。
「こら、シラタマ!それは聖なる生地を休ませるための祭壇だぞ!」
リディアに優しく運び出される彼の鼻先には、いつの間にか、小麦粉が白くついていた。

全ての折り込み作業を終え、生地を三角形に切り分け、くるくると巻いていく。
そして、いよいよ、アニカの店の、薔薇色の石でできた巨大な窯で、焼き上げの時を迎えた。
やがて、工房の中は、これまで誰も経験したことのない、罪深いほどに芳醇な、バターの焼ける香りで満たされていく。その香りは、店の扉の隙間から、朝のロゼッタの町へと漏れ出し、道行く人々が「な、なんだ、この天国のような香りは…!?」と、足を止めるほどだった。

窯から取り出されたクロワッサンを見て、アニカは、息をのんだ。
表面は、完璧な黄金色に輝き、美しい層は、まるで芸術品のように、はっきりと見て取れる。
彼女は、震える手で、その一つを手に取り、意を決して、一口。
サク…!ハラハラハラ…
次の瞬間、彼女の瞳から、大粒の涙が、ぽろり、ぽろりとこぼれ落ちた。
羽のように軽いのに、噛みしめると、じゅわ…とバターが溢れ出す。鼻に抜ける、小麦とバターの、暴力的なまでの香り。
「美味しい…美味しいです…!パンが…パンが、歌っているみたい…!」
それは、彼女が人生を捧げてきた『パン作り』という世界の、果てしない奥深さと、その頂の一つに触れた、職人としての、魂の涙だった。

その、あまりにも感動的な光景を、店の入り口から、一人の男が、呆然と見つめていた。
レンガ工房の帰りなのだろう、たくましい体つきの、顔に煤をつけた常連客の男だった。彼は、店の外まで漏れ出していた、あの罪深い香りに引き寄せられてきたのだ。
男は、テーブルの上に並べられた、黄金色の、見たこともないパンを指さし、ゴクリと喉を鳴らして、言った。
「…嬢ちゃん。そいつは…一体、なんてぇパンなんだ…?」
俺たちの、小さなバター色の幸せが、今、初めて、この町の誰かの笑顔へと、変わろうとしていた。
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