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【第百二十一話】工場の産声と、職人たちの饗宴
しおりを挟む「…あんた…一体、何者なんだ…?」
工房の親方が、震える声で俺に尋ねる。その視線は、俺の手の中にある、ありふれたシリコン製のマフィン型と、そこから生まれた完璧なミニチュアレンガとの間を、信じられないものを見るように何度も往復していた。
俺は、穏やかに微笑み返した。
「ただの、お節介な旅人ですよ。最高のパンには、最高の窯が必要で、最高の窯には、最高のレンガが必要です。俺はただ、この町で、もっと美味しいパンが食べたいだけなんです」
その、あまりにも純朴で、欲のない答え。だが、親方は、その言葉の裏にある、底知れない知識と、揺るぎない自信を、職人としての魂で見抜いていた。彼は、その場に深く、深く頭を下げた。
「…賢人様。どうか、我らにも、その知恵を授けてはいただけんだろうか!」
こうして、俺のささやかなお節介は、この薔薇色の町ロゼッタの、産業そのものを変える、壮大なプロジェクトへと発展した。
俺は、まず、工房が抱える二つの大きな問題点を指摘した。
「親方。問題は、型だけじゃありません。粘土をこねる『労力』と、レンガを乾かす『時間』。この二つが、皆さんの力を奪っているんです」
俺は、この二つの巨大な壁を、100均の知恵で打ち破る。
まず、粘土をこねる重労働。俺が召喚したのは、主婦の知恵の結晶だった。
ポンッ!
【創造力:135/150 → 122/150】
Cランクの洗濯用品、『手動洗濯機(かくはん棒タイプ)』。コストは13。
「ユキ殿、それは…洗濯をするための道具では…?」
「ええ。ですが、衣類を揉み洗いするこの力は、粘土と水を均一に混ぜ合わせるのに、最適なんですよ」
俺が、水の入った大きな木の樽に粘土を入れ、このかくはん棒で混ぜ始めると、これまで数人がかりで汗だくになっていた作業が、俺一人で、いとも簡単に、滑らかな粘土液へと変わっていく。その、あまりにも圧倒的な効率化を前に、職人たちは、ただ唖然とするしかなかった。
次に、乾燥の時間。俺は、工房の隣に、巨大な『乾燥小屋』の建設を提案した。
「最高の乾燥に必要なのは、熱だけじゃありません。最高の『風の通り道』です」
この小屋の心臓部となる棚に、俺は聖域でも活躍した、あの万能の建材を召喚する。
ポンッ!
【創造力:122/150 → 92/150】
Dランクの『ワイヤーネット』を、Bランク相当の枚数、大量に。コストは30。
リディアが、聖域の守護騎士から、現場を仕切る『棟梁』へと華麗に転身し、屈強な職人たちに指示を飛ばして、小屋の骨組みを組み上げていく。その凛々しい姿に、職人たちは「姐さん、かっけぇ…!」と、すっかり心酔していた。
そして、組み上がった骨組みに、俺たちはワイヤーネットで何段もの棚を作り付けていく。風が、レンガの上下左右、あらゆる方向から通り抜ける、完璧な乾燥棚だ。
その、新しくできた最高の遊び場を、シラタマが見逃すはずがない。彼は、完成したばかりの棚を、巨大なジャングルジムのように、身軽に駆け上っては、一番高い場所で満足げに昼寝を始め、職人たちの最高の癒やしとなっていた。
数日後。ロゼッタのレンガ工房は、生まれ変わった。
粘土は、かくはん棒で楽々と混ぜられ、シリコンの型で、寸分の狂いもないレンガへと次々と姿を変え、そして、乾燥小屋の棚で、春の風を浴びて静に出番を待つ。
工房には、もう、職人たちの苦しげな呻き声はない。代わりに、効率化された作業を楽しむ、活気に満ちた笑い声と、規則正しい槌の音が響き渡っていた。
親方は、一日で、これまでの数倍の量の、しかも完璧な品質のレンガが生産されていく光景を、涙を浮かべて見つめていた。
この、工房の新しい産声を祝して、俺とアニカは、職人たちのための、最高の饗宴を用意した。
大鍋で、鶏肉と、この町で採れた玉ねぎを、特製の割り下で煮込み、ふわふわの卵でとじる。炊きたての白飯の上に、それをたっぷりと乗せた、究極の労働者飯…**『特製親子丼』**だ。
煤だらけの職人たちが、木の器を手に、無心で、夢中でかき込む。甘辛い出汁が、疲れた体に染み渡る。ふわふわの卵と、柔らかい鶏肉が、空っぽの胃袋を、優しく、そして力強く満たしていく。
それは、彼らが、これまでの人生で味わった、どんなご馳走よりも、美味しかった。
饗宴の終わり。親方が、俺の前に、一つのレンガを、恭しく差し出した。
それは、新しい製法で生み出された、最初のレンガ。美しい薔薇色に輝き、驚くほど滑らかで、緻密な肌をしていた。そして、その表面には、親方の不器用な手で、一つの紋章が刻まれている。
**『もふもふの白熊と、聖なる剣』**。
「賢人様。このレンガは、俺たちの誇りであり、あんたへの、永遠の感謝の証だ。この紋章を持つ者は、このロゼッタの町が、永遠に友として迎え入れることを、ここに誓う」
その、あまりにも温かく、そしてあまりにも重い贈り物。
俺たちの伝説は、もはやただの噂ではない。この町の、新しい歴史そのものに、確かに刻まれたのだった。
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