おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百二十六話】賢者の証言と、書記官の革命

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「――貴殿の、そしてこの『聖域』の正体、詳しく聞かせていただこうか」
王都の騎士、セラフィナが放った言葉は、暖炉の温かい空気を、一瞬にして凍てつかせた。俺の足元で、シラタマがグルル…と低い唸り声を上げ、リディアの背筋が、音もなく、しかし鋼のように張り詰める。
食卓を舞台にした、静かなる戦いの第二幕が、今、静かに始まった。
「俺は、風間勇希。ただの、元フードコーディネーターですよ」
俺の、あまりにも拍子抜けする自己紹介に、セラフィナの怜悧な眉が、ぴくりと動いた。

俺は、包み隠さず、全てを語り始めた。自分が持つスキルが『100円の知恵』という、取るに足らないものであること。ロゼッタのレンガも、宿屋のスープも、全てはそのスキルの応用と、ほんの少しの知識の結果に過ぎないこと。
俺が、穏やかに、淡々と語る『真実』。だが、その証言を記録するはずの若い書記官――トーマスの額には、脂汗が滲んでいた。
彼の持つ羽根ペンが、緊張で震え、羊皮紙の上を心許なく滑る。インクが飛び散り、貴重な報告書に、無残な染みを作ってしまった。
「…トーマス。何をやっておる」
セラフィナの、氷のように冷たい視線が、彼を射抜く。
「…すみません、セラフィナ様!ですが、その…話が、あまりにも…!」
俺は、その、あまりにもアナログで、非効率な光景に、思わず口を挟んだ。
「少し、休みませんか?緊張している時は、温かい飲み物が一番ですよ。それに…トーマスさん、あなたのための、もっと良い『武器』があります」

俺は、この静かなる戦いの流れを、再び『もてなし』で支配する。
俺が、この書記官の絶望を救うために召喚したのは、この世界の筆記文化そのものを、根底から覆す、二つの革命だった。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:47/150 → 45/150】
俺が召喚したのは、Eランクの文房具、『シャープペンシル』と『プラスチック消しゴム』。コストは合わせて2。
「これは…?」
トーマスが、その奇妙なプラスチックの棒を、おそるおそる受け取る。
「ノックすれば、芯が、無限に出てきます。削る必要はありません」
カチッ、カチッ。小気味よい音と共に、黒く、均一な芯が姿を現す。
「そして、こちらが魔法の石です」
俺は、彼がインクで汚してしまった羊皮紙の染みを、消しゴムで、そっと擦ってみせた。すると、どうだ。まるで最初から何もなかったかのように、染みが、跡形もなく消え去っていく。
「な…!?ま、魔法だ…!記録を、無かったことにする魔法…!?」
書記官である彼にとって、それは、歴史を改竄するにも等しい、神の所業だった。その、あまりにも衝撃的な光景に、氷の騎士セラフィナでさえ、言葉を失い、ただその小さな白い石を凝視していた。

俺は、最高の『武器』を手に入れて興奮するトーマスのために、最高の飲み物を用意した。
聖域のヤギのミルクを温め、ほんの少しだけ召喚した紅茶葉と、祝福の蜂蜜漬けを加えた**『特製ロイヤルミルクティー』。そして、先日作った『ステンドグラスクッキー』**を、翡翠の器に並べる。
暖炉の炎を反射して、キラキラと輝く『食べられる宝石』。その、あまりにも文明的で、豊かな食卓を前に、セラフィナの心の中の天秤が、大きく、大きく揺れ動いているのが分かった。

生まれ変わった筆記具を手に、トーマスの記録は、驚くほど正確で、速くなった。
俺の、どこまでも論理的で、魔法の欠片もない『証言』が、次々と羊皮紙に刻まれていく。
やがて、全ての質問が終わった時、セラフィナは、深く、長い沈黙に落ちた。
彼女が受けた命令は、『富の源泉』の正体を突き止め、それが王国の脅威となるか否かを判断すること。だが、彼女が目の当たりにしたのは、脅威ではなかった。ただ、圧倒的に豊かで、平和で、そして、自分たちの常識を遥かに超えた、温かい『暮らし』そのものだった。
報告書に、何と書けばいいのか。
『賢人は、文房具と台所用品で、産業革命を起こしました』とでも?そんな報告、誰が信じるというのだ。

長い沈黙の末、彼女は、ついに顔を上げた。だが、その問いは、もはや俺には向けられていなかった。
彼女は、俺の隣で、ただ静かに、しかし、決して隙を見せることなく佇んでいた、リディアを、まっすぐに見つめた。
その瞳には、初めて、騎士としての敬意と、一人の女としての、純粋な好奇心が浮かんでいた。
「…元騎士殿。一つ、個人的な興味から聞かせてほしい」
セラフィナは、静かに、しかし、凛とした声で尋ねた。
「なぜ、貴殿ほどの腕を持ちながら、剣を置き、この男の隣で鍬を振るうことを選んだのだ?」
その問いは、もはや調査ではない。
王都の騎士から、聖域の守護騎士へ。
一人の騎士が、もう一人の騎士の、『生き様』そのものを問う、魂の対話の始まりだった。
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