おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百四十四話】 捕虜の尋問と、心を溶かす粥

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初夏の風が、戦いの熱が残る森の静寂を撫で、俺が召喚したハッカスプレーの微かな香りを木々の奥へと運び去っていく。

俺たちの目の前には、折り重なるように地に伏し、荷造り用のPPバンドで無様に拘束された十数名の傭兵たち。その傍らでは、いまだ興奮冷めやらぬ様子で「グルル…」と喉を鳴らすシラタマと、鞘に収めた剣の柄を、まるで戦いの余韻を確かめるように静かに握りしめるリディアの姿があった。

「…ユウキ殿。この者たちを、どうするおつもりですか?」

リディアの声は、戦闘の熱を帯びたまま、硬質で鋭い。

「このまま放置すれば、夜には森の獣たちの餌食となるでしょう。さりとて、我々の聖域に連れ帰るわけにもいきません。騎士の流儀としては、武器を奪い、馬を放った上で解放するのが常道ですが…」

彼女の言葉の端々に、「それで本当に良いのか」という強い葛"藤が滲んでいた。
彼らは、ただの賊ではない。我々の仲間であり、この聖域の守護神でもあるつちのこを、躊躇なく害そうとした者たちだ。その罪は、断じて軽くはない。

俺は、伸びている傭兵たちの一人の顔を覗き込む。まだ若い。おそらくは、その日の食事のために、ただ生活のために剣を握っているだけの、どこにでもいる男の顔だった。

「…彼らもまた、誰かの駒に過ぎません。それに、このまま解放しても、雇い主の元へ戻り、我々のやり方を詳細に報告するだけでしょう。それは、敵に塩を送るのと同じことです」

「では、どうするのだ?まさか、この場で…」

リディアの青い瞳に、一瞬、氷のように冷たい光が宿る。だが、俺は穏やかに首を横に振った。

「いえ。彼らには、最高の『お土産』を持って、雇い主の元へ帰ってもらいます。二度と、この森に足を踏み入れたいなどとは思えなくなるような、忘れられないお土産を、ね」

俺の、あまりにも穏やかで、しかし底知れない自信に満ちた声色に、リディアはゴクリと喉を鳴らした。

---

俺たちは、意識を取り戻し始めた傭兵たちを、拠点近くの開けた場所へと連行した。
彼らは、これから始まるであろう過酷な尋問や拷問を覚悟しているのだろう。その顔は、絶望と恐怖で土気色に変わっている。

だが、彼らが最初に差し出されたのは、血に濡れた拷問具ではなかった。

「長い戦い、お疲れ様でした。まずは、汗を拭いてください」

湯気の立つ温かいおしぼりと、先日完成したばかりの水道橋から引いたばかりの冷たい水。俺はそれを、一人一人に手渡していく。
あまりにも予想外の、場違いな『もてなし』に、傭兵たちは毒でも盛られているのかと、警戒心で顔をこわばらせた。
だが、温かいタオルの柔らかな感触と、乾ききった喉を潤す清冽な水の美味しさに、彼らの強張っていた体の緊張が、ほんの少しだけ、しかし確実に解けていくのが分かった。

俺は、隊長らしき男――バルガスと名乗った――の前に、静かに腰を下ろした。

「さて、と。いくつか、お話を聞かせてもらいましょうか」

バルガスは、地面に唾を吐きかけるようにして、虚勢を張った。

「…殺せ。俺たちの口から、雇い主の名が出ることなど万に一つもない。それが、俺たち傭兵の流儀だ」

「流儀、ですか。それは立派なものですね」

俺は、心から感心したように頷くと、静かに立ち上がった。

「ですが、その高尚な流儀とやらは、あなたたちの雇い主にも、通用するんですかね?」

俺は、スキルを発動した。
傭兵たちの目の前で、俺の手の中に、淡い光と共に、見たこともない医療品が次々と出現する。

ポンッ!ポンッ!

**【創造力:65/150 → 55/150】**

Dランクの**『消毒液』**と**『幅広のガーゼと包帯セット』**。コストは合わせて10。称号による軽減対象外のアイテムだ。

俺は、戦闘で擦り傷や打撲を負った傭兵たちの元へ歩み寄ると、有無を言わさず、その手当てを始めた。

「なっ…貴様、何をする…!」

抵抗しようとする彼らの体を、リディアがその人間離れした怪力で、しかし決して傷つけないように、柳の枝のようにしなやかに押さえつける。俺は、汚れた傷口を消毒液で丁寧に清め、清潔なガーゼを当て、フードコーディネーターとして叩き込まれた衛生管理の知識を総動員し、プロの手つきで包帯を巻いていく。

敵であるはずの自分たちを、まるで大切な仲間のように手当てする、あまりにも不可解で、常軌を逸した行動。傭兵たちの心は、死の恐怖よりも、遥かに深い、底なしの『混乱』に支配されていった。

「あなたたちの雇い主は、あなたたちがこうして傷を負って帰った時、これと全く同じように、親身になって手当てをしてくれますか?治療費を惜しむことなく、温かい言葉の一つでもかけてくれますかね?」

俺の、あまりにも静かで、そしてあまりにも残酷な問い。

バルガスの、鋼のようだった表情が、初めて、ぐらりと揺れた。彼らの世界では、失敗した駒は、壊れた道具のように捨てられるだけだ。治療どころか、労いの言葉すらかけられず、報酬を減額され、次の危険な任務へと放り込まれるのが関の山。

そして、俺は、この尋問の、最後の、そして最強の切り札を用意した。

拠点に常設された石窯の隣にある暖炉。そこに、先日バロンさんから譲ってもらった鉄の大鍋をかけ、自動粉挽き所で精米した米によく似た穀物を入れる。そして、燻製にしたキバいのししの骨からじっくりと取った、黄金色の出汁を注ぎ、ことことと火にかける。

やがて、拠点一体に、空腹の胃袋を、そして、ささくれだった心を、有無を言わさず鷲掴みにする、どこまでも優しく、滋味深い香りが立ち込めていった。

仕上げに、様子を窺っていたつちのこがそっと差し出してくれた、滋養豊富な薬草の根をほんの少しだけ削り入れ、岩塩で慎重に味を調える。

俺は、完成した熱々の粥を、先日【陶芸】スキルで焼き上げたばかりの手作りの陶器の器によそい、バルガスの前に、そっと置いた。

「さあ、どうぞ。腹が減っては、話もできませんから」

それは、もはや尋問ではなかった。
ただ、空腹の者に、温かい食事を差し出すという、人間として、あまりにも根源的で、純粋な行為。

バルガスは、その湯気の立つ器と、俺の顔を、信じられないものを見るように、何度も、何度も見比べた。
彼の脳裏に、これまでの人生で味わってきた、全ての食事が蘇る。戦場でかじった、血の味のする堅パン。酒場で食らった、脂っこいだけの肉の塊。故郷の母が作ってくれた、遠い記憶のシチュー。

だが、目の前のこれは、そのどれとも違う。
これは、ただの食料ではない。人の心を、内側から、優しく溶かすための、温かい『魔法』だ。

彼は、震える手で木製の匙を握り、その一口を、ゆっくりと口に運んだ。

次の瞬間、彼の、傭兵として、男としての全ての虚勢が、音を立てて崩れ落ちた。

米の優しい甘み、骨の髄から溶け出したコラーゲンの深い旨味、そして、薬草の、体の芯まで染み渡るような、清涼感のある聖なる香り。その、あまりにも温かく、慈愛に満ちた味が、彼の、長年の戦いで凍てついていた魂を、根元から、優しく、そして暴力的に揺さぶった。

彼の、乾ききっていたはずの瞳から、一筋、また一筋と、熱い雫がこぼれ落ちる。
それは、悔し涙ではない。生まれて初めて、本当の意味での『優しさ』に触れた、魂の、浄化の涙だった。

---

その夜、バルガスは、全てを話した。

雇い主は、王都でも悪名高い、富と力の亡者、『マルス子爵』。彼は、森の賢人の噂を利用し、この聖域の富と技術を独占することで、王国内でのさらなる権力拡大を狙っているのだという。

全ての情報を得た翌朝、俺は、捕虜たちを解放することを決めた。
リディアは、最後までそれに反対したが、俺の、ある一言で、静かに頷いた。

「最高の復讐は、許すことでも、殺すことでもありません。相手に、二度と自分たちには敵わないと、心の底から『理解』させることです」

俺は、去りゆく傭兵たちに、一つだけ『手土産』を持たせた。
それは、聖域で採れた、ありふれたジャガイモと玉ねぎがぎっしり詰まった重い麻袋と、石窯で焼いたばかりの、まだ温かいパンが一斤。

「マルス子爵に、こう伝えてください。『これが、我々の富です』と。そして、『二度と我々の仲間に手を出すな』とも」

俺は、そこで一度言葉を切ると、最高の笑顔で、しかし、その瞳の奥に、絶対零度の光を宿して、言った。

「もし次があるなら、今度はパンではなく、**石を食わせることになる**、とね」

力ではなく、圧倒的な『豊かさ』と『生活の質』を見せつけることで、相手の戦意を根こそぎ奪い去る。
傭兵たちは、その言葉の本当の意味を理解し、青ざめた顔で、何度も、何度も頭を下げながら、森の奥へと逃げるように去っていった。

彼らの背中を見送りながら、リディアは、どこか呆れたような、しかし、心の底から感服したような顔で、俺に言った。

「…ユキ殿。あなたは、血生臭い戦場でさえも、温かい食卓に変えてしまうのですね」

聖域は、新たなる、そしてより大きな敵の存在を、確かに認識した。
だが、俺たちの心に、もはや恐怖はなかった。

どんな悪意も、権力も、俺たちの『楽しくて、美味しくて、温かい毎日』の前では、無力なのだから。

初夏の風が、勝利の後の、焼きたてのパンの香ばしい匂いを、聖域中に、優しく運んでいた。

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