おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百四十五話】 戦の後の食卓と、見えざる城壁

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初夏の風が、勝利の後の、焼きたてのパンの香ばしい匂いを聖域中に、優しく運んでいた。

傭兵たちが逃げるように去っていった森の小道は、まるで何事もなかったかのように、静けさを取り戻している。だが、その静寂は、以前の穏やかなそれとは明らかに質が違っていた。木々の葉が風にそよぐ音、遠くで聞こえる鳥のさえずり。その一つひとつに、俺たちの耳は、まだ見ぬマルス子爵という脅威の足音を探して、無意識に張り詰めているかのようだった。

「…斥候が侵入したルートは、丘の西側、川沿いの獣道。見通しが悪く、奇襲に最も適しています。最低でも三箇所に、監視所と簡易的な罠を増設すべきかと」

翌朝の食卓で、リディアは夜通しかけて作成したであろう、聖域周辺の警備体制の見直し案を、羊皮紙の上に広げた。その美しい青い瞳には、昨日の戦いの熱が、冷たい決意の炎となって静かに宿っている。彼女はもはや、ただ俺たちの日常を守るだけの騎士ではない。この聖域という名の小さな『国』を、外敵から守り抜くための、真の軍師であり、守護者としての顔を見せていた。

そのただならぬ緊張感は、シラタマにも伝わっているのだろう。彼は、以前よりも遥かに頻繁に、拠点の周りをパトロールするようになった。鼻先を地面すれすれにつけ、くんくんと匂いを嗅ぎながら、自分の縄張りに刻まれた見知らぬ匂いの痕跡を、一つ一つ確かめるように歩いている。その小さな背中が、この家を自分の力で守るのだという、健気で、力強い意志を雄弁に物語っていた。

俺は、そんな二人の、張り詰めた背中を見つめながら、静かに立ち上がった。
(そうだ、戦いは終わったんだ。まず必要なのは、武器や罠じゃない。俺たちの心を、いつもの日常に連れ戻してくれる、温かい時間だ)

「リディアさん、シラタマ。少し、休憩にしましょう」

俺は、工房の前に二人を呼び寄せると、最高の笑顔で宣言した。
「昨日の勝利を祝い、そして、これからの戦いに『勝つ』ための、最高の縁起担ぎです。今日は、特別な祝宴にしましょう!」

俺が、この『心の戦後処理』のために選んだ料理は、ゲン担ぎとスタミナ回復を兼ね備えた、日本の家庭料理の王様…**『特製とんかつ(キバいのししのカツレツ)』**だった。

自動粉挽き所で挽いた小麦から作った、黄金色の自家製生パン粉。森で半ば家族のように暮らしている鶏が産んでくれた、太陽の色を溶かし込んだかのように黄身の濃い卵。そして、クルミに似た木の実から手間暇かけて絞った、自家製のナッツオイル。聖域の恵みを総動員し、俺は最高の揚げ物作りに取り掛かる。

丁寧に筋切りをして柔らかくしたキバいのししのロース肉に、小麦粉、卵、パン粉の衣をまとわせていく。そのリズミカルな音と、やがて鉄鍋から立ち上り始める、肉と油の焼ける、暴力的とも言えるほどに食欲をそそる香り。その香りは、戦いの緊張で鎧のように強張っていたリディアとシラタマの心を、内側から、優しく解きほぐしていくようだった。

ソースももちろん手作りだ。以前、行商人バロンさんから友情の証として分けてもらった種から育てた、貴重なトマト。その真っ赤に完熟した最初の実をコトコト煮詰め、森のハーブと蜂蜜で作った自家製ハーブビネガーをほんの少し加える。甘みと酸味、そしてハーブの爽やかな香りが複雑に絡み合った、この聖域でしか作れない特製ソースだ。

昼食の食卓。先日作り上げたばかりの**手作りの陶器の皿**に盛られた、揚げたてのカツレツ。
ナイフを入れると「サクッ!」という、天国への扉が開くかのような音が響く。その美しい断面から、じゅわ…と透明な肉汁が溢れ出し、陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

一口食べたリディアは、そのあまりの美味さに、言葉を失った。
サクサクの衣、驚くほど柔らかく、それでいて噛みしめるほどに力強い旨味が広がる肉、そして、全てを完璧な調和でまとめ上げるソース。
「…うまい…。これは…疲れた体に…染み渡る…」
それは、彼女が王城で食べたどんなご馳走よりも、力強く、そして優しい味がした。シラタマも、小さく切ってやったカツの衣の欠片を、夢中で頬張り、最高に幸せそうな顔で尻尾をぶんぶんと振っている。

温かい食事で心が満たされた食卓で、俺は、今後の防衛策について、俺自身の考えを切り出した。

「リディアさんの言う通り、監視は必要です。ですが、俺はこの聖域を、訪れる者全てを拒絶するような、殺伐とした罠や城壁で囲みたくはないんです」

俺は、リディアの、真剣な瞳を見つめ返した。

「俺たちの聖域は、砦ではありません。ここは、俺たちが暮らす『家』です。だから、必要なのは、招かれざる客だけを、戦わずして退ける、『見えざる城壁』なんです」

俺が提案したのは、**『情報戦』と『心理的防御』**を組み合わせた、聖域ならではの防衛網だった。

「マルス子爵のような、支配欲の強い人間が最も恐れるのは何だと思いますか?それは、剣や魔法じゃない。『理解できない、未知の恐怖』です。この森は、ただの森ではない。何か得体の知れない、不気味なものが棲む、禁じられた場所だ。そう、彼らに心の底から思い込ませるんです」

---

その日の午後、俺たちは、聖域へと続く森の小道に、巧妙な『仕掛け』を施し始めた。それは、敵を傷つけるための罠ではない。彼らの心を、内側から折るための、静かなる舞台装置だった。

ポンッ!ポンッ!

**【創造力:55/150 → 49/150】**

俺が召喚したのは、Dランクの園芸用品**『ソーラー式ガーデンライト(揺らぎ機能付き)』**と、Eランクの玩具**『いたずらグッズ(蛇や虫のおもちゃ)』**。コストは合わせて6。

「夜になると、この光が、まるで人魂のように、森のあちこちで不規則に明滅します。そして…」

俺は、まるで本物の蛇が木の枝に絡みついているかのように、ゴム製の蛇のおもちゃを巧妙に配置していく。風が吹くと、それがまるで生きているかのように、ぬらり、と不気味に揺れるのだ。

その、あまりにも騎士道からかけ離れた、しかし間違いなく効果的な戦術。リディアは、その光景を、呆然と見つめていた。
「…ユキ殿。それはもはや、戦(いくさ)ではなく、人の心を操る妖術の類では…」

その日の夜。俺とリディアは、丘の上から、自分たちが作り上げた『見えざる城壁』を眺めていた。
森の闇の中、いくつものソーラーライトが、まるで鬼火のように、不規則に、そして不気味に明滅を繰り返している。時折、月明かりに照らされて、木の枝に潜む蛇のシルエットが、一瞬だけ浮かび上がる。

リディアは、その、不気味で、しかしどこか星空のように美しい光景を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「…確かに、これならば、並の覚悟の者では、この先に進む勇気は出ますまい。血を流さずして、聖域を守る…これこそが、ユキ殿の戦い方なのですね」

聖域は、その穏やかな日常を保ったまま、しかし、これまでになく強固な、見えざる城壁を手に入れた。
マルス子爵という、まだ見ぬ敵の影は、依然として俺たちの頭上に存在する。だが、俺たちの心には、もう恐怖はなかった。

どんな脅威も、この温かい日常と、少しばかりの知恵で乗り越えていける。その確かな自信が、暖炉の炎のように、俺たちの胸の中で、静かに、そして力強く燃えていた。

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