おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百五十二話】 王都の賢人会議と、肉球の紋章

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王都の中枢、荘厳な装飾が施された賢人会議の議場は、重苦しい沈没に包まれていた。
大理石の長テーブルを挟み、国の重鎮たちが顔を揃えている。その中心に座る、若き王女アメリアの表情は、硬く、そして読み取れない。

議題は、一つ。
辺境の森『聖域』の所有権を巡る、マルス子爵の申し立て。
子爵の代理人が、勝ち誇ったように立ち上がり、王家の印章が押された、完璧な『権利書』を高々と掲げた。法と、力と、そして何より『正義』は、我にあり。その場の誰もが、そう確信していた。

だが、その完璧な勝利宣言を遮るように、一つの、穏やかで、しかし芯のある声が響いた。
「――お待ちいただきたい」

声の主は、会議のメンバーの一人、美食家として知られる老公爵だった。彼は、ゆっくりと立ち上がると、懐から、一枚の、丁寧に折り畳まれたクラフト紙を取り出した。
「先日、我が元に、一つの『奇跡』が届けられた。それは、この世の物とは思えぬほど、芳醇な味わいを持つ『チーズ』。そして、これが、その品に添えられていた『紋章』だ」

彼が、テーブルの上に広げた、その小さな紙片。そこに押された、あまりにも平和で、あまりにも愛らしい**『聖獣の足跡』**のロゴマーク。
議場が、ざわめきに包まれる。

「なんだ、その…熊の足跡のような紋章は…?」
「ふざけているのか、公爵閣下!」

そのざわめきを切り裂くように、もう一つの声が響く。議場の入り口に控えていた、宮廷料理長だった。彼は、許しを得て議場に進み出ると、一つの小瓶を、震える手でテーブルの上に置いた。
「閣下。この紋章は、ふざけてなどおりませぬ。この小瓶に入った、漆黒の液体…『燻製醤油』とやらは、我が半世紀に及ぶ料理人人生の全てを、根底から覆すほどの『力』を持っておりました。この紋章は、間違いなく、我が王国の食文化を、次の千年へと導く、新しい『神』の紋章にございます!」

その、あまりにも熱のこもった、魂からの証言。
議場の空気は、完全に変わっていた。マルス子爵の『権利書』という、冷たい紙切れの上の正義が、今、聖域から届けられた、抗いがたい『味』という名の、温かい現実の前に、その輝きを失い始めていた。

議論が紛糾する中、書記官トーマスが、アメリア王女の許しを得て、静かに立ち上がった。彼は、以前聖域を訪れた際にユウキから与えられ、その後の調査で見たものを記録していた**『スケッチブック』**を、恭しく掲げる。
ページがめくられるたびに、議場から、どよめきが起こる。

そこに描かれていたのは、武力や富ではない。水道橋、水車、自動粉挽き所…驚くべき知恵で築かれた、豊かなインフラ。そして、暖炉の前で笑い合う、一人の男と、女騎士と、白熊の姿。最後に描かれていたのは、栄養満点のスープを、幸せそうにすする、近隣の村の子供たちの、満面の笑顔だった。

「――これが、私が聖域で見た、真実です」

トーマスの、静かだが、揺るぎない声が響く。
「彼らの富は、金貨では測れません。それは、『人の笑顔』そのものです。マルス子爵が所有しようとしているのは、ただの土地ではない。この、温かい笑顔が生まれる『奇跡』そのものなのです」

全ての証拠が出揃った。
アメリア王女は、静かに目を閉じ、そして、ゆっくりと開いた。その瞳には、もはや迷いはなかった。
彼女は、マルス子爵の代理人を、氷のように冷たい、しかし、どこまでも澄み切った瞳で見据えると、若き女王として、最初の、そして最も重い裁定を、高らかに宣言した。

「――マルス子爵による、聖域の権利主張は、これを『棄却』する」
「なっ…!?」
「さらに、彼のこれまでの悪行の数々を、徹底的に調査することを、ここに命じます」
「そ、そんな…!王女殿下、お待ちを…!」

代理人の悲鳴も虚しく、衛兵によって議場から引きずり出されていく。
静寂を取り戻した議場で、アメリア王女は、残された賢者たちに向き直った。

「皆の者、聞きましたね。我らが王国には、まだ我らの知らない、新しい『豊かさ』の形があるようです」

彼女は、トーマスのスケッチブックの一ページ…満面の笑みでスープをすする、子供たちの絵を、愛おしそうに指でなぞった。
「私は、この笑顔こそが、我が王国が目指すべき、真の『国富』だと信じます」

彼女は、立ち上がると、窓の外の、広大な王都の景色を見下ろした。
「賢人ユキに、正式な使者を送ります。こう伝えなさい。『我が王国は、貴方の知恵を、力で奪うのではなく、敬意をもって、学びたい』と」

その言葉は、一つの時代の終わりと、新しい時代の幕開けを告げる、希望の鐘の音のように、王都の空に、どこまでも、どこまでも響き渡るのだった。

その頃、聖域では。
俺とリディア、そしてシラタマは、そんな王都での激動など知る由もなく、初夏の陽気の中、のんびりと釣り糸を垂れていた。
俺の隣で、リディアが、ふと、空を見上げて呟いた。

「…ユキ殿。なんだか、今日は、王都の方の空が、いつもより少しだけ、明るく見える気がしませんか?」

俺は、その言葉に、ただ穏やかに微笑み返すだけだった。
俺たちの、ほんのささやかな日常。
それが、今、一つの国の未来を、温かく照らし出す、大きな、大きな光になろうとしていたことを、俺たちは、まだ知らない。

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