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【第百五十八話】 初夏の燻製祭りと、涼を呼ぶ器
王都での華やかな冒険が、まるで遠い夢だったかのように。俺たちの聖域には、初夏の眩しい日差しと、生命力に満ちた穏やかな日常が、完全に帰ってきた。
リディアは、もう丘の上で遠眼鏡を覗くことはない。その代わり、工房で機織り機の軽やかな音を響かせたり、通称**『シラタマ農園』**で汗を流したり。その横顔は、もはや国の未来を憂う軍師ではなく、ただ、日々の暮らしそのものを心から楽しむ、一人の穏やかな女性の顔だった。
俺は、旅の荷物を片付けながら、王宮の厨房で料理長から教わったソースの隠し味を、どう聖域の暮らしに活かしていこうかと、子供のように胸を躍らせていた。
「リディアさん、シラタマ!王都から無事に帰還し、日常を取り戻せたことを祝して、今日は、聖域を挙げての『燻製祭り』を開催します!」
旅の間、すっかり火が落ちていた燻製小屋。その再稼働と、心許なくなっていた保存食の補充を兼ねた、一大イベントの始まりだ。
燻製作りは、もはや俺一人の仕事ではなかった。
「ユキ殿、このサクラの木で間違いないか?甘く、優しい香りがする」
リディアは、薪割りで鍛えた確かな目で、最高の燻煙材となる木を選び出し、その人間離れした怪力で軽々と運んでくる。
「キュイ!(こっちに、もっといい匂いの木があるぞ!)」
シラタマは、その神がかった嗅覚で、森の奥に隠れたリンゴの古木を見つけ出し、俺たちを案内してくれる。最高のチームワークが、そこにはあった。
俺たちは、キバいのししの肉だけでなく、シラタマが獲ってきた川魚、森で採れた香り高いきのこ、そして、熟成を終えた自家製チーズまで、聖域のあらゆる恵みを、燻製小屋の網の上にずらりと並べていく。
だが、初夏の日差しの中、一日中火の番をするのは、なかなかの重労働だ。立ち上る煙と熱気に、額には玉の汗が浮かぶ。
「ふぅ…。こんな日は、キンキンに冷えた麦酒《エール》が欲しくなるな」
リディアの呟きに、俺はにやりと笑った。
「最高の燻製には、最高の涼が必要です。仲間たちのために、そして完成した燻製を最高の形で味わうために、今日は**『涼』**そのものを、器として作り上げましょう」
俺が、この日のために用意した魔法。それは、太陽の光で固まる、不思議な液体だった。
ポンッ!ポンッ!
**【創造力:103/150 → 87/150】**
俺が召喚したのは、Cランクの手芸用品**『UVレジン液』**と、Eランクの**『シリコン製の製氷皿(星や花の形)』**。コストは合わせて16。
「これは、太陽の光を浴びると、ガラスのように固まる魔法の水です。これで、氷のように涼しげな『箸置き』と『小皿』を作りましょう」
俺たちは、シリコンの型の中に、森で集めてきた、色とりどりの小さな花や、可愛らしい形の葉っぱをピンセットで丁寧に配置していく。そして、その上から、透明なレジン液を、気泡が入らないように、そっと注ぎ込む。
その、あまりにも詩的で、繊細な作業。リディアは、剣を握っていた指先で、小さな花びらの位置をミリ単位で調整しながら、その不思議な錬金術に、完全に魅了されていた。
型を、初夏の強い日差しに当てること、数時間。
型から取り出されたそれは、もはやただのプラスチックではなかった。
森の小さな生命が、永遠の時を封じ込められた、水晶のように透明で、美しい芸術品。箸置きであり、小皿であり、そして、俺たちの手で生み出された、新しい『宝物』だった。
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その日の夕暮れ。燻製祭りが終わり、ダイニングテーブルには、美しい飴色に輝く、様々な種類の燻製がずらりと並んだ。
俺は、その出来立ての燻製を使い、火を一切使わない、夏にぴったりの一皿を披露した。
**『燻製魚介と夏野菜の、涼風マリネ』**。
燻製にした川魚と、スモークチーズを角切りにし、つちのこ印の完熟トマトや、瑞々しいキュウリと合わせる。味付けは、自家製のハーブビネガーと、香り高いナッツオイルだけ。
その、色とりどりのマリネが、完成したばかりの、星と花の形をした『レジンの小皿』に盛り付けられる。透明な皿が、野菜と魚の鮮やかな色彩を、まるで水面に浮かぶ宝石のように、キラキラと引き立てていた。
一口食べたリディアは、その、あまりの美味しさと、涼やかな食感に、衝撃で目を見開いた。
「な…!火を使わずとも、これほどまでに豊かな味わいが生み出せるのか…!?この爽やかな酸味と、燻製の深い香りが、口の中で…ワルツを踊っているようだ…!」
シラタマも、大好物の燻製チーズの、いつもとは違う爽やかな味わいに、うっとりと目を細めている。
満天の星空の下、一同は、燻製の香ばしい香りと、レジンの器の涼やかな輝きに満たされた食卓を囲んでいた。
リディアは、手の中の、小さな赤い花が閉じ込められた箸置きを、愛おしそうに、指先で撫でた。
「…ユキ殿。王都では、金や宝石で飾られた器が、富の象徴としてもてはやされていた。だが、この、森の小さな花を閉じ込められただけの器の方が、私には、遥かに尊く、そして美しく見える」
俺は、その言葉に、最高の笑顔で頷いた。
「ええ。本当の豊かさとは、高価なものを手に入れることじゃない。俺たちの足元にある、ささやかな美しさを見つけ出し、それを仲間と分かかち合う、この時間のことなんですから」
聖域に、いつもの、そして最高の日常が戻ってきた。
その日常は、もはやただ繰り返されるだけのものではない。王都での旅という経験を経て、俺たちの手で、さらに深く、さらに豊かに、日々進化を続けていく。
初夏の夜風が、燻製の香ばしい香りと、仲間たちの穏やかな笑い声を、森の奥深くへと、優しく運んでいくのだった。
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