159 / 185
【第百五十八話】 初夏の燻製祭りと、涼を呼ぶ器
しおりを挟む王都での華やかな冒険が、まるで遠い夢だったかのように。俺たちの聖域には、初夏の眩しい日差しと、生命力に満ちた穏やかな日常が、完全に帰ってきた。
リディアは、もう丘の上で遠眼鏡を覗くことはない。その代わり、工房で機織り機の軽やかな音を響かせたり、通称**『シラタマ農園』**で汗を流したり。その横顔は、もはや国の未来を憂う軍師ではなく、ただ、日々の暮らしそのものを心から楽しむ、一人の穏やかな女性の顔だった。
俺は、旅の荷物を片付けながら、王宮の厨房で料理長から教わったソースの隠し味を、どう聖域の暮らしに活かしていこうかと、子供のように胸を躍らせていた。
「リディアさん、シラタマ!王都から無事に帰還し、日常を取り戻せたことを祝して、今日は、聖域を挙げての『燻製祭り』を開催します!」
旅の間、すっかり火が落ちていた燻製小屋。その再稼働と、心許なくなっていた保存食の補充を兼ねた、一大イベントの始まりだ。
燻製作りは、もはや俺一人の仕事ではなかった。
「ユキ殿、このサクラの木で間違いないか?甘く、優しい香りがする」
リディアは、薪割りで鍛えた確かな目で、最高の燻煙材となる木を選び出し、その人間離れした怪力で軽々と運んでくる。
「キュイ!(こっちに、もっといい匂いの木があるぞ!)」
シラタマは、その神がかった嗅覚で、森の奥に隠れたリンゴの古木を見つけ出し、俺たちを案内してくれる。最高のチームワークが、そこにはあった。
俺たちは、キバいのししの肉だけでなく、シラタマが獲ってきた川魚、森で採れた香り高いきのこ、そして、熟成を終えた自家製チーズまで、聖域のあらゆる恵みを、燻製小屋の網の上にずらりと並べていく。
だが、初夏の日差しの中、一日中火の番をするのは、なかなかの重労働だ。立ち上る煙と熱気に、額には玉の汗が浮かぶ。
「ふぅ…。こんな日は、キンキンに冷えた麦酒《エール》が欲しくなるな」
リディアの呟きに、俺はにやりと笑った。
「最高の燻製には、最高の涼が必要です。仲間たちのために、そして完成した燻製を最高の形で味わうために、今日は**『涼』**そのものを、器として作り上げましょう」
俺が、この日のために用意した魔法。それは、太陽の光で固まる、不思議な液体だった。
ポンッ!ポンッ!
**【創造力:103/150 → 87/150】**
俺が召喚したのは、Cランクの手芸用品**『UVレジン液』**と、Eランクの**『シリコン製の製氷皿(星や花の形)』**。コストは合わせて16。
「これは、太陽の光を浴びると、ガラスのように固まる魔法の水です。これで、氷のように涼しげな『箸置き』と『小皿』を作りましょう」
俺たちは、シリコンの型の中に、森で集めてきた、色とりどりの小さな花や、可愛らしい形の葉っぱをピンセットで丁寧に配置していく。そして、その上から、透明なレジン液を、気泡が入らないように、そっと注ぎ込む。
その、あまりにも詩的で、繊細な作業。リディアは、剣を握っていた指先で、小さな花びらの位置をミリ単位で調整しながら、その不思議な錬金術に、完全に魅了されていた。
型を、初夏の強い日差しに当てること、数時間。
型から取り出されたそれは、もはやただのプラスチックではなかった。
森の小さな生命が、永遠の時を封じ込められた、水晶のように透明で、美しい芸術品。箸置きであり、小皿であり、そして、俺たちの手で生み出された、新しい『宝物』だった。
---
その日の夕暮れ。燻製祭りが終わり、ダイニングテーブルには、美しい飴色に輝く、様々な種類の燻製がずらりと並んだ。
俺は、その出来立ての燻製を使い、火を一切使わない、夏にぴったりの一皿を披露した。
**『燻製魚介と夏野菜の、涼風マリネ』**。
燻製にした川魚と、スモークチーズを角切りにし、つちのこ印の完熟トマトや、瑞々しいキュウリと合わせる。味付けは、自家製のハーブビネガーと、香り高いナッツオイルだけ。
その、色とりどりのマリネが、完成したばかりの、星と花の形をした『レジンの小皿』に盛り付けられる。透明な皿が、野菜と魚の鮮やかな色彩を、まるで水面に浮かぶ宝石のように、キラキラと引き立てていた。
一口食べたリディアは、その、あまりの美味しさと、涼やかな食感に、衝撃で目を見開いた。
「な…!火を使わずとも、これほどまでに豊かな味わいが生み出せるのか…!?この爽やかな酸味と、燻製の深い香りが、口の中で…ワルツを踊っているようだ…!」
シラタマも、大好物の燻製チーズの、いつもとは違う爽やかな味わいに、うっとりと目を細めている。
満天の星空の下、一同は、燻製の香ばしい香りと、レジンの器の涼やかな輝きに満たされた食卓を囲んでいた。
リディアは、手の中の、小さな赤い花が閉じ込められた箸置きを、愛おしそうに、指先で撫でた。
「…ユキ殿。王都では、金や宝石で飾られた器が、富の象徴としてもてはやされていた。だが、この、森の小さな花を閉じ込められただけの器の方が、私には、遥かに尊く、そして美しく見える」
俺は、その言葉に、最高の笑顔で頷いた。
「ええ。本当の豊かさとは、高価なものを手に入れることじゃない。俺たちの足元にある、ささやかな美しさを見つけ出し、それを仲間と分かかち合う、この時間のことなんですから」
聖域に、いつもの、そして最高の日常が戻ってきた。
その日常は、もはやただ繰り返されるだけのものではない。王都での旅という経験を経て、俺たちの手で、さらに深く、さらに豊かに、日々進化を続けていく。
初夏の夜風が、燻製の香ばしい香りと、仲間たちの穏やかな笑い声を、森の奥深くへと、優しく運んでいくのだった。
---
15
あなたにおすすめの小説
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート
みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。
唯一の武器は、腰につけた工具袋——
…って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!?
戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。
土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!?
「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」
今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY!
建築×育児×チート×ギャル
“腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる!
腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!
ひより のどか
ファンタジー
ねぇたまと、妹と、もふもふな家族と幸せに暮らしていたフィリー。そんな日常が崩れ去った。
一見、まだ小さな子どもたち。実は国が支配したがる程の大きな力を持っていて?
主人公フィリーは、実は違う世界で生きた記憶を持っていて?前世の記憶を活かして魔法の世界で代活躍?
「ねぇたまたちは、ぼくがまもりゅのら!」
『わふっ』
もふもふな家族も一緒にたくましく楽しく生きてくぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる