おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百六十二話】王都のツルハシと、水鉄砲の土木革命

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聖域に氷室が完成し、初夏の眩しい日差しが日常を彩るようになってから、数週間が過ぎた。俺たちの暮らしは、氷室が生み出すひんやりとした恵みも相まって、完璧なまでの穏やかさを取り戻していた。
だが、その絵画のような静寂は、丘の上から放たれるリディアの光の矢によって、終わりを告げた。王家の旗を掲げた一団が、森の入り口にその姿を現したのだ。

「――賢人ユキ殿。アメリア王女殿下からの言伝(ことづて)にございます。『聖域へと続く道を、我が王国の総力を挙げて整備する』との約束、その第一歩として、本日より測量を開始させていただきたい」
測量隊の隊長と名乗る、日に焼けた実直そうな男は、セラフィナからの親書を手に、深々と頭を下げた。その瞳には、噂に聞く『森の賢人』への畏敬の念と、これから始まる王家直轄の大事業への、職人としての誇りが宿っている。

俺は、彼らの来訪を心から歓迎した。氷室でキンキンに冷やしたベリージュースと、石窯で焼いたばかりのパンを振る舞い、長旅の疲れを癒すよう勧める。その、あまりにも温かく、王都の貴族の茶会でさえお目にかかれないほど文明的なもてなしに、隊長たちは完全に心を許したようだった。
だが、聖域と外の世界を繋ぐ街道整備が始まってから数日が過ぎる頃、彼らの顔からは笑顔が消え、日に日に焦りと、絶望にも似た疲労の色が濃くなっていった。

その日の夕暮れ、俺が様子を見に行くと、隊長が、まるで墓標のように地面に突き立てられた、無残に刃こぼれしたツルハシを前に、天を仰いで嘆いていた。
「…ダメだ。全く歯が立たん…。この森の入り口付近の岩盤は、まるで神話の時代の魔金石(オリハルコン)だ。王都最高の鍛冶師に打たせた最新の鋼のツルハシが、まるで湿ったビスケットのように砕けていく…。このままでは、街道の開通が、何年、いや、何十年かかるか…」
彼の足元には、無残に砕け散ったツルハシの先端が、まるで戦に敗れた兵士の骸のように、夕日を浴びて悲しげに転がっていた。王家の威信をかけた事業が、開始早々、たった一枚の岩盤の前に、完全に頓挫していた。

その、あまりにも切実な嘆き。俺は、砕かれたツルハシの断面を、プロの目でじっと検分する。そして、静かに立ち上がった。
(なるほど、力で戦おうとするから、負けるんだ。相手は無機質な岩じゃない。この森の、悠久の歴史そのものなんだから)

「隊長さん」
俺の、あまりにも穏やかな声に、彼は疲弊しきった顔を上げた。
「その岩が、どうしても己を砕かせぬと言うのなら。いっそ、その岩自身に、内側から砕けてもらう、というのはどうでしょう?」
「…なにを、言って…?」
「硬いものには、力で挑んではいけません。炎で優しく抱きしめてやり、その心の隙間に、冷たい水を流し込んでやる。その温度差という名の『衝撃』で、岩の結束を、魂の内側から破壊するんです。神話の時代から伝わる、知恵ですよ」

その、あまりにも非現実的で、詩的ですらある提案に、周りで聞いていた隊員たちは「そんな原始的な方法で、王都の鋼が砕けなかった岩が…」と、嘲笑ともつかない、乾いた笑みを浮かべた。だが、隊長だけは、俺の瞳の奥にある、揺るぎない自信と、底知れない知恵の深淵を読み取り、ゴクリと乾いた喉を鳴らした。

翌朝、俺たちの、静かなる『土木革命』が始まった。
「リディアさん、お願いします!」
「うむ、任せろ!」
リディアが、まるで小枝でも運ぶかのように、巨大な薪を次々と岩盤の上へと積み上げていく。やて、岩盤を完全に覆い尽くすほどの巨大な焚き火が、ゴウゴウと竜の咆哮のような音を立てて燃え盛り、硬い岩盤を、まるで異端審問にかけるかのように、じっくりと、しかし容赦なく熱し始めた。

数時間後、岩盤は陽炎が立つほどに赤熱し、周囲の空気さえもがぐらりと歪んでいる。
「よし、最高の温度です。ここからが、俺たちの出番ですよ」

俺は、この革命を成功させるための、二人の小さな英雄を召喚した。

ポンッ!
【創造力:150/150 → 135/150】
※創造力は睡眠により全回復
Cランクのレジャー用品、『大容量ポンプ式水鉄砲』。コストは15。夏になれば、子供たちが歓声を上げて打ち合う、平和の象徴。だが、今、この瞬間、それは神話の魔金石を砕くための、恐るべき攻城兵器へと姿を変える。

ポンッ!
【創造力:135/150 → 130/150】
Dランクの**『ブリキのバケツ』**。コストは5。

水道橋から汲んだばかりの、心臓が止まるほどに冷たい雪解け水を、バケツから水鉄砲へと充填していく。その、あまりにも場違いで、どこか滑稽な光景。測量隊の隊員たちは、遠巻きに「あの賢人様は、一体何をおっぱじめるんだ…?岩の前で水遊びか…?」と、呆気にとられて見守っている。
その横で、水鉄砲という新しいおもちゃに、シラタマが興味津々だ。俺の真似をして、川の水を口いっぱいに含んでは、熱い岩に向かって「ぷーっ!」と、可愛らしい水流を吹きかけている。最高の癒やしだ。

「いきますよ!」
俺は、水鉄砲を構え、赤熱した岩盤の、つちのこがそっと教えてくれた、最も脆い一点に狙いを定める。そして、ポンプで最大まで加圧したトリガーを、一気に引いた!

シュゴオオオオオオオオオオオオッッ!!

圧縮された冷水が、まるで神罰の光槍となって、灼熱の岩盤に突き刺さる!

ジュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア-!!!

次の瞬間、森の静寂を切り裂き、この世のものとは思えぬほどの、凄まじい絶叫が響き渡った。まるで、大地そのものが、断末魔の悲鳴を上げているかのようだ。もうもうと立ち上る水蒸気が、あたりを一瞬にして白い霧で包み込む。
隊員たちが、何事かと腰を抜かしている、その霧の向こうから、ピシ、ピシシ…!バキィッ!という、微かだが、無数の亀裂が生まれ、そして大きく広がっていく、確かな『破壊の音』が聞こえてきた。

水蒸気が晴れ、岩盤がその姿を現した時、そこにいた誰もが、息をのんだ。
あれほど頑強だったはずの岩盤の表面に、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、無数の、そして致命的なほど深い亀裂が、縦横無尽に走っていたのだ。
「…リディアさん。仕上げを」
俺の、静かな声。
「承知した」
リディアが、バロンさんから譲り受けた、巨大な鉄製のハンマーを、まるで小枝のように軽々と振りかぶる。そして、亀裂の中心へと、渾身の力を込めて、それを振り下ろした!

ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!

それは、もはや破壊音ではなかった。
一つの世界が終わるかのような、重く、そして決定的な終焉の音。
次の瞬間、岩盤は、まるで硬く焼きすぎたクッキーのように、いとも簡単に、粉々に砕け散った。
測量隊の隊員たちは、その、あまりにも圧倒的で、そしてあまりにも科学的な光景を前に、自分たちの常識が、目の前で音を立てて砕け散っていくのを、ただ呆然と見つめていた。

その日の昼食は、この革命の成功を祝う、最高の祝宴となった。
俺は、砕いた岩盤を巧みに組み上げ、即席の『石焼き窯』を作り上げる。そして、氷室で冷やしておいたピザ生地の上に、シラタマ農園で採れたばかりの夏野菜(ズッキーニ、パプリカ、完熟トマト)と、自家製の熟成チーズを、惜しげもなくたっぷりと乗せる。
熱せられた石の上で焼かれたピザは、底が驚くほどカリカリに、そしてチーズは黄金色にとろりと溶け、天国のような香りを放っていた。
隊員たちは、その一口を味わい、魂が抜かれたように、ただ天を仰いだ。
「…賢人様は、我らの誇りを砕いた山を、その瓦礫さえも、これほどの馳走に変えてしまうのか…」

その日の夕方。隊長は、俺の前に、深く、深く頭を下げた。
「賢人様…。我らの知恵も、技も、そして王都の誇りも、あなたの前では、赤子同然だった。どうか、この知恵を、王都へとお持ち帰りする許可を…!この道は、王国の未来を切り拓く道となるに違いありません!」
その、心からの懇願に、俺は最高の笑顔で頷いた。
「ええ、もちろん。この道が、たくさんの笑顔を運んでくれるのなら」

王都と聖域を繋ぐ道。その最大の難所は、今、俺たちの手によって、打ち破られた。
測量隊が、希望に満ちた顔で帰路につく。その背中を見送りながら、リディアは、真剣な顔で、俺に言った。
「ユキ殿。あなたの知恵は、あまりにも強力すぎます。それは、道を切り拓く力にもなれば、城壁を破壊する力にもなる」
彼女は、俺の瞳をまっすぐに見つめる。
「…いずれ、この力を、悪用しようと考える者が、必ず現れるでしょう。その時、我らは…どう、立ち向かうべきなのでしょうか」
その、どこまでも真摯な問い。それは、俺たちの聖域が手に入れた、あまりにも大きな力の『光』と、そして、いずれ必ず向き合うことになるであろう、深い『影』の存在を、静かに、しかし確かに、予感させるものだった。
初夏の風が、ピザの香ばしい香りと、リディアの言葉の重みを、同時に運んでくるのだった。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
聖域の力が、外の世界へと影響を及ぼし始める時、物語は新たな局面を迎えます。ユキたちの、次なる『お節介』は、一体どこへ向かうのか。どうぞ、お楽しみに!
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