164 / 185
【第百六十三話】太陽の恵みと、干し野菜の叡智
しおりを挟む初夏の風が、カフェテラスに設えた遮光ネットを優しく揺らし、テーブルの上に穏やかな木漏れ日を落としていた。俺は、手作りの翡翠の器で冷たいハーブティーを味わいながら、数日前の出来事を思い出していた。王都の最新技術の結晶である鋼のツルハシを、俺たちのささやかな知恵と、子供の玩具であるはずの水鉄砲が打ち破ってしまった、あの日のことを。
「…ユウキ殿。あなたの知恵は、あまりにも強力すぎます」
向かいの椅子で、愛剣の手入れをしていたリディアが、ふと顔を上げて、真剣な瞳で俺を見つめていた。その声には、昨日の勝利への賞賛と、そして、それと同じくらいの重さを持つ、深い懸念が滲んでいる。
「それは、道を切り拓く力にもなれば、城壁を破壊する力にもなる。私は、知っています。強大すぎる力は、時に持ち主の意図を超え、人を狂わせ、災厄を呼ぶ。…いずれ、この力を、悪用しようと考える者が、必ず現れるでしょう。その時、我らは…どう、立ち向かうべきなのでしょうか」
その、どこまでも真摯で、聖域の未来を想うからこその問い。俺は、静かに頷いた。彼女の懸念は、正しい。マルス子爵という、まだ見ぬ悪意の存在が、それを何よりも雄弁に証明している。
俺は、自分の、少しだけ節くれだって、土の匂いが染み付いた手のひらを見つめた。この手は、前世で、クライアントの評価という名の数字のためだけに、何かを作り続けてきた。その果てに、俺は一度、死んだのだ。
「ええ、そうかもしれません。ですが、リディアさん」
俺は、彼女の青い瞳をまっすぐに見つめ返す。
「包丁も、使い方を間違えれば人を傷つける武器になる。火も、暖をとることもできれば、全てを焼き尽くすこともできる。力そのものに、善悪はないんですよ。それを、誰のために、何のために使うのか。全ては、使い手の心一つです」
俺は、聖域の心臓部である工房と、その向こうに広がる、黒々とした大地が生命の息吹を放つ『シラタマ農園』に、優しい視線を送った。
「俺がこの力で作りたいのは、城壁を砕く槌じゃありません。皆で笑い合える、温かい食卓です。この力が、誰かの笑顔を生み出すためにある限り、俺は、二度と使い方を間違えることはないと、信じています」
その、どこまでも穏やかで、しかし、一度死んだ男だからこそ言える、何よりも力強い答え。リディアは、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、やがて、その張り詰めていた表情が、ふっと雪解けのように和らいだ。
「…そうか。あなたの戦場は、いつだって食卓の上なのですね」
彼女は、最高の笑顔で頷いた。「ならば、我が剣は、あなたの食卓が永遠に温かいものであるよう、それを脅かす全てのものを、ただ斬り払うまで」
その、守護騎士としての、新たなる誓いの言葉。その温かい決意に応えるように、俺は静かに立ち上がった。
「ええ。だから、今日も作りましょう。俺たちの食卓を、もっと、ずっと豊かにするための、新しい宝物を」
俺が提案したのは、本格的な夏の到来を前に、初夏の強い日差しそのものを味方につける、**『太陽の恵みの保存計画』**だった。
「シラタマ農園の夏野菜たちが、本格的に実り始める前に、最高の保存庫を作りましょう。火も、煙も使わない。ただ、太陽の力だけで、野菜の旨味を、宝石のように凝縮させるんです」
俺が作るのは、『ソーラーフードドライヤー(太陽熱食品乾燥機)』。黒く塗った箱の中で空気を温め、その上昇気流で、食材の水分を効率よく奪い去る、科学の知恵が詰まった魔法の箱だ。
「太陽の熱で、風を起こす…だと…!?それはもはや、天候を操る神々の御業では…!」
その、あまりにも合理的で、しかし神話のようでもある原理に、リディアは興味津々だった。
俺たちは、早速、この聖域初の『自然エネルギー施設』の建設に取り掛かった。
リディアが、棟梁として、これまでの経験を活かし、寸分の狂いもなく、乾燥機の本体となる木箱のフレームを組み上げていく。その手際は、もはや騎士というより、一流の職人の風格すら漂っていた。
俺は、その心臓部となる、太陽の力を最大限に引き出すためのパーツを、100均の知恵で創造する。
まず、箱の内部を、熱を吸収する漆黒に染め上げるための魔法の霧。
ポンッ!
【創造力:150/150 → 140/150】
※創造力は睡眠により全回復
Dランクの塗料**『黒スプレー塗料(ラッカー)』**。コストは10。
俺が、木箱の内側を均一な黒に染め上げていくと、ただの木の箱が、まるで光さえも吸い込む、小さなブラックホールのような、不思議な存在感を放ち始めた。
次に、太陽の光を取り込み、中の熱を逃がさないための、透明な結界。
ポンッ!
【創造力:140/150 → 125/150】
Cランクの**『ビニールテーブルクロス(厚手・透明)』**。コストは15。これを木枠に張り、乾燥機の蓋にする。
そして、食材を乗せるための、聖域の万能建材。
ポンッ!
【創造力:125/150 → 105/150】
Bランクの**『ワイヤーネット』**。コストは20。これを数段重ねることで、熱風が効率よく循環する、完璧な乾燥棚が完成した。
この、どこまでも平和で、創造性に満ちた建設作業。仲間たちの愛らしい活躍があった。
黒いスプレー塗料の、ツンとした独特の匂いが気になるのか、シラタマが、完成したばかりの黒い箱の周りを、くんくんと嗅ぎ回っている。そして、俺が目を離した隙に、その自慢の白い肉球で、まだ乾ききっていない黒い塗装面を、ぽすん、と触ってしまった!
「あ、こら!」
見事なまでにくっきりとした、白い肉球の足跡が、漆黒の宇宙に浮かぶ、愛らしい星雲のように刻まれてしまった。リディアに「聖なる乾燥炉に、許可なく己の紋章を刻むでない!」と叱られながらも、当の本人は、自分の足の裏が黒くなっているのに気づき、「キュ?」と不思議そうに首を傾げている。最高の癒やしだ。
そして、俺たちが乾燥させるための夏野菜を収穫していると、いつの間にか現れたつちのこが、トマトの蔓にそっと触れた。すると、彼が触れた部分のトマトだけが、まるでルビーのように、ひときわ赤く、そして驚くほど甘く熟していく。神様からの、最高の『収穫ブースト』だった。
数日後、ついに俺たちのソーラーフードドライヤーが完成した。
ワイヤーネットの棚に、薄切りにした神様印のトマトと、森で採れた香り高いきのこ、そして聖域のリンゴを並べ、透明な蓋を閉じる。
初夏の強い日差しを浴びて、黒く塗られた箱の内部の温度が、ぐんぐんと上昇していくのが、召喚した**『温度計』**の針で見て取れた。箱の下の吸気口から冷たい空気が吸い込まれ、温められて上昇し、食材の水分を奪いながら、上の排気口から湿った空気として抜けていく。目には見えない、完璧な『風の流れ』が、そこには生まれていた。
その日の夕暮れ。蓋を開けると、ふわり、と。凝縮された、暴力的なまでの旨味の香りが、あたりに満ちた。
棚の上の食材は、水分が抜け、一回り小さくなっているが、その色と香りは、驚くほどに濃くなっている。干しトマトは、もはやただの野菜ではない。南国の太陽の恵みを一身に浴びたかのような、深く、深いルビーレッド。干しきのこは、森の土の香りと、熟成したチーズのような、複雑な香りを放っている。
それは、俺たちが、太陽そのものを、保存可能な『旨味の宝石』へと変えることに成功した、錬金術の成功の瞬間だった。
この、歴史的な発明の成功を祝して、俺は、最高の祝宴を用意した。
俺が作るのは、この新しい宝物の力を、最も純粋な形で味わうための、究極のパスタ…**『干しトマトと干しきのこの、旨味爆弾ペペロンチーノ』**だった。
フライパンに、自家製のナッツオイルとニンニクを入れ、火にかける。香りが立ってきたら、主役である干しトマトと干しきのこを投入する。
ジュワアアァァ……!
乾燥した食材が、オイルを吸って、その身に蓄えていた旨味と香りを、一気に解き放つ!それは、もはやただの調理音ではない。眠っていた森の巨人が、長い眠りから目を覚ますかのような、圧倒的な生命力の爆発だった。
その、あまりにも官能的で、抗いがたい香りに、リディアとシラタ-マは、ゴクリと、同時に喉を鳴らした。
茹で上がったパスタと絡め、翡翠の器に盛り付け、一口。
次の瞬間、俺たちの味覚は、新しい次元へと到達した。
(なんだ、これは…!?)
ただのオイルパスタではない。噛みしめるごとに、干しトマトの凝縮された甘みと酸味が、太陽の爆発のように弾け、干しきのこの、芳醇で、どこかスモーキーな旨味が、深い森の記憶のように、波のように押し寄せてくる。これは、パスタではない。太陽と、森と、そして俺たちの過ごした時間の全てを、一本の麺に絡めて味わう、物語そのものだ。
「…ユキ殿。私は、これまで、数多のあなたの料理に驚かされてきた。だが、これは…!これは、もはや料理という名の、人の五感を支配し、魂を悦楽で満たす、禁断の『魔法』だ…!」
リディアは、そのあまりの衝撃に、フォークを持つ手が、微かに震えていた。
その、どこまでも平和で、満ち足りた食卓。
その時、一羽のコマドリが、聖域の空に舞い降りてきた。『アニマル・エクスプレス』だ。だが、その足に結ばれていたのは、いつもの小さな通信筒ではなかった。王家の紋章が輝く、一通の、分厚い羊皮紙の巻物。
俺が、その封蝋を解き、中身に目を通した瞬間、その場の穏やかな空気は、一変した。
それは、アメリア王女からの、心からの感謝の言葉と、そして、一つの、血の気の引くような『警告』だった。
『――賢人ユキ殿。貴殿の技術供与に、心から感謝します。街道整備は、驚くべき速度で進んでいます。ですが、同時に、由々しき事態も発生しました。先の賢人会議で失脚したマルス子爵が、王都の牢を破り、彼に忠誠を誓う私兵団と共に、忽然と姿を消した、と。行き先は、不明。ですが、彼の、常軌を逸した歪んだ執着が、どこへ向いているかは、想像に難くありません。どうか、くれぐれも、ご油断召されるな――』
リディアは、その手紙を読み終えると、静かに立ち上がり、工房の壁にかけてあった、愛剣を、その手に取った。彼女の指が、使い慣れた柄を、確かめるように、強く、強く握りしめる。
彼女は、窓の外の、どこまでも穏やかな初夏の森を、しかし、これまでになく鋭い、守護騎士の目で見つめていた。
「…ユキ殿。どうやら、我らの聖域に、本当の『夏』が、訪れようとしているようですね」
その言葉は、もはやただの季節の移ろいを指すものではない。
俺たちが手に入れた、あまりにも大きな力の『光』が、今、それと同じくらい、深く、濃い『影』を、この穏やかな聖域へと、引き寄せようとしていた。
***
いつもお読みいただきありがとうございます!
聖域に迫る、マルス子爵という名の影。ユキたちの、穏やかで美味しい日常は、守り抜かれるのか。そして、ユキの100均戦術は、ついに本物の『戦場』で火を噴くことになるのか。次回の展開に、どうぞご期待ください!
17
あなたにおすすめの小説
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート
みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。
唯一の武器は、腰につけた工具袋——
…って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!?
戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。
土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!?
「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」
今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY!
建築×育児×チート×ギャル
“腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる!
腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!
ひより のどか
ファンタジー
ねぇたまと、妹と、もふもふな家族と幸せに暮らしていたフィリー。そんな日常が崩れ去った。
一見、まだ小さな子どもたち。実は国が支配したがる程の大きな力を持っていて?
主人公フィリーは、実は違う世界で生きた記憶を持っていて?前世の記憶を活かして魔法の世界で代活躍?
「ねぇたまたちは、ぼくがまもりゅのら!」
『わふっ』
もふもふな家族も一緒にたくましく楽しく生きてくぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる