おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百六十七話】聖域の水道網と、絶望を虹に変える夏

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傭兵たちが置き土産のパンを手に、夜明けの森へと消えていった、あの日の静寂。それは、束の間の勝利がもたらした安堵であると同時に、次なる、そして比較にならぬほど巨大な脅威との対峙を告げる、嵐の前の静けさでもあった。

『夏の終わりに、森ごと焼き払う』

マルス子爵が放ったという、そのあまりにも無慈悲で、絶対的な脅威。その言葉は、目に見えない呪いのように、俺たちの穏やかな日常に、じわりと、しかし確実に影を落とし始めていた。
「…ユキ殿。聖域の周囲の木々を、今のうちに全て伐採すべきです。建物への延焼を防ぐための、幅五十メートルの防火帯を」
「いや、それでは不十分だ。いっそ、拠点全体を深い堀で囲み、川から水を引いて満たすのはどうだろうか。物理的に、炎の進軍を阻むのだ」

夜の作戦会議で、リディアは焦燥に駆られるように、次々と防衛策を口にする。その瞳には、かつてないほどの緊張と、この手で築き上げた温かい聖域を失うことへの、深い恐怖が浮かんでいた。彼女の騎士としての豊富な経験が、一度放たれた火という敵の、あまりの恐ろしさと、その制御不能な破壊力を、誰よりもよく知っているのだ。

俺は、そんな彼女の肩に、そっと手を置いた。
「リディアさん、落ち着いてください。俺たちの聖域は、木を切り倒し、堀を巡らせるような、無粋な砦ではありません。それでは、守るべきものを、自分たちの手で壊してしまうことになる」

俺は、ダイニングテーブルに聖域の地図を広げる。それは、もはやただの居住区の地図ではなかった。川、森、畑、そして俺たちの家。全てが有機的に繋がり、呼吸する、一つの生命体そのものだ。

「マルス子爵の土俵は、『破壊』です。ならば、俺たちの土俵は、いつだって『創造』でしょう。火という絶対的な脅威を逆手に取り、この聖域の『農業』と『生活』を、次のステージへと飛躍させる。攻防一体のグランドデザインで、彼を迎え撃つんです」

俺が発表したのは、聖域史上、最も壮大で、最も野心的なインフラ整備計画…**『聖域防火・灌漑(かんがい)システム』**だった。
「聖域で最も高いあの丘の上に、巨大な『貯水塔』を建設します。そこから、拠点全体に水を供給するための『配水管ネットワーク』を敷設し、各建物の屋根には、火災時に水を散布するための『スプリンクラー』を設置する。彼らが絶望の炎を放つなら、俺たちは、その炎さえも祝福する、恵みの雨を降らせてやるんですよ」

その、あまりにも大胆で、そしてあまりにも希望に満ちた計画。リディアは、一瞬、言葉を失い、やがて、その瞳に、再び守護騎士としての、力強い光を取り戻した。
「…承知した。ユキ殿、指示を!この聖域の未来、この剣と、この肉体で築き上げてみせよう!」

聖域の未来を懸けた、数週間にわたる大工事が始まった。
まず、貯水塔の建設。リディアが、騎士の膂力(りょりょく)で巨大な基礎石を運び、俺がセメントでそれを固めていく。そして、その上に、頑丈な木のフレームを、これまでの建築技術の粋を集めて組み上げていった。
この巨大な水瓶の、命綱ともいえる防水処理。俺は、100均の知恵の、最強のカードを切った。

ポンッ!
【創造力:150/150 → 110/150】
※創造力は睡眠により全回復
Aランクの**『ブルーシート(特大)』**。コストは40。以前、最初の露天風呂で使ったものより、さらに巨大で、分厚い特別仕様だ。これを貯水槽の内側に、寸分の隙間もなく張り巡らせ、つなぎ目を**『防水補修テープ』**で完璧に塞ぐ。

次に、このプロジェクトの真骨頂。聖域の全身に、命の水を巡らせるための『血管』…配水管の敷設だ。
俺が、この世界の常識を覆すために召喚したのは、夏の水辺の、あまりにも平和な遊具だった。

ポンッ!
【創造力:110/150 → 65/150】
Cランクのレジャー用品**『プールスティック(プールヌードル)』**を、惜しげもなく三本。コストは合わせて45。
「ユキ殿…?その、子供が水に浮かぶための、カラフルな棒が、聖域の生命線たる水道管に…?」
「ええ。見てください」
俺は、そのスポンジの棒の中が空洞であることを見せる。「軽くて、丈夫で、そして何より、この発泡素材が持つ断熱性が、夏の日差しで水が温まるのを防ぎ、冬には凍結から守ってくれる。これ以上の『水道管』は、この世界には存在しませんよ」

俺たちは、そのカラフルな棒を**『ビニールテープ』**で繋ぎ合わせ、拠点中に、まるで巨大な蛇のように張り巡らせていった。
シラタマが、その長くて柔らかいホース状の物体を、巨大な遊び相手と勘違いしてじゃれつき、リディアに「こら!それは聖域の民の命を繋ぐ、聖なる龍脈だぞ!」と、本気で叱られている。最高の癒やしだ。

そして、最後の仕上げ。各建物の屋根に、恵みの雨を降らせるためのノズルを取り付けていく。俺は、張り巡らせたプールヌードルの配管に、Eランクの**『千枚通し』**で無数の小さな穴を開け、その一つ一つに、同じくEランクの**『ペットボトルのキャップ』**を熱で加工した、手作りのスプリンクラーヘッドを装着していく。その、あまりにも地道で、精密な作業。それは、もはや土木工事ではなく、一つの巨大な芸術品を作り上げるかのような、創造の喜びに満ちていた。

この大規模工事で汗を流す仲間たちのために、俺は最高の昼食を用意した。
夏の暑さを吹き飛ばし、失われた塩分と活力を補給する、究極のスタミナ飯…**『特製冷や汁』**だ。
燻製にした川魚を丁寧にほぐし、石臼ですり潰した炒り胡麻と合わせる。自家製の麦味噌を、暖炉の火で香ばしく焼き、氷室でキンキンに冷やした出汁でのばしていく。そこに、薄切りにしたキュウリや、手作りの豆腐、そして刻んだ聖域のハーブをたっぷりと加えれば、完成だ。
炊きたての麦飯に、その冷たい汁をたっぷりとかけて、一同で無心でかき込む。
「う…うまい…!炎天下で汗をかいた体に、この冷たさと、味噌の塩分が…雷のように染み渡る…!力が、蘇ってくる…!」
リディアは、生まれて初めて味わう、そのあまりにも合理的で、そしてあまりにも美味しい夏の味に、感動の声を上げていた。

数週間にわたる工事の末、ついに、聖域の空に、巨大な木製の貯水塔が、まるで城の望楼のように、堂々とそびえ立った。
一同は、固唾をのんで、その足元に集まる。
「いきますよ」
俺は、貯水塔の根本に設置した、木製の巨大なバルブを、リディアの力を借りて、ゆっくりと、しかし力強く開いた。

ゴオオオオオ…という、巨大な生き物が目を覚ますかのような、重々しい水音が、塔の中から響き渡る。その音は、やがて聖域中に張り巡らされた配管を駆け巡り、俺たちの頭上から、サラサラ…という、優しい雨音へと変わっていった。
見上げると、母屋の、工房の、そして燻製小屋の屋根から、一斉に、美しい霧状の水しぶきが舞い降りてくる。初夏の強い日差しを浴びて、その水のカーテンは、聖域全体を包み込む、巨大で、美しい『虹』を描き出した。
シラタマは、その初めて見る、涼しくて、美しい虹のシャワーに、歓喜の雄叫びを上げて飛び跳ねている。
一同が、その、あまりにも幻想的で、そしてあまりにも力強い光景に、ただただ見惚れていた。

やがて、リディアが、虹のカーテンを見上げながら、震える声で呟いた。
「…ユキ殿。これはもはや、ただの防火設備ではない。マルス子爵が放つであろう絶望の炎を、我らの恵みの虹に変えてしまう…なんと壮大な『歓迎』の準備ですね」

その言葉に、俺は、最高の笑顔で頷いた。
次なる戦いは、もはや防衛戦ではない。俺たちが築き上げた、この圧倒的な豊かさと、生命力そのものを、世界に見せつけるための、最高のショーの始まりなのだ。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに完成した、聖域の最終防衛ライン。しかし、マルス子爵が動く『夏の終わり』は、刻一刻と近づいています。その間、聖域にはどんな新しい日常が生まれ、そして、運命の日、この虹のカーテンは、本当に聖域を守りきることができるのか。物語は、クライマックスへ向けて、さらに加速していきます!
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