おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百七十五話】聖域の出撃と、おにぎらずの誓い

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「――ユキ殿…どうやら、俺たちの『夏休み』は、終わりのようですね」

俺の、これまでにないほど、冷たく、そして静かな声。それは、蚊取り線香の穏やかな香りに満ちていた聖域の夏の夜に、唐突に鳴り響いた、戦いの始まりを告げる角笛だった。
アメリア王女から届いた、あまりにも絶望的な知らせ。マルス子爵の狂気が、ついに、無防備なロゼッタの町へと向けられた。王都の騎士団が到着するまで、数日。その時間は、一つの町が地上から消え去り、そこに住む人々の笑顔が永遠に失われるには、十分すぎるほどの時間だ。

「…行くぞ、ユキ殿」

リディアは、食べかけの焼き鳥の串を静かに皿に置くと、音もなく立ち上がっていた。その瞳には、もはや感傷や怒りはない。ただ、守るべき民が待つ戦場へと向かう、守護騎士としての、絶対的な覚悟の光だけが、鋼のように輝いていた。
だが、問題は、あまりにも明白だった。絶望的なまでの、距離。俺たちの足では、どんなに急いでも、ロゼッタまで数日はかかる。その間に、町は灰燼に帰してしまうだろう。

「馬鹿な…!これほどの時に、我が足が、我が力が、友に届かぬとは…!なんのための守護騎士か!なんのための、この力か!」

リディアが、悔しさに唇を噛む。その、あまりにも無力で、純粋な叫び。俺は、静かに立ち上がった。
「いいえ、リディアさん。届きます。いえ、届かせるんです」

俺は、ダイニングテーブルに、聖域の地図を広げる。そして、聖域とロゼッタを結ぶ、その絶望的な距離を、一本の指でなぞった。
「馬がなければ、馬より速く走ればいい。道がなければ、道ごと飛び越えればいい。これから、俺たちの聖域の技術の全てを結集させ、この絶望的な時間を、限りなくゼロにするための、最高の『鋼の軍馬』を作り上げます」

俺が提案したのは、この世界の誰もが、その概念さえも知らない、究極の個人用高速移動手段…**『キックボード』**の創造だった。
「木の板に、二つの車輪と、一本の取っ手をつけるだけです。ですが、これに、リディアさんの騎士としての驚異的なバランス感覚と、俺たちの知恵が加われば、どんな軍馬よりも速く、そして静かに、森を駆け抜けることができるはずですよ」

その夜、聖域の工房の灯りは、朝まで消えることはなかった。
俺は、この緊急出撃のための『鋼の軍馬』を、100均の知恵と、これまでの経験の全てを結集させて、ゼロから作り上げる。
まず、車体を支える、最も重要な車輪。

ポンッ!
【創造力:112/150 → 82/150】
BランクのDIY用品**『平台車用の頑丈なキャスター』**を、二台分、四つ召喚。コストは30。

次に、その車輪の回転を、神の領域へと引き上げるための、心臓部。
ポンッ!
【創造力:82/150 → 72/150】
Dランクの**『自転車のペダル』**を二組。コストは10。俺は、その内部に組み込まれた、摩擦を極限まで減らすための奇跡の機構…『ベアリング』だけを、宝石を扱うかのように、慎重に取り出していく。
「ユキ殿…これは、ただの鉄の輪ではないのか…?」
「いえ。この小さな輪の一つ一つが、俺たちの絶望的な時間を、希望へと変える、魔法の石ですよ」

リディアは、俺の指示通り、聖域で最も硬く、そして軽い木材を、彼女の怪力と、機織りで培った驚異的な精密さで、寸分の狂いもなく削り出し、車体のフレームを組み上げていく。カンナをかける音、ノミを振るう音。それは、もはやただの作業音ではない。一つの町を、仲間を救うのだという、二人の強い意志が奏でる、決意の交響曲だった。
その、あまりにも異様で、しかし熱気に満ちた光景を、シラタマは、工房の入り口から、固唾をのんで見守っていた。彼は、これが、いつもの楽しい物作りではない。仲間を救うための、神聖な儀式であることを、その魂で理解しているのだ。

夜が明け、朝日が工房を照らす頃、ついに、二台の、無骨で、しかし機能美に満ちた『鋼の軍馬』が完成した。
リディアは、その、生まれて初めて見る奇妙な乗り物に、おそるおそる片足を乗せる。
最初は、生まれたての仔鹿のように、その体はぐらついた。だが、彼女が、騎士としての天性のバランス感覚を取り戻し、地面を力強く蹴った、その瞬間。
風が、生まれた。

ヒュン、と。リディアの体は、まるで銀色の矢のように、音もなく、滑らかに、工房の前を駆け抜けていった。
「な…!速い…!馬よりも、静かで、そして何より…速い…!風になったようだ…!」
その、あまりにも圧倒的な機動力。それは、俺たちの絶望的な状況を、一瞬にして希望へと塗り替える、確かな光だった。

「キュイイイイイッ!(俺も負けるもんか!)」
シラタマも、その光景に闘志を燃やしたのか、リディアの後を追い、白い弾丸となって森の中を駆け抜ける。聖獣としての彼が持つ、本来の、野生の力が、今、仲間を守るという強い意志によって、完全に解放されようとしていた。

出撃の朝。俺は、戦場へと向かう仲間たちのために、最高の『兵糧』を用意した。
それは、俺たちの、温かい日常の象-徴であり、そして、必ず生きてこの日常に帰ってくるという、誓いの証。究極の携帯食…**『おにぎらず』**だった。
炊きたての、まだ温かいご飯を、Eランクの**『ラップフィルム』**の上に薄く広げ、昨夜の残りの焼き鳥、錦糸卵、そして自家製のピクルスを乗せる。それを、まるで大切な手紙を折り畳むかのように、四角く、美しく包み込み、半分に切れば、食欲をそそる美しい萌黄色の断面が現れる。

ポンッ!
【創造力:72/150 → 70/150】

その、あまりにも合理的で、そしてあまりにも美味しそうな兵糧を、一同は、それぞれの胸に、一つの『誓い』と共に仕舞い込んだ。
俺たちは、留守を預かるつちのこに、深く、深く頭を下げた。
「行ってきます。必ず、皆の笑顔を、守ってきますから」

聖域の入り口に、三つの影が立つ。
俺とリディアは、手作りのキックボードに足をかける。シラタマは、大地を掴むように低く、力強い姿勢で、その瞬間を待っている。
俺たちは、無言で、視線を交わした。言葉はいらない。
「行きますよ!」

俺の合図と共に、三つの影は、三本の矢となって、ロゼッタの町へと続く、森の道へと飛び出していった。
森を抜け、街道へ。俺たちが手に入れた新しい騎馬の速さは、想像を絶していた。馬車ならば半日はかかるであろう距離を、わずか一時間ほどで駆け抜けてしまう。
だが、その圧倒的な速度が、俺たちに、見たくはなかった現実を、あまりにも早く突きつけた。

街道の脇に、黒く、禍々しい煙が上がっている。
近づくと、そこには、無残に焼き払われ、荷物を略奪された、一台の商人の荷馬車が、骸のように横たわっていた。マルス子爵の私兵団の、先遣隊の仕業に違いない。荷台の側には、まだ幼い子供が履いていたであろう、小さな靴が片方だけ、泥にまみれて転がっていた。

その、あまりにも無慈悲で、罪なき人々への蛮行。
リディアは、キックボードを止め、その燃えさしを、震える手で拾い上げた。
彼女の瞳から、穏やかな光が消える。代わりに宿ったのは、悪を断罪する、絶対零度の、鋼の炎。
「…ユキ殿。急ごう」
彼女は、静かに、しかし、これまでにないほど、重い声で言った。
「あの町の、温かいパンの香りを、子供たちの笑顔を、これ以上、奴らの好きにはさせん」

俺は、静かに頷くと、再び地面を強く蹴った。
俺たちの、穏やかだったはずのピクニックは、終わった。
これは、もはやただの救出劇ではない。罪なき人々の日常を、その笑顔を、理不-尽な暴力から守り抜くための、俺たちの、初めての『聖戦』だ。
夏の風が、燃えさしの焦げ臭い匂いと、俺たちの静かな怒りを乗せて、戦場となる、薔薇色の町へと、吹き抜けていった。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに始まった、ロゼッタ防衛戦。圧倒的な機動力を手に入れたユキたちは、マルス子爵の非道な進軍を止めることができるのか?そして、ユキの100均グッズは、ついに本当の戦場で、その真価を発揮する!手に汗握る次回の展開に、どうぞご期待ください!
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