おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

文字の大きさ
180 / 185

【第百七十九話】守護騎士の剣舞と、賢者の裁き

しおりを挟む

***

「…あなたでしたか。俺の家に、土足で上がり込んできた、招かれざる客は」

俺の声は、自分でも驚くほど、低く、そして静かだった。だが、その静けさの底には、マグマのように煮えたぎる、底なしの怒りが渦巻いている。それは、財産を荒らされたことへの怒りではない。かけがえのない家族の、穏やかな寝床を土足で踏みにじられ、その命を本気で脅かされたことへの、絶対的な、そして聖なる憤怒だった。
傭兵隊長ザガンは、その、あまりにも穏やかで、しかし神の威光にも似た俺の佇まいに、一瞬、確かに怯んだ。だが、彼は百戦錬磨の傭兵。恐怖を、より大きな暴力で塗りつぶす術を知っていた。

「…小賢しい賢人めが。その小さな土人形(つちのこ)が奇跡の源泉か!ならば、貴様の目の前で、その心臓を抉り出してくれよう!」
ザガンが、再び剣を振り上げる。だが、その刃が、陽光を反射するよりも速く。
一陣の、金色の疾風が、彼と俺たちの間に舞い降りた。

「――私の、家族に。その汚れた手を、二度と触れさせるな」

リディアだった。彼女の動きには、もはや予備動作という概念が存在しない。抜き放たれた愛剣が、まるでそれ自体が意思を持つ生き物のように、月光を反射して青白い軌跡を描く。

キィィィィン!

甲高い金属音。ザガンの剣が、信じられないという顔で、宙を舞った。リディアの剣閃は、彼の剣の最も脆い一点を、寸分の狂いもなく打ち据え、その手から弾き飛ばしていたのだ。
「なっ…!?俺の剣が…!」
続く第二閃。それは、もはや剣戟ではなかった。芸術の域に達した、死の舞踏だった。リディアの体は、まるで重力を無視したかのように、ザガンの懐深くへと滑らかに踏み込む。だが、その刃が肉を裂くことはない。剣の腹(ひら)が、鎧の隙間、人体が最も衝撃に弱いとされる関節や急所だけを、恐るべき正確さで、次々と打ち据えていく。

ゴッ!ガン!ゴゴッ!

鈍い、骨の芯まで響くような音が、聖域の静寂にこだまする。ザガンは、なすすべもなく、まるで稽古をつけられる新兵のように一方的に打ちのめされ、最後には、膝の裏を柄で的確に打たれ、泥の中に、屈辱的に膝をつかされた。
「…これが、王都の騎士を名乗る者の、本当の力…だと…?化け物め…」
彼は、震える声で、己の完膚なきまでの敗北を、ようやく理解した。

残りの兵士たちは、その、あまりにも圧倒的で、そしてあまりにも美しい、死の舞踏を前に、完全に戦意を喪失していた。彼らの前に立ちはだかるのは、もはやただの女騎士ではない。この聖域を汚す者すべてに、絶対的な死と恐怖を与える、怒れる女神そのものだった。
戦いは、終わった。
リディアが、剣を鞘に収め、俺の隣に立つ。
「ユキ殿。この者たち、どうする?…命乞いをするというのなら、あるいは…」
「いえ」
俺は、彼女の言葉を、静かに遮った。
「彼らには、死ぬよりも辛い罰を与えます。俺たちの流儀で、ね」

俺が下した『裁き』。それは、傭兵たちが想像していたどんな拷問よりも、恐ろしく、そして屈辱的なものだった。
俺は、工房から、ありったけの『軍手』と、『シャベル』、『バケツ』、そして『デッキブラシ』を持ち出してきた。それは、聖域の日常を支える、どこにでもある、ありふれた道具。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:70/150 → 60/150】
(※ロゼッタでの消耗から、聖域での休息により、ある程度回復している)
追加のDランク**『デッキブラシ』**とEランク**『軍手』**セットを召喚。コストは合わせて10。

「あなたたちには、自分たちが何をしたのかを、その体で、骨の髄まで理解してもらいます」
俺は、震える傭兵たち一人一人に、軍手を手渡した。
「この聖域を、元通りにするんです。あなたたちがつけた、煤の汚れ一つ残らず、綺麗にね。破壊には、創造の苦しみを。それが、ここのルールです」

その日から、聖域では、奇妙で、そしてどこか滑稽ですらある、前代未聞の『捕虜労働』が始まった。
屈強な傭兵たちが、小さなデッキブラシを手に、四つん這いになって、母屋の壁についた煤を、必死に擦り落としている。つちのこの力で荒らされた地面を、シャベルで丁寧にならし、リディアの厳しい(しかし、その瞳にはどこか哀れみも浮かんでいる)監督の下、焼けてしまった花壇の修復作業に汗を流す。
その、あまりにもシュールな光景を、聖域の真の主が、厳しい目で見下ろしていた。シラタマだ。彼は、一番高い土の山の上から、まるで王様のようにふんぞり返り、傭兵たちの作業を監督している。誰かが少しでも手を抜こうものなら、「グルルル…!」と、喉の奥で唸り声を上げ、無言の圧力をかけるのだ。最高の現場監督だった。

数日間の強制労働。彼らの体は疲弊し、その手は土と煤で汚れた。だが、不思議なことに、彼らの瞳から、聖域に来た時の、あの殺伐とした光は、日に日に消えていった。
自分たちが壊したものが、自分たちの手で、少しずつ、元の美しい姿を取り戻していく。その、生まれて初めて経験する『創造』の過程。それは、彼らの、奪うことしか知らなかった魂を、内側から、静かに、そして確実に浄化していった。

そして、毎晩、彼らには食事が与えられた。それは、豪華なものではない。
俺が、大鍋でことことと煮込んだ、ただの**『お粥』**。味付けは、ほんの少しの岩塩と、自家製の**『梅干し』**(酸っぱい果実の塩漬けを天日で干したもの)だけ。
だが、一日中、陽光の下で汗を流し、土にまみれた彼らにとって、その、体の芯まで染み渡るような、温かくて、優しい味わいは、これまでの人生で味わった、どんなご馳走よりも、美味しかった。
隊長ザガンは、その粥を、一粒も残さず食べ終えると、翡翠の器を抱きしめるようにして、静かに、声を殺して泣いていた。彼は、生まれて初めて、自分の汗で稼いだ食事の、本当の『尊さ』を知ったのだ。

全ての修復作業が終わった朝。俺は、見違えるように穏やかな顔つきになった傭兵たちを、聖域の入り口に集めた。
「あなたたちの罪は、あなたたち自身の汗で、濯がれました。もう、行きなさい」
俺は、彼らに、数日分の食料と水を渡した。
「マルス子爵の元へ戻るもよし。傭兵稼業から足を洗い、新しい人生を歩むもよし。どちらを選ぶかは、あなたたち次第です」

ザガンは、俺の前に進み出ると、これまで片時も手放さなかった、愛用の長剣を、地面に置いた。
「…賢人様。俺は、もう二度と、この手で剣を握ることはあるまい。この手で、何かを奪うのではなく、何かを…生み出す喜びを、知ってしまったからだ」
彼は、深く、深く頭を下げると、仲間たちと共に、来た時とは全く違う、力強い、希望に満ちた足取りで、森の奥へと去っていった。

聖域に、再び静寂が戻った。
リディアは、傭兵たちが去っていった道を、どこか遠い目で見つめている。
「…ユキ殿。あなたは、敵兵の魂さえも、救済してしまいましたね」
「いいえ」
俺は、穏やかに首を横に振った。「救済したのは、俺じゃありません。この聖域の、土と、水と、そして、温かい食事ですよ」

だが、俺たちの心は、まだ晴れてはいなかった。
リディアは、俺の隣に立つと、静かに、しかし、これまでになく重い声で言った。
「ユキ殿。今回は、我らの聖域の中で、迎え撃つことができました。ですが、マルス子爵という『病巣』そのものを断ち切らぬ限り、この戦いは、永遠に終わりません。第二、第三のザガンが現れるだけです」
彼女は、王都へと続く、遥か彼方の空を見据えた。
「我らは、もう待つべきではない。こちらから、行くべきです。全ての元凶を、その根から断ち切るために」

その言葉は、もはや提案ではなかった。
聖域の守護騎士が、俺という主に下した、最後の、そして最も重い『決断』の要求だった。
俺は、答えなかった。ただ、リディアが見つめる同じ空を、静かに、見つめ返すだけだった。
聖域を出て、悪意の渦巻く王都へ、自ら乗り込む。
その、俺が、この世界に来てから、ずっと避けてきた選択肢が、今、俺たちの目の前に、確かに突きつけられていた。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
聖域での戦いは、ユキの完全勝利で幕を閉じました。しかし、物語は、ついに聖域の外へ、マルス子爵が待つ王都へと向かおうとしています。ユキは、リディアと共に、王都へ向かう決断を下すのか?そして、その先で待つものとは?物語は、最終章へ向けて、大きく動き出します!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート

みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。 唯一の武器は、腰につけた工具袋—— …って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!? 戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。 土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!? 「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」 今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY! 建築×育児×チート×ギャル “腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる! 腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

町工場の専務が異世界に転生しました。辺境伯の嫡男として生きて行きます!

トリガー
ファンタジー
町工場の専務が女神の力で異世界に転生します。剣や魔法を使い成長していく異世界ファンタジー

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!

ひより のどか
ファンタジー
ねぇたまと、妹と、もふもふな家族と幸せに暮らしていたフィリー。そんな日常が崩れ去った。 一見、まだ小さな子どもたち。実は国が支配したがる程の大きな力を持っていて? 主人公フィリーは、実は違う世界で生きた記憶を持っていて?前世の記憶を活かして魔法の世界で代活躍? 「ねぇたまたちは、ぼくがまもりゅのら!」 『わふっ』 もふもふな家族も一緒にたくましく楽しく生きてくぞ!

処理中です...