おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百八十話】王都への決意と、旅立ちの弁当箱

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***

聖域の穏やかな日常は、一度は終わりを告げた。だが、それは絶望の終わりではない。俺たちが、自分たちの手で築き上げてきた、この温かい場所を、自分たちの『知恵』と『力』で守り抜いた、新しい始まりの証だった。
傭兵たちが去っていった森の小道には、もう血の匂いも、鉄の匂いもしない。ただ、初夏の若葉と、湿った土の、生命力に満ちた香りが漂っているだけ。
だが、俺たちの心に、本当の静寂は戻ってこなかった。

「…ユキ殿」

その日の夜、暖炉の火が、壁に掛けられた機織り機や、棚に並んだ翡翠の器に、揺れる影を落としていた。リディアは、手入れを終えた愛剣を鞘に収めると、静かに、しかし、これまでになく重い声で、俺に向き直った。
「今回は、我らの聖域の中で、迎え撃つことができました。あなたの知恵と、シラタマの勇気、そして、つちのこの奇跡のおかげで。ですが、マルス子爵という『病巣』そのものを断ち切らぬ限り、この戦いは、形を変え、姿を変え、永遠に終わりません。第二、第三のザガンが現れるだけです」

彼女は、窓の外の、王都へと続く、遥か彼方の闇を見据えた。その青い瞳には、もはや迷いはなかった。
「我らは、もう待つべきではない。こちらから、行くべきです。全ての元凶を、その根元から断ち切るために」

その言葉は、もはや提案ではなかった。
聖域の守護騎士が、俺という主に下した、最後の、そして最も重い『決断』の要求だった。

俺の心の中に、とうの昔に死んだはずの『風間勇希』の記憶が、鮮烈に蘇る。クライアントの無理難題、終わりのない会議、数字と締め切りに追われるだけの、魂のすり減るような毎日。俺は、その果てに、一度死んだのだ。この穏やかで、温かい聖域は、俺が全てを捨てて、ようやく手に入れた、二度目の人生そのもの。それを、自ら手放し、あの喧騒と欲望の渦の中へ、再び戻れというのか。
俺は、答えなかった。ただ、リディアが見つめる同じ闇を、静かに、見つめ返すだけだった。

俺の、言葉にならない葛藤を、彼女は全て理解しているのだろう。彼女は、それ以上何も言わず、ただ静かに、俺の決断を待っていた。
その、張り詰めた静寂を破ったのは、俺の足元で丸くなっていた、温かい毛玉だった。

「きゅぅん…?」

シラタマが、眠たい目をこすりながら、俺の顔を、心配そうに覗き込んでいる。その、どこまでも無垢で、純粋な瞳。その瞳が、俺に問いかけていた。「どうしたの?また、怖いものが来るの?でも、大丈夫だよ。僕が、みんなを守るから」と。
俺は、その大きな頭を、そっと撫でた。この温もり、この穏やかな寝息。つちのこが安心して眠れる温室、ヤギたちがのんびりと草を食む陽だまり。俺が、この世界で、本当に守りたかった、かけがえのない宝物。

(…そうか。いつまでも、この森の中に閉じこもって、脅威が訪れるたびに怯え、追い返す。それは、本当の意味で、彼らを守っていることにはならないんだ)
本当の平和とは、城壁を高くすることじゃない。城壁そのものが、必要なくなる世界を作ることだ。そのためには、逃げていてはダメだ。

俺は、深く、長い息を吐き、そして、決意の顔を上げた。
「…分かりました。行きましょう、リディアさん。この戦いを、俺たちの手で、終わらせに」

俺たちの、初めての『遠征』。その準備が、翌朝から始まった。
「王都への旅は、これまでのピクニックとは違います。最高の状態で戦うためには、最高の『装備』が必要です」
俺が提案したのは、長旅の負担を極限まで軽減し、機動力を最大化するための、個人用運搬装備…**『バックパック』**の製作だった。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:150/150 → 133/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺が召喚したのは、Dランクの手芸用品**『バックル』**と**『PPテープ』**のセット、そしてEランクの**『肩パッド』**。コストは合わせて17。

本体の素材は、聖域の恵みそのものだ。燻製にして、なめしたキバいのししの、驚くほど丈夫で、しなやかな革。そして、リディアが、この聖域で、自らの手で織り上げた、彼女の魂の色でもある緋色の、美しい布。
リディアが、革細工用の太い針で、力強く、しかし驚くほど精密に革を縫い合わせ、俺が、PPテープのストラップに肩パッドを取り付け、機能的なポケットを配置していく。その共同作業は、もはやただの物作りではない。これから始まる戦いへ、互いの背中を預け合う、騎士と軍師の、神聖な儀式のようだった。
完成したバックパックを、シラタマが、新しい巣穴と勘違いしたのか、頭から突っ込もうとしては、その大きすぎるお尻がつかえてしまい、「キュンキュン!」と、情けない声を上げていた。

旅立ちの朝。俺は、この聖域での、最後の、そして最高の食事を用意した。
それは、俺たちの、これまでの物語の全てを、一つの箱に詰め込んだ、究極の携帯食…**『聖域特製・三段重弁当』**だった。
ポンッ!ポンッ!
【創造力:133/150 → 129/150】
Eランクの**『ラップフィルム』**と**『クッキーの型』**を召喚。コストは合わせて4。

一段目には、俺が握った、三種類の『おにぎり』。燻製にした川魚のほぐし身を混ぜ込んだもの、自家製の梅干しが鎮座するもの、そして、つちのこの海藻を混ぜ込んだ、磯の香りがする塩むすび。
二段目には、色とりどりの『おかず』。森の卵を使い、聖域の出汁をたっぷりと含ませて焼き上げた、黄金色の卵焼き。燻製肉を、クッキーの型で、星と花の形にくり抜いた、愛らしい一品。そして、聖域の畑で採れた野菜のピクルスが、箸休めに彩りを添える。
三段目には、太陽の恵みを凝縮した『デザート』。ソーラーフードドライヤーで作った干しリンゴと、蜂蜜漬けのナッツ。

その、あまりにも美しく、そしてあまりにも贅沢な弁当箱を、俺は、手作りの風呂敷で、丁寧に、丁寧に結んだ。
「これは、ただの食事じゃありません。俺たちの、故郷の味です。これを食べれば、俺たちは、どんな場所にいても、独りじゃない」

聖域の入り口で、俺たちは、留守を預かる、小さな神様に向き直った。
「つちのこ。行ってきます。必ず、この聖域に、本当の平和を持ち帰りますから」
つちのこは、何も言わなかった。ただ、その小さな両手で、俺とリディア、そしてシラタマの足元に、それぞれ一粒ずつ、固く、そして温かい、不思議な輝きを放つ『種』を、そっと置いてくれた。それは、どんな困難からも、俺たちを守ってくれるという、神様からの、最高の『お守り』だった。

俺たちは、キックボードに跨り、新しいバックパックを背負う。その背中には、故郷の味が、そして仲間たちの想いが、確かに息づいていた。
シラタマは、俺たちの隣で、大地を掴むように低く、力強い姿勢をとる。
俺たちは、無言で、視線を交わした。
「出発しましょう。俺たちの『日常』を、取り戻すために」

その頃、遥か彼方の王都。アメリア王女の執務室。
彼女は、山と積まれた報告書を前に、深く、長い溜息をついていた。マルス子爵の脱走、そしてその後の不穏な動き。だが、王国は、まだ決定的な一手を見出せずにいた。
「…賢人からの、返答はまだか」
セラフィナの問いに、アメリアは力なく首を振る。
その、張り詰めた静寂を破るように、扉が、勢いよく開かれた。
「殿下!聖域より、緊急の報せが!」
駆け込んできた伝令兵が、息を切らしながら、一枚の羊皮紙を差し出す。それは、街道整備の測量隊長から、アニマル・エクスプレスで送られてきた、走り書きのような報告書だった。

『――賢人ユキ殿、聖域を出立。目的地は、王都。その進軍速度、我が騎士団の、いかなる騎馬隊をも凌駕す――』

アメリアは、その報告書を、信じられないという顔で、何度も、何度も読み返した。
そして、やがて、その顔に、夜明けの光のような、力強い笑みが浮かんだ。
「…そうか。彼は、待つのではなく、自ら、この舞台に上がることを選んだのですね」
彼女は、窓の外の、広大な王都を見下ろした。
「セラフィナ。全騎士団に通達を。そして、全ての関所と街道に、最大級の便宜を図るよう、私の名で命じなさい。――賢人が、我らの元へ、やって来ます」

俺たちの、静かなる出撃。それは、俺たちの知らないところで、すでに王都を揺るがす、大きな、大きなうねりの中心となっていた。
物語の舞台は、今、確かに、聖域から、権謀術数が渦巻く、王都へと移ろうとしていた。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに王都へと向かう決意をしたユキたち。その旅路で、彼らは何と出会い、そして、マルス子爵との直接対決の行方は?物語は、クライマックスに向け、さらに大きな舞台へと駆け上がります!次回の展開に、どうぞご期待ください!
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