おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百八十一話】街道の再会と、賢者の力学

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俺たちの、静かなる出撃。それは、王都を揺るがす大きなうねりの中心となっていたが、当の本人たちは、ただひたすらに、目の前の道を駆け抜けていた。
聖域の森を抜けると、世界は一変した。どこまでも広がる青い空と、若草の匂いを運ぶ風。そして、王都へと続く、まだ荒削りだが、確かに人の意志によって切り拓かれつつある『道』。
俺とリディアが跨る『鋼の軍馬(キックボード)』は、その凹凸のある道を、まるで水面を滑る小舟のように、軽やかに、そして驚異的な速度で駆け抜けていく。リディアは、風を切って流れていく景色に、最初は緊張した面持ちだったが、やがてその疾走感の虜になったのか、その口元には、子供のような無邪気な笑みが浮かんでいた。
その横を、白い稲妻と化したシラタマが、嬉々として並走する。聖獣としての彼が持つ、底なしのスタミナと、大地を掴む力強い四肢。それは、どんな名馬をも凌駕する、絶対的な速さだった。

「ユキ殿!このままの速度ならば、日が暮れる前には、次の宿場町まで…!」
リディアが、風に負けないよう、声を張り上げた、その時だった。
俺たちの目の前に、絶望的な光景が広がった。
数日前の長雨が原因だろうか。道沿いの丘が大きく崩れ、巨大な岩と土砂が、王家の威信をかけて整備されているはずの街道を、完全に塞いでしまっていたのだ。

「…なんと。これでは、馬車はもちろん、人が一人通るのがやっとだ。復旧には、数週間はかかるだろう…」
リディアが、悔しそうに呟く。その土砂の向こう側で、数名の男たちが、つるはしやシャベルを手に、懸命に復旧作業にあたっているのが見えた。王家の街道整備の作業員たちだろう。だが、彼らの前には、まるで大地の巨人が置いた門番のように、一台の馬車が逆立ちしても動かせそうにない、巨大な岩が鎮座していた。

俺たちが、手伝うべく近づいていった、その時。作業をしていた男たちの一人が、俺たちの姿に気づき、その手にしていたつるはしを、カラン、と音を立てて落とした。
その顔には、見覚えがあった。泥と汗にまみれてはいるが、その瞳に宿る、一度死んで、そして再生した者だけが持つ、静かな光。
「…賢人、様…?」
男は、震える声でそう言うと、その場に膝をつき、深く、深く頭を下げた。隊長のバルガス。かつて、俺たちの聖域に刃を向け、そして一杯の粥に魂を救われた、傭兵団の長だった。
彼のその行動に、周りの男たち…かつての傭兵たちも、次々と武器(つるはし)を置き、俺たちの前にひざまずいた。

「…面目次第もございません。俺たちは、あの日、賢人様から頂いた温かいパンの味を頼りに、この街道整備の仕事にありつき、生まれ変わったつもりで、汗を流しておりました。ですが、この岩一つ、動かすことができず…王家への、そして賢人様への御恩を、仇で返すことになろうとは…」
バルガスは、己の無力さを恥じるように、顔を上げることができない。その手は、剣を握っていた頃よりも、ずっと太く、固く、そして尊い、労働者の手に変わっていた。

俺は、キックボードから降りると、彼の肩に、そっと手を置いた。
「顔を上げてください、バルガスさん。あなたは、もう傭兵じゃない。この国の未来を切り拓く、立派な職人です。そして、職人の戦場には、職人の戦い方があるんですよ」
俺は、その巨大な岩を、鑑定するように、ぐるりと一周した。そして、おもろに、地面に一本の線を引く。

ポンッ!
【創造力:129/150 → 128/150】
Eランクの文房具**『チョーク』**を召喚。コストは1。

「皆さん、ここに、支点となる小さな石を置いてください。そして、この森で一番長くて、頑丈な丸太を一本、持ってきて」
男たちが、半信半疑ながらも、俺の指示通りに動く。
「ユキ殿…?まさか、この木の棒一本で、あの巨岩を…?」
リディアだけが、俺の意図に気づき始めていた。

俺は、丸太の端を、巨大な岩の下に差し込むと、その反対側の端に、そっと、片足を乗せた。そして、自分の全体重を、ゆっくりとかけていく。
ギ、ギギ…
最初は、微動だにしなかった巨岩が、やがて、ミシリ、と、呻くような音を立て始めた。
「…動いた…?」
「馬鹿な、賢人様一人の、それも体重をかけただけの力で、俺たち全員がびくともさせられなかった、あの岩が…!」
傭兵たちが、信じられないものを見るような目で、ざわめく。
俺は、最高の笑顔で言った。
「これが、力学です。支点、力点、作用点。この三つのバランスさえ見つければ、子供の力でも、山を動かすことができるんですよ。力で戦うのではなく、世界の『理』を味方につけるんです」

その、あまりにも科学的で、そしてあまりにも魔法のような光景。バルガスたちは、自分たちがこれまで信じてきた『力』という概念そのものが、根底から覆される瞬間に立ち会い、ただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。

この、聖域の出張授業。仲間たちの愛らしい活躍があった。
俺が、物理の法則を、地面にチョークで図解していると、その白い線が面白かったのか、シラタマが、その上をぴょんぴょんとケンケンパのように跳ねて遊び始めた。その、あまりにも平和な光景に、張り詰めていた現場の空気が、ふっと和らいだ。

岩を動かし、道を切り拓いた後、昼餉の時間となった。
俺は、この、予期せぬ心温まる再会を祝して、バックパックから、旅立ちの朝に作った、最高の『お弁当』を取り出した。
**『聖域特製・三段重弁当』**。
風呂敷を解き、木の重箱の蓋を開けた瞬間、その場にいた全員が、息をのんだ。
一段目には、三種類の美しいおにぎり。二段目には、黄金色の卵焼きと、星と花の形をした燻製肉。三段目には、太陽の恵みを凝縮した干し果実。
それは、もはやただの食事ではなかった。聖域の、あの穏やかで、豊かな暮らしそのものを、一つの箱に詰め込んだ、食べられる芸術品。

バルガスたちは、その一口を味わい、言葉を失った。そして、その目から、ぽろり、ぽろりと、静かに涙がこぼれ落ちた。それは、ただ美味いだけではない。自分たちが、もう二度と戻ることはないと思っていた、温かい『家庭の味』そのものだったからだ。自分たちがかつて奪おうとしたものが、これほどまでに尊く、温かいものであったかを、その魂で理解したのだ。

食事の後、バルガスは、俺に、一つの重要な情報を、そっと耳打ちした。
「賢人様…この先の街道沿いで、妙な噂を聞きやした。マルス子爵は、王都を離れ、この先の街道沿いにある、古い砦に、手勢を集めている、と。どうやら、賢人様が王都にたどり着く前に、そこで全ての決着をつけるつもりのようですぜ」
その、あまりにも不穏な情報。俺たちの旅は、ただ王都に行くだけの、単純なものではなくなった。

別れの時。バルガスは、俺の前に、再び深く、深く頭を下げた。
「賢人様。あんたは、俺たちに、新しい生きる道だけじゃなく、新しい『力の使い方』まで教えてくれた。この御恩は、生涯忘れねえ。この道は、俺たちが必ず切り拓いてみせる。だから、あんたは、あんたの戦いに、集中してくだせえ」
その、どこまでも実直で、温かい言葉。
俺たちは、力強いエールを背に、再び鋼の軍馬に跨った。

去り際に、バルガスは、最後の警告を付け加えるのを忘れなかった。
「賢人様…!子爵が立てこもる砦の名は、『ゴルゴンの顎』。一度入った者は、二度と生きては出られないと噂の、難攻不落の要塞です。そして、そこの指揮官は、『赤刃のオーガ』と呼ばれる、人の骨が砕ける音を音楽よりも好み、返り血でその鎧を常に赤く染めているという、本物の化け物だそうで…!どうか、くれぐれもご用心を…!」

新たな、そしてより具体的な脅威。難攻不落の要塞と、血に飢えた猛将。
俺は、リディアと、無言で視線を交わした。
俺たちの旅の、本当の『戦場』は、どうやら、権謀術数が渦巻く王都の会議室ではなさそうだ。
夏の風が、これから訪れる、鉄と、血の匂いを、運んでくるような気がした。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
道中で、かつての敵との心温まる再会を果たしたユキたち。しかし、その先に待ち受けるのは、マルス子爵が構える、難攻不落の要塞と、血に飢えた猛将でした。ユキの100均戦術は、ついに本物の『要塞』を相手にすることになります。果たして、この絶望的な状況を、どう打ち破るのか?物語は、息もつかせぬ攻防戦へと突入します!
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