気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜

はぶさん

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第四十二話:絶叫姫と調律の豚汁 (3/3)

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静寂が、店を支配していた。
いや、静寂ではない。三人の見習いたちの、固唾をのむ音と、祈りだけが、そこにあった。

バンシーは、目の前に置かれた、素朴で、しかし、今まで感じたことのない、不思議な調和に満ちた一杯を、ただ、呆然と見つめていた。
彼女は、震える手で、木のレンゲを手に取った。

その、震える彼女の肩に、リルが、そっと、温かい布をかけた。
「…大丈夫です。これは、あなたを傷つけるものじゃ、ありませんから」
その、あまりにも優しい声に、彼女は、意を決したように、ゆっくりと、その一口を、唇に運んだ。

ごくり、と。
彼女が息を呑む音が、静かな店に、やけに大きく響いた。

その瞬間、彼女の、青白く透き通るような肌に、内側から、ぽっと、温かい灯火が灯ったかのように、血の気が差した。
豚肉と根菜の、深く、優しい旨味。味噌が織りなす、どこまでも温かいハーモニー。
**ビタミンB群**という名の「聖なる調律師」が、彼女の、荒れ狂い、張り詰めきっていた神経の弦を、一本、また一本と、優しく、優しく、緩めていく。

一口ごとに、奇跡は、より確かな形となって彼女の身に現れ始めた。
絶叫を生み出していた喉の奥の緊張が、すーっと、穏やかな春の雪解け水のように、溶けていく。

やがて、器の中が綺麗に空になる頃には、彼女の瞳には、深い安堵と、そして、かすかな期待の色が浮かんでいた。

彼女は、意を決したように、ほんの少しだけ口を開き、息を吐き出すように、小さな声を出そうとした。

**「ん………♪」**

それは、歌声と呼ぶには、あまりにもささやかだった。
だが、今までのかすれた音や、世界を切り裂く絶叫とは全く違う、**澄んだ、美しいアルトの音色**が、まるで教会の鐘のように、凛として、店の中に「ポーン」と響き渡ったのだ。
その音は、何も、壊さなかった。それどころか、店の窓を伝う雪の雫を、キラキラと、優しく震わせるだけだった。

《……声が……歌が……優しい、音が……出た……》

彼女の瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。それは、絶望の涙ではない。暗闇の中に、一筋の、しかし確かな光を見出した、**歓喜の涙**だった。
彼女は、続ける。おぼつかない、しかし、心の底からのメロディーを。
それは、彼女が、ずっと歌いたかった、眠れぬ仔リスのための、**世界で一番、優しい子守唄**だった。

「…さて、と」
俺は、空になった器を手に取り、三人の見習いたちの前に、向き直った。
その顔は、自分たちの仕事に、確かな手応えと誇りを見出した、**本物の『料理人』の顔**をしていた。
「どうだった?自分たちの力で、世界で一番優しい歌を、この世に取り戻した気分は」

三人は、顔を見合わせると、少し照れくさそうに、しかし、満面の笑みで、力強く頷いた。

「あれは、俺が教えただけの豚汁じゃねえ。お前らが、初めて、本当の意味で**一つのオーケストラ**として作り上げた、お前らの作品だ。**よくやったな**」

その、ぶっきらぼうな、しかし、何よりも温かい、親方からの承認の言葉。
それが、彼らにとって、どんな褒美よりも、嬉しいものだった。
三人の瞳から、また、今度は、**誇らし涙**が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。

その日、森の夜は、もう、悲劇の絶叫に怯えることはなくなった。
代わりに、どこからか、風に乗って聞こえてくる、穏やかで、優しい子守唄に、全ての命が、安らかな眠りにつくのだった。

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