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第百三十四話:冬の終わりと、届いた招待状
しおりを挟む奇跡の炊き出しから数日。リーフ村を覆っていた重苦しい雪雲は、まるで村人たちの心から消え去った絶望に呼応するように、僅かな晴れ間を覗かせていた。
集会所に残された三台の荷車。そこから得た『慰謝料』――穀物と金貨、そしてカストロの私物であった贅沢品は、ハンス村長の手によって厳正に村人たちへ分配された。
特にカストロが他村から略奪していた物資については、ルークスの進言により、近隣の村々へ「リーフ村からの支援」としてハンスが届けることになった。これにより、リーフ村は周囲からも一目置かれる存在となりつつあった。
俺――ルークス・グルトは、いつものように『スライムレザー・ハウス』の中で、春の播種(はしゅ)に向けた土壌の調整を行っていた。
「……よし。カストロたちが置いていった傭兵の装備、換金したら結構なポイントになったな」
俺は視界の隅でポイントウィンドウを操作する。
[ 所持ポイント:134,000 pt ]
『料理の極意』で消費した八千ポイントを、『救世主』の称号ボーナス五万ポイントで大幅に上回って回収した。
ブラック企業のサラリーマンだった頃、通帳の数字が僅かでも増えることに安堵していたあの感覚。だが、今はその数字の向こう側に、腹一杯食べて笑うマキナや、俺を信じてくれる村人たちの顔がある。
ポイントは単なる数字じゃない。この平穏を維持するための「燃料」だ。
「クゥン、クゥン」
フェンが俺の膝に頭を擦り付けてくる。
彼は炊き出しで残った霜降り肉の端材をたっぷり食べさせてもらったおかげか、毛並みの艶が一段と増していた。
「フェン、そんなに甘えても今日はもう肉はないぞ。……おっ、誰か来たか?」
ハウスの入り口から、馬の嘶きと、鉄靴が雪を踏みしめる重厚な音が聞こえてきた。
村人の足音ではない。もっと訓練された、鋭い響き。
俺が鍬を手に立ち上がると、扉が開かれ、そこには一人の騎士が立っていた。
青地に獅子の紋章をあしらったマント。使い込まれているが手入れの行き届いた銀の甲冑。
設定資料集にある、辺境伯レオナルドの懐刀――騎士ギデオンだ。
「……君が、ルークス・グルト殿か」
ギデオンは、五歳の子供である俺を侮るような真似はせず、一人の人間として真っ直ぐに射抜くような視線を向けてきた。
彼の後ろには、困惑した表情のハンス村長が控えている。
「はい。ルークスです。騎士様がこんな辺境のハウスに、何の御用でしょうか?」
「単刀直入に言おう。我が主、レオナルド辺境伯閣下が、君を城へ招待したいと仰せだ」
ギデオンが懐から取り出したのは、重厚な蜜蝋で封じられた一通の書状。
鑑定せずともわかる。カストロが掲げていた「お鼻かみの紙」とは比較にならない、本物の威厳を纏った招待状だ。
「……招待、ですか」
「カストロという男がこの村で働いた不祥事、そして君がそれを『独力』で解決したという噂は、すでに閣下の耳に届いている。閣下は、君が育てたという『冬の野菜』、そしてカストロが隠匿していた献上品の中身について、詳しく話を聞きたいとのことだ」
俺の背中に、冷たい汗が流れた。
カストロを追い払ったことで、村は救われた。だが同時に、俺の『異常な能力』と『王都の政争の火種』が、辺境伯という大きな存在の目に留まってしまったのだ。
「カストロは王都の宰相派に近い男だった。奴が消えたことで、王都の連中も動き出すだろう。閣下は、奴らが動く前に君を『保護』し、その知恵を辺境伯領のために活かしたいと考えておられる」
保護、という名の囲い込みか。あるいは、本当にカストロの背後にある闇を暴くための協力要請か。
どちらにせよ、もはや俺一人の『スローライフ』で完結できる段階は終わったらしい。
「ルークスよ……。レオナルド様は、情に厚い方だ。お前なら、きっと上手くやれる」
ハンス村長が、期待と不安の入り混じった顔で俺の肩を叩く。
俺は、ポイントウィンドウの隅でグレーアウトしている『嘘見破り(150,000pt)』の項目を、静かに見つめた。
あともう少し。あともう少しポイントがあれば、貴族たちの腹の内も読み切れる。
「……承知しました、ギデオン様。辺境伯閣下のお招きに預かります」
俺は深く頭を下げた。
前世のブラック企業で学んだ「上客からの急な呼び出し」への対応。
たとえそれが罠であっても、それを商機(チャンス)に変えてみせるのが、プロの仕事だ。
「返答、感謝する。……出発は明日だ。必要な準備をしておけ」
ギデオンが踵を返し、ハウスを出ていく。
雪解けの音が聞こえる。
冬が終わり、春が来る。
それは、リーフ村という箱庭を飛び出し、異世界という名の巨大な「ブラック案件」に、俺が本格的に足を踏み入れる合図でもあった。
---
**【読者へのメッセージ】**
第百三十四話、最後までお読みいただきありがとうございました!
冬の終わりと共に、物語は「辺境伯領編」の新たなフェーズへ。
騎士ギデオンの登場により、ルークスの活動範囲はリーフ村から辺境伯の城下町、そしてその先の政治闘争へと広がっていきます。
カストロを倒した「戦果」が、今度は「招待状」という名の新たな課題としてルークスに突きつけられる……。
次話、第百三十五話「辺境伯城への旅路と、車中の密談」。
ルークスとフェン、そしてギデオンの道中で何が語られるのか?
評価や感想、ブックマークをいただけますと、ルークスの『嘘見破り』スキル取得が早まるかもしれません。ぜひ応援よろしくお願いします!
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