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第27話 砂糖の消えた街と、黄金のカステラ (27-1)
しおりを挟む王都を旅立ち、懐かしい潮風の香りが鼻をくすぐり始めた頃。
数ヶ月ぶりに帰ってきた港町は、俺が旅立つ前と変わらない、温かい活気に満ちているように見えた。
「日向さん! おかえりなさい!」
『木漏れ日の食卓亭』の扉を開けると、リリィアが、満面の笑みで飛びついてきた。
「おかえり、日向。……ずいぶんと、良い顔つきになったじゃないか」
カウンターの奥では、ベアトリスが、ぶっきらぼうな口調の中に、隠しきれない喜びを滲ませて、俺を迎えてくれる。
常連客たちも、「待ってたぞ!」「王都での土産話を聞かせろ!」と、次々に俺の周りに集まってきた。
ああ、帰ってきたんだ。
俺の、本当の家に。
だが、その温かい再会の喜びの裏で、街が静かな悩みに包まれていることに、俺はすぐに気づいた。
市場に、活気がない。パン屋の棚からは、甘い菓子パンが消えている。そして何より、子供たちの顔に、以前のような輝きが少しだけ、足りない気がした。
原因は、あの傲慢な役人ヴァレリウスにあった。
俺に一杯食わされた彼が、腹いせか、見当違いの「改革」として、この地方の交易路を強引に変更してしまったのだ。
その結果、この街には**『砂糖』**が、ほとんど入ってこなくなってしまった。
冬支度のための果実の砂糖漬けも作れず、パンは味気なくなり、人々のささやかな楽しみだった甘い菓子も消えた。街の経済と、人々の心から、じわじわと「甘さ」と「潤い」が失われ始めていたのだ。
「……あいつ、余計なことをしやがって」
事情を聞いた俺が、悔しさに拳を握りしめていると、宿屋の扉が、再び開かれた。
入ってきたのは、見慣れない顔の、十数人の若者たちだった。その誰もが、使い込まれたコックコートに身を包み、その目には、料理人としての、熱い情熱の炎を宿していた。
「……あなたが、日向耕介殿か」
その集団の先頭に立っていた、一人の青年が、俺の前に進み出た。
歳の頃は、俺より少し若いくらいか。端正な顔立ちをしているが、その瞳には、野心と、そして揺るぎない自信が満ち溢れている。
「俺は、レオ。王都の料理屋の次男坊だ。あなたの噂を聞いて、この街まで来た。……俺たちを、あなたの弟子にしてほしい!」
レオと名乗った青年の言葉に、俺だけでなく、食堂にいた全員が、目を丸くした。
彼らは、俺が王都で起こした数々の奇跡の噂を聞きつけ、「伝説の料理人に、教えを乞いたい」と、それぞれの故郷を飛び出してきた、志高き料理人の卵たちだったのだ。
俺は、しばらく考えた。
そして、彼らの、まっすぐな瞳を見つめ返した。
「……分かった。ただし、弟子になるには、一つ、条件がある」
俺は、静かに言った。
「今、この街が直面している『砂糖危機』を、俺と一緒に、この料理で乗り越えてもらう。それが、君たちへの、最初の試験だ」
俺は、厨房の棚から、ありふれた卵と、小麦粉だけを取り出した。
そして、宣言する。
「今から、この街の、新しい名物を作る。砂糖などなくても、最高の技術と、心さえあれば、奇跡は起こせるということを、証明するための一皿を。その名は、『カステラ』だ」
若き料理人たちの、挑戦に満ちた眼差し。
そして、それを訝しげに、しかし、どこか期待を込めて見つめる、レオの鋭い視線。
俺の、料理人として、そして「師」としての、新しい物語が、今、始まろうとしていた。
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