異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第41話 幕間・エルフの見た夢

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夜。
『木漏れ日の食卓亭』の一室で、わたくし、リラは、窓から差し込む、穏やかな月の光を、ただ静かに浴びていた。
体の奥深くから、力が、満ちてくるのが分かる。
数ヶ月もの間、わたくしを苛んでいた、あの不協和音が、消えている。
故郷の森を離れて以来、ずっと聞こえていた、火で焼かれた、命の悲鳴が。

(……なんだったのでしょう、あれは)

昼間の出来事が、まるで、美しい夢のようだ。
あの人間――日向耕介という料理人が、部屋に入ってきた時も、わたくしは、もう、全てを諦めていた。
彼が差し出すものも、どうせまた、火で命(マナ)を殺された、死骸のスープなのだろうと。
わたくしたちエルフにとって、火を使った調理は、自然の調和を破壊する、最も野蛮で、最も忌むべき行為。
優しさからくるものであっても、毒は、毒なのだから。

だが、違った。
鼻腔をくすぐった、あの香り。
それは、火の匂いではなかった。
太陽の匂い。大地の匂い。そして、月の光を浴びた、潮風の匂い。
わたくしの魂が、ずっと求めていた、故郷の森の、生命の香りそのものだった。

ガラスの器に注がれた、太陽のように赤い液体。
わたくしは、導かれるように、それを、一口、口に含んだ。

その刹那。
わたくしの、乾ききっていた魂に、生命の奔流が、流れ込んできた。

(……ああ……!)

これは、味ではない。
**『生命(マナ)』**そのものだ。
太陽の光を、その身にたっぷりと浴びて育った、トマトの記憶。
清らかな水を含んで、天へと伸びた、キュウリの記憶。
そして、それら、バラバラだったはずの生命の歌を、一つの、完璧な合唱(コーラス)へと昇華させていた、あの、月の光を浴びた岩塩の、静かで、しかし、絶対的な存在感。

あの人間は、破壊などしていなかった。
それどころか、わたくしたちエルフでさえ、成し得なかったことを、やってのけたのだ。
それぞれの食材が持つ、生命の声を聞き、その声が、最も美しく響き合うように、**『調和』**させた。
彼は、料理人などではない。
生命の歌を指揮する、偉大なる**『調律師』**だったのだ。

(……そうか。わたくしたち、エルフは、間違っていたのかもしれない)

わたくしたちは、自然を、ただ、あるがままに受け入れることだけを、調和だと信じていた。
だが、本当の調和とは、違うのかもしれない。
それぞれの命の声に、深く、深く、耳を傾け、敬意を払い、そして、その声が、より美しい歌となるように、そっと、手助けをしてあげること。
それこそが、本当の意味で、自然と「共に生きる」ということなのかもしれない。

わたくしの、故郷の森は、今、病んでいる。
生命の歌が、乱れ、調和が失われ、少しずつ、輝きを失っている。
その原因は、まだ分からない。
だが、希望の光は、見えた。

わたくしは、静かに立ち上がると、窓の外に広がる、月夜の空を見上げた。
そして、故郷の森へ、心の中で、強く、強く、語りかける。

――待っていてください、同胞たちよ。
今、わたくしは、この東の果ての、人間の街で、一人の、奇跡の調律師と、出会いました。
彼ならば、きっと、私たちの森の、失われた歌を、取り戻してくれるはずです。

エルフの使者の心に、新しい、そして確かな希望の光が灯った。
それは、人間とエルフという、決して交わることのなかった、二つの種族の間に、初めて架かる、虹の橋の、ほんの始まりに過ぎなかった。
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