異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第71話 二つの食卓と、融和のキッシュ (71-3)

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数日後。王宮の大広間は、これまでにない奇妙な緊張感に包まれていた。
テオドア王子の名の下に開かれた前代未聞の晩餐会。その席には、きらびやかな貴族たちと、洗いざらしの晴れ着に身を包んだ貧民街の代表者たちが、同じ広間に招かれていた。
だが、彼らは決して交わらない。広間の中央には、見えない壁があるかのように、ぽっかりと空白の空間ができていた。
その凍てついた空気を切り裂くように、晩餐会の始まりを告げる大きな扉がゆっくりと開かれた。
運ばれてきたのは、ただ素朴な陶器の皿に乗せられた、こんがりと美しい黄金色の、巨大な円盤状の料理。『キッシュ』だった。
俺とレオ、そして王宮の料理人たちが何日もかけて作り上げた魂の一皿。その調理の過程は、それ自体が小さな「融和」の物語だった。
王宮の料理人の一人が、貧民街から届いた泥付きのジャガイモを見て鼻を鳴らす。「こんな泥玉を…」。その時、レオが静かに前に進み出た。「この泥こそが、この芋が力強い大地で育った証拠だ。俺の師は言っていた。最高の敬意を払えば、食材は必ず最高の味で応えてくれる、と」。彼は、その言葉通り、一つ一つの芋を宝石でも磨くかのように丁寧に洗い上げてみせた。その真摯な姿に、王宮の料理人たちは言葉を失う。
そして、モグモグが見つけてくれた最後のピース。王宮の料理人たちが「硬くて食べられない」と捨てようとした熟成チーズの『皮』。その瞬間、「きゅぴぃぃっ!」とモグモグが悲鳴のような声を上げた。彼はゴミ箱へと向かう料理人の足に必死にしがみつく。俺はにやりと笑った。「皆さん、今、あなた方は、この料理の“魂”を捨てようとしましたよ。これはゴミじゃない。旨味という名の、宝箱なんです」
その旨味の塊を細かく刻んで卵液に混ぜ込む「価値の転換」。それこそが、このキッシュに誰も予想しなかった深いコクと物語を与えていた。
俺はキッシュを切り分けながら、集まった全ての人々に静かに語りかけた。
「この一皿の中には、貧しき民の生きるためのたくましい知恵と、富める者の磨き上げた美意識、その両方の魂が同居しています。どうか、味わってください。あなた方がこれまで決して交わることのなかった、隣人の魂の味を」
最初にその一皿を口にしたのは、テオドア王子だった。そして、その一口が奇跡の始まりとなった。
貴族たちは、そのあまりにも素朴な見た目に最初は眉をひそめていた。だが、一口食べた瞬間、その表情が驚愕に変わる。(…なんだ、この、気品は…!?)彼らが味わったのは、上質なチーズとクリームが織りなす洗練された濃厚な味わい。紛れもなく一流の宮廷料理の味だった。
一方、貧民街の代表者たちもまた、その一口に言葉を失っていた。(…ああ…なんて、優しい味なんだ…)彼らが味わったのは、慣れ親しんだ玉ねぎのとろけるような甘みと、ジャガイモのほくほくとした大地の味。彼らがずっと求めていた、母の温もりのような魂の味だった。
貴族たちは素朴な料理の中に気品を見出し、貧民たちは華やかな料理の中に故郷を見出した。
彼らは気づいたのだ。自分たちが今食べているものが、全く同じ、一つの料理であるという事実に。
その時、初めて、広間のあの見えない壁が、音を立てて崩れ落ちた。
「…この、芋の甘みは、どうやって…」
一人の貴婦人が、ためらうように、貧民街の母親に尋ねた。
「…へえ? ああ、それは、ただ、じっくり、炒めただけで…」
母親が戸惑いながらも答える。
そこから、ぽつり、ぽつりと会話が生まれ始めた。最初は料理について。やがて互いの暮らしについて。そして、互いの子供たちの笑顔について。
気づけば、広場の中心で、貴族も貧民も身分を忘れ、ただ同じ一皿のキッシュを分け合い、笑い合っていた。二つの食卓は、確かに一つになったのだ。
その光景を、テオドア王子は涙を浮かべて見つめていた。
俺は、その隣で、静かに告げた。
「王子。これが、料理が持つ、本当の力です」
その夜、王都に架かった温かい一本の架け橋。それは、この国の新しい時代の夜明けを告げる、確かな光となっていた。

【作者より】
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