異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第71話 幕間・王子の見た、一本の架け橋

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夜。前代未聞の晩餐会が終わり、喧騒が去った王宮の大広間は、がらんとして静まり返っていた。わたくし、テオドアは、一人、その広間を見渡せるバルコニーに立ち、月明かりに照らされた王都の夜景を、ただ黙って見つめていた。舌の記憶には、まだ、あの『キッシュ』の、どこまでも温かく優しい味わいが、幻のように残っている。
数日前まで、わたくしの心は、この静かな夜景とは裏腹に、嵐の中にあった。
光と、影。あまりにも巨大で残酷なこの国の断絶を目の当たりにし、わたくしは改めて自らの無力さに絶望していた。だから、師が『キッシュ』を提案した時も、心のどこかで信じきれてはいなかった。たった一皿のパイ料理が、この凍てついてしまった人々の心の氷壁を、本当に溶かすことができるなどと。
だが、彼は、違った。
厨房で、彼と一番弟子レオ殿が、王宮の料理人たちと向き合う姿。わたくしは、**この国の王子として、この前代未聞の調理の、全ての証人とならねばならないと感じ、**その一部始終を息を殺して見守っていた。
貧民街から届いた泥付きの芋を、王宮の料理人が「泥玉」と嘲笑った瞬間。レオ殿が、静かに前に進み出て『この泥こそが、この芋が力強い大地で育った証拠だ』と、師の言葉を自らの魂の言葉として語った、あの揺るぎない姿。
そして、料理人たちが「ゴミだ」と捨てようとした熟成チーズの『皮』を、あの白くて小さな生き物…モグモグが、全身で必死に守り抜いた、あの愛おしい光景。
日向師は、ただ料理を作っていたのではなかった。彼は、調理という過程そのものを一つの「融和の儀式」へと昇華させていたのだ。
そして、あの、晩餐会の光景。
わたくしが最初の一口を口に運んだ時の、あの衝撃。
(…なんだ、これは…!?)
わたくしの舌が知っている。これは紛れもなく、王宮でしか味わえない最高級のチーズとクリームが織りなす気品に満ちた宮廷の味だ。
だが、同時に、わたくしの魂が知っている。この、口の中でほろりととろけるジャガイモの優しい甘みは、幼い頃、城を抜け出して街で食べた、あの名もなき母親が作ってくれた温かいスープの味なのだ、と。
貴族の誇りと、庶民の温もり。その決して交わることのなかったはずの二つの魂が、この一皿の中では完璧に手を取り合っていた。
貴族たちがその素朴さの中に気品を見出し、貧民たちがその華やかさの中に故郷を見出した、あの瞬間。
広間の見えない壁が、音を立てて崩れ落ちていくのが、わたくしには確かに見えた。
気づけば、広場の中央で、貴族も貧民も身分を忘れ、ただ同じ一皿を分け合い笑い合っていた、あの光景。あれこそが、わたくしがずっと夢見ていた、この国の、本当にあるべき姿だったのだ。
日向師は言った。『これが、料理が持つ、本当の力です』と。
そうだ。**わたくし一人の魂を救ったあの一皿が、今、この国の魂を救う、最初の一歩となる。**その、最も根源的で、最も尊い営みからしか、本当の融和は、始まらないのだ。
わたくしは、静かに夜空を見上げた。
明日、わたくしは父王に正式に進言しよう。
この国を変える最初の改革は、巨大な法の改正ではない。
ただ、王都の全ての民が、月に一度、同じ広場に集い、同じ一杯のキッシュを分け合う、小さな、温かい祝祭を開くことから始めるのだ、と。
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