30 / 293
第8話 美食の女王と、思い出のプリン (8-2)
しおりを挟むモグモグが旅立ってから、半日。
俺は厨房で、プリン作りの準備を始めていた。
まずは、カラメルソース作りからだ。鍋に砂糖と少量の水を入れ、火にかける。
「日向さん、お砂糖が茶色くなってきた……! いい匂い!」
「リリィアちゃん、ここからが勝負だ。焦がしすぎれば苦くなるし、足りなければ香ばしさが出ない。この一瞬を見極めるんだ」
鍋の中の砂糖が、美しい琥珀色に変わった瞬間、俺は火から下ろし、少量の熱湯を加えた。ジュワッ!という激しい音と共に、甘く香ばしい香りが立ち上る。これを、プリンカップの底に流し込んでいく。
「わあ、綺麗……! まるで宝石みたい」
「だろ? プリンの楽しみは、まずこのカラメルのほろ苦さから始まる。甘いだけじゃない、少しだけ大人の味。これが、後から来るカスタードの優しい甘さを、ぐっと引き立ててくれるんだ」
次に、カスタード液作りだ。
ボウルに卵黄と砂糖を入れ、白っぽくなるまで丁寧に混ぜ合わせる。そこへ、温めた牛乳を少しずつ加えていく。
「どうして、温めた牛乳を少しずつ入れるの?」
「いい質問だ、リリィアちゃん。冷たい牛乳を一気に入れると、卵と砂糖がびっくりして、なめらかに混ざってくれないんだ。それに、熱すぎると卵が固まって、炒り卵になっちまう。人肌くらいの温かさで、『大丈夫だよ、怖くないよ』って、優しく語りかけるように混ぜてあげるのがコツさ」
俺の言葉に、リリィアは「お料理って、優しい気持ちが大事なんだね」と、にっこり笑った。
全ての材料が混ざり合ったカスタード液を、目の細かい布で、丁寧に濾していく。
「このひと手間が、奇跡のなめらかさを生むんだ。料理に、近道はないからな」
全ての準備が整った。
あとは、主役である「卵」の到着を待つだけだ。
日が傾き始め、リリィアがそわそわし始めた、その時だった。
「きゅ……きゅい……!」
店の裏口から、泥だらけになったモグモグが、ふらふらになりながら転がり込んできた。
その口には、傷一つない、美しい黄金色の卵が、大切そうに咥えられていた。
「モグモグ! よくやったな!」
俺はモグモグを抱き上げ、その奮闘を讃えた。卵を受け取ると、ずしりと温かい生命の重みが、手に伝わってくる。
殻の表面が、まるで太陽の光を閉じ込めたかのように、淡く輝いている。
「これが……太陽鶏の卵……」
リリィアが、ごくりと喉を鳴らす。
俺は、その卵を慎重にボウルに割り入れた。
その瞬間、俺もリリィアも、思わず息を呑んだ。
卵黄が、まるで溶かした黄金のように、濃厚で、力強い輝きを放っている。
普通の卵とは、生命力が全く違った。
俺は、その黄金の卵黄を、先ほどのカスタード液にそっと混ぜ合わせた。
すると、ただのクリーム色だった液体が、夕焼けのような、温かく、そして優しい黄金色へと変わっていく。
「……すごい……」
もはや、言葉は不要だった。
この卵には、物語がある。モグモグの冒険と、太陽の恵みと、そして、これから生まれる奇跡の物語が。
俺は、完成したプリン液を、カラメルソースを入れたカップに、そっと注いでいく。
お湯を張った天板に乗せ、カマドの中へ。あとは、低温で、じっくりと火を通すだけ。
「美味しくなれよ」
俺は、カマドの扉を閉めながら、静かに呟いた。
それは、食材への感謝と、これから待つ挑戦者への、俺なりの宣戦布告だった。
---
32
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で身も心もすり減らした相馬蓮司(42歳)。
過労死の果てに辿り着いたのは、剣と魔法の異世界だった。
神様から「万能スキル」を押し付けられたものの、蓮司が選んだのは──戦いでも冒険でもない。
静かな辺境の村外れで、珈琲と煙草の店を開く。
作り出す珈琲は、病も呪いも吹き飛ばし、煙草は吸っただけで魔力上限を突破。
伝説級アイテム扱いされ、貴族も英雄も列をなすが──本人は、そんな騒ぎに興味なし。
「……うまい珈琲と煙草があれば、それでいい」
誰かと群れる気も、誰かに媚びる気もない。
ただ、自分のためだけに、今日も一杯と一服を楽しむ。
誰にも縛られず、誰にも迎合しない孤高のおっさんによる、異世界マイペースライフ、ここに開店!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる