異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第8話 美食の女王と、思い出のプリン (8-3)

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夕食の時間。
エレオノーラは、食堂のテーブルではなく、自室で食事を摂ると言ってきた。
俺は、完成したプリンを一つだけ、銀のトレイに乗せて、彼女の部屋の扉をノックした。

「……入りなさい」

中から、感情の読めない声がする。
部屋に入ると、エレオノーラは窓の外を眺めながら、椅子に腰掛けていた。

「お待たせいたしました、エレオノーラ様。『太陽鶏の黄金プリン』です」

俺がテーブルに、小さなガラスの器を置くと、彼女は鼻で笑った。
「プリン……? 私を、子供騙しのお菓子で満足させようというの? あなたの度胸、呆れるを通り越して、少し愉快ですわ」

彼女は、侮蔑の視線をプリンに落とす。
だが、その視線が、器の中で淡い光を放つ、プリンの美しい黄金色を捉えた瞬間、ほんのわずかに揺らいだ。

「……まあ、いいでしょう。その挑戦、受けてあげる」

エレオノーラは、優雅な手つきで、金のティースプーンを手に取った。
そして、プリンの表面を、そっとすくう。

その瞬間、彼女の動きが、止まった。

(な……なに、この弾力は……!?)

スプーンに伝わってくる、驚くほど濃密で、それでいて、絹のようになめらかな感触。
彼女が知っている、どんな高価なムースやババロアとも違う。
生命力そのものをすくい上げているかのような、不思議な感覚だった。

彼女は、恐る恐る、その黄金色のかけらを、口に運んだ。

その刹那。
エレオノーラの、常に氷のように冷たかった仮面が、音を立てて崩れ落ちた。

「……っ!?」

口の中に広がるのは、衝撃。
濃厚な卵のコクと、牛乳の優しい甘み。それらが、一切の雑味なく、完璧な調和をもって、舌の上でとろけていく。
そして、後から追いかけてくる、カラメルソースのほろ苦さが、全体の味をぐっと引き締め、気高い大人のデザートへと昇華させている。

(……美味しい……)

生まれて初めて、彼女は心の底から、そう思った。
どんな宝石よりも、どんなドレスよりも、ただ、ひたすらに、美味しい。

だが、驚きは、それだけではなかった。
その味は、彼女の記憶の、固く閉ざされていた扉を、いともたやすくこじ開けてしまった。

(……ああ、そうだ。この味は……)

――幼い頃。
まだ彼女が、ただの甘えん坊な女の子だった頃。
心を許したたった一人の侍女が、こっそりと厨房で作ってくれた、卵のお菓子。
あの侍女は、いつも言っていた。
『お嬢様が笑顔でいてくださることが、私にとっての一番の宝物でございます』と。

「……リゼット……」

エレオノーラの瞳から、一筋の涙が、静かに頬を伝った。
それは、彼女が何年も前に失って、心の奥底に固く封印していたはずの、「温かい涙」だった。

「……うまい……。うまいぞ……、小僧……」

ぽつりと、彼女が呟いた言葉は、部屋の静寂に吸い込まれるほど小さかった。
だが、その一言は、俺の心に、確かに届いていた。

エレオノーラは、もう俺のことも、自分のプライドも見ていなかった。
ただ、子供のように、夢中でプリンを口に運び続ける。
一口、また一口と食べるごとに、彼女の凍てついた心が、ゆっくりと解き放たれていくのが分かった。

俺は、何も言わずに、静かにお辞儀をすると、部屋を後にした。
厨房に戻ると、リリィアとモグモグが、心配そうな顔で俺を待っていた。

「……日向さん」
「ああ。大成功だ」

俺は、二人ににっこりと微笑んだ。
その夜、エレオノーラは、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
そして翌朝、彼女は宿屋を立つ前に、俺を呼び出すと、こう言ったという。

「日向耕介。いずれ、あなたを私の城に招くわ。その時まで、その腕、決して鈍らせないことね」

その横顔は、昨日までの氷の女王ではなく、少しだけ頬を赤らめた、一人の可愛らしい女性のものだった。

◼️◼️◼️◼️◼️
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