2 / 4
第2章 村の探索と異変
しおりを挟む
1. 閉じられた円環
村の入り口で見つけた巻物を携え、一行は集落の中央へと向かった。
斜面にへばりつくように建つ廃屋群の合間を抜け、辿り着いたのは村で最も巨大な建造物――かつての集会所であり、神社の拝殿を兼ねているような、古めかしい木造建築だった。
「ここをベースキャンプにしよう。機材を降ろせ」
アサヒの指示で、タケシが重い発電機とライトを運び込む。板張りの床は歩くたびに悲鳴のような音を立て、天井からは蜘蛛の巣が幾重にも垂れ下がっている。
「アサヒ、見て……床下に何かある」
カオリが震える指先で指し示したのは、祭壇の裏に隠された隠し蓋だった。アサヒとタケシがそれを取り除くと、地下へと続く石造りの階段が現れた。
湿った冷気が這い上がってくる中、一行は地下室へと足を踏み入れた。そこにあったのは、凄惨なまでの信仰の跡だった。
壁一面に、入り口の家で見つけたのと同じ「幾何学模様」が、今度は血を混ぜたような赤黒い塗料で描かれている。そして中央の石壇の上には、無数の木像が供えられていた。
「なにこれ……全部、形が変だよ」
タケシがライトを向ける。その木像には目も鼻も口もない。ただ、人間の胴体のような形をした木が、雑巾を絞るかのようにグニャリとねじ曲がった形で固定されているのだ。それが何百体と並んでいる光景は、生理的な嫌悪感を呼び起こした。
「ユキ、これについても何かわかるか?」
「……手記や資料にもなかった。でも、この捻じれ方は……まるで、魂そのものを絞り出して、何か別のものと『結びつけよう』としているみたい」
その時だった。外から突如として、激しい雨音が響き渡った。
山特有の夕立かと思ったが、窓の外は一瞬にして濃密な霧に包まれ、視界は数メートル先も見えなくなっていた。
「おい、やばいぞ。今のうちに車に戻ろう。この霧で夜になったら、遭難する」
アサヒの判断は早かった。機材を最低限だけまとめ、四人は急いで元来た道を戻り始めた。村の入り口にある、あの鳥居を目指して。
だが、どれだけ歩いても鳥居は見えてこない。
「おかしい……この角を曲がれば、さっきの廃屋のはずだろ?」
タケシが焦り混じりに叫ぶ。しかし、霧の向こうから現れたのは、先ほど自分たちが飛び出してきたはずの「集会所」だった。
「ループしてる……?」
ユキの顔から血の気が引く。
「馬鹿な。俺たちは真っ直ぐ歩いてきたはずだ。方位磁石(コンパス)はどうした!」
アサヒがコンパスを取り出すが、針は狂ったように高速で回転し続け、役をなさない。
GPSも「信号を探しています」の表示のまま。携帯電話は、圏外を通り越して「システムエラー」を吐き出していた。
この瞬間、彼らは理解した。自分たちは、物理的な法則が通用しない「檻」の中に閉じ込められたのだと。
2. 招かれざる「同業者」
絶望感が漂い始めたその時、集会所の影から、二人の人影が音もなく現れた。
「あら、先客がいたのね」
落ち着いた、透き通るような声。
現れたのは、この異様な状況に似つかわしくないほど涼しげな表情をした女性と、その背後に立つ長身の男だった。
女性はサキと名乗った。腰まである黒髪に、知的な縁なしの眼鏡。同行しているのはリョウという男で、彼は一切言葉を発せず、ただナイフのように鋭い視線をアサヒたちに向けている。
「……君たちは、誰だ? ここで何を?」
アサヒが警戒を露わに問い詰める。
「私たちも、あなたたちと同じよ。オカルトの調査。この村に伝わる『ムスビの教え』を追ってきたの」
サキは微笑みながら、アサヒのリュックから覗く古い巻物を指差した。
「その巻物を見つけたのね。素晴らしいわ。それはこの村の『聖典』よ」
サキの話によれば、久遠村は古来より「常世(とこよ)」に最も近い場所とされ、村人たちは自らの身体をねじり、形を変えることで、神との一体化――「ムスビ」を目指していたのだという。
「出られないのは、村があなたたちを『選んだ』から。
この村の意思が、あなたたちを離したくないと言っているのよ」
サキの言葉は、冗談には聞こえなかった。アサヒは、彼女の言葉の節々に、どこか「当事者」のような響きがあることを、本能的に察知していた。
3. 侵食される日常
その夜から、メンバーの崩壊が始まった。
深夜、集会所の床に寝袋を並べていたアサヒは、不自然な音で目を覚ました。
「……カオリ?」
隣にいたはずのカオリがいない。慌てて周囲を見渡すと、彼女は暗闇の中で、地下へ続く階段の前に立ち尽くしていた。
「カオリ、何してるんだ!」
肩を掴むと、彼女はゆっくりと振り返った。その瞳は焦点が合わず、どこか遠い場所を見ているようだった。
「……呼んでるの。アサヒくん。あのね、木像たちが、寂しいって。自分たちの形を、私たちに教えてあげたいって……」
彼女の手元には、いつの間にかスケッチブックがあった。そこには、あの地下で見つけた「ねじれた木像」が、信じられないほど緻密な筆致で、何ページにもわたって描き殴られていた。
翌朝には、タケシが姿を消した。
半狂乱になって村を探し回ったアサヒたちは、数時間後、村の外れにある「肥溜め」のような泥沼の横で、泥まみれになって座り込んでいるタケシを発見した。
「タケシ! 無事か!」
駆け寄るアサヒ。だが、タケシは返事をしない。
彼は、リョウと同じような、一切の感情を排除した鋭い目で、ただじっと泥の底を見つめていた。
「見えたんだ。結び目が……」
タケシはそれだけを呟き、人形のように力なくアサヒに引きずられていった。
4. 隠された真実
ユキは一人、執念深く村長宅と思われる廃屋で資料を漁り続けていた。
アサヒが合流すると、彼女は震える手で一冊の「戸籍謄本」の写しを差し出した。
「アサヒ……これ、見て。この村が廃村になる直前の住人リストよ」
そこには、村人の名前が並んでいた。アサヒは目を疑った。
昭和初期の記録であるはずのそのリストの中に、「左城 沙希(さじょう さき)」「葛城 凌(かつらぎ りょう)」という名があった。
「そんな……同姓同名なんてレベルじゃない。見て、この写真」
添えられていた古い集合写真。セピア色に変色したその中に、今、自分たちと共にこの村にいる「サキ」と「リョウ」と、全く同じ顔をした男女が、現代的な服ではなく、古びた着物を着て写っていた。
「あの二人は……幽霊なのか? それとも……」
「わからない。でも、彼らは『調査』に来たんじゃない。彼らは、この村そのものなのよ」
アサヒの背筋に、氷のような戦慄が走った。
ふと窓の外を見ると、霧の中に立つサキが、こちらを向いて優雅に手を振っていた。その口元は、「次は、あなたの番よ」と動いたように見えた。
村の入り口で見つけた巻物を携え、一行は集落の中央へと向かった。
斜面にへばりつくように建つ廃屋群の合間を抜け、辿り着いたのは村で最も巨大な建造物――かつての集会所であり、神社の拝殿を兼ねているような、古めかしい木造建築だった。
「ここをベースキャンプにしよう。機材を降ろせ」
アサヒの指示で、タケシが重い発電機とライトを運び込む。板張りの床は歩くたびに悲鳴のような音を立て、天井からは蜘蛛の巣が幾重にも垂れ下がっている。
「アサヒ、見て……床下に何かある」
カオリが震える指先で指し示したのは、祭壇の裏に隠された隠し蓋だった。アサヒとタケシがそれを取り除くと、地下へと続く石造りの階段が現れた。
湿った冷気が這い上がってくる中、一行は地下室へと足を踏み入れた。そこにあったのは、凄惨なまでの信仰の跡だった。
壁一面に、入り口の家で見つけたのと同じ「幾何学模様」が、今度は血を混ぜたような赤黒い塗料で描かれている。そして中央の石壇の上には、無数の木像が供えられていた。
「なにこれ……全部、形が変だよ」
タケシがライトを向ける。その木像には目も鼻も口もない。ただ、人間の胴体のような形をした木が、雑巾を絞るかのようにグニャリとねじ曲がった形で固定されているのだ。それが何百体と並んでいる光景は、生理的な嫌悪感を呼び起こした。
「ユキ、これについても何かわかるか?」
「……手記や資料にもなかった。でも、この捻じれ方は……まるで、魂そのものを絞り出して、何か別のものと『結びつけよう』としているみたい」
その時だった。外から突如として、激しい雨音が響き渡った。
山特有の夕立かと思ったが、窓の外は一瞬にして濃密な霧に包まれ、視界は数メートル先も見えなくなっていた。
「おい、やばいぞ。今のうちに車に戻ろう。この霧で夜になったら、遭難する」
アサヒの判断は早かった。機材を最低限だけまとめ、四人は急いで元来た道を戻り始めた。村の入り口にある、あの鳥居を目指して。
だが、どれだけ歩いても鳥居は見えてこない。
「おかしい……この角を曲がれば、さっきの廃屋のはずだろ?」
タケシが焦り混じりに叫ぶ。しかし、霧の向こうから現れたのは、先ほど自分たちが飛び出してきたはずの「集会所」だった。
「ループしてる……?」
ユキの顔から血の気が引く。
「馬鹿な。俺たちは真っ直ぐ歩いてきたはずだ。方位磁石(コンパス)はどうした!」
アサヒがコンパスを取り出すが、針は狂ったように高速で回転し続け、役をなさない。
GPSも「信号を探しています」の表示のまま。携帯電話は、圏外を通り越して「システムエラー」を吐き出していた。
この瞬間、彼らは理解した。自分たちは、物理的な法則が通用しない「檻」の中に閉じ込められたのだと。
2. 招かれざる「同業者」
絶望感が漂い始めたその時、集会所の影から、二人の人影が音もなく現れた。
「あら、先客がいたのね」
落ち着いた、透き通るような声。
現れたのは、この異様な状況に似つかわしくないほど涼しげな表情をした女性と、その背後に立つ長身の男だった。
女性はサキと名乗った。腰まである黒髪に、知的な縁なしの眼鏡。同行しているのはリョウという男で、彼は一切言葉を発せず、ただナイフのように鋭い視線をアサヒたちに向けている。
「……君たちは、誰だ? ここで何を?」
アサヒが警戒を露わに問い詰める。
「私たちも、あなたたちと同じよ。オカルトの調査。この村に伝わる『ムスビの教え』を追ってきたの」
サキは微笑みながら、アサヒのリュックから覗く古い巻物を指差した。
「その巻物を見つけたのね。素晴らしいわ。それはこの村の『聖典』よ」
サキの話によれば、久遠村は古来より「常世(とこよ)」に最も近い場所とされ、村人たちは自らの身体をねじり、形を変えることで、神との一体化――「ムスビ」を目指していたのだという。
「出られないのは、村があなたたちを『選んだ』から。
この村の意思が、あなたたちを離したくないと言っているのよ」
サキの言葉は、冗談には聞こえなかった。アサヒは、彼女の言葉の節々に、どこか「当事者」のような響きがあることを、本能的に察知していた。
3. 侵食される日常
その夜から、メンバーの崩壊が始まった。
深夜、集会所の床に寝袋を並べていたアサヒは、不自然な音で目を覚ました。
「……カオリ?」
隣にいたはずのカオリがいない。慌てて周囲を見渡すと、彼女は暗闇の中で、地下へ続く階段の前に立ち尽くしていた。
「カオリ、何してるんだ!」
肩を掴むと、彼女はゆっくりと振り返った。その瞳は焦点が合わず、どこか遠い場所を見ているようだった。
「……呼んでるの。アサヒくん。あのね、木像たちが、寂しいって。自分たちの形を、私たちに教えてあげたいって……」
彼女の手元には、いつの間にかスケッチブックがあった。そこには、あの地下で見つけた「ねじれた木像」が、信じられないほど緻密な筆致で、何ページにもわたって描き殴られていた。
翌朝には、タケシが姿を消した。
半狂乱になって村を探し回ったアサヒたちは、数時間後、村の外れにある「肥溜め」のような泥沼の横で、泥まみれになって座り込んでいるタケシを発見した。
「タケシ! 無事か!」
駆け寄るアサヒ。だが、タケシは返事をしない。
彼は、リョウと同じような、一切の感情を排除した鋭い目で、ただじっと泥の底を見つめていた。
「見えたんだ。結び目が……」
タケシはそれだけを呟き、人形のように力なくアサヒに引きずられていった。
4. 隠された真実
ユキは一人、執念深く村長宅と思われる廃屋で資料を漁り続けていた。
アサヒが合流すると、彼女は震える手で一冊の「戸籍謄本」の写しを差し出した。
「アサヒ……これ、見て。この村が廃村になる直前の住人リストよ」
そこには、村人の名前が並んでいた。アサヒは目を疑った。
昭和初期の記録であるはずのそのリストの中に、「左城 沙希(さじょう さき)」「葛城 凌(かつらぎ りょう)」という名があった。
「そんな……同姓同名なんてレベルじゃない。見て、この写真」
添えられていた古い集合写真。セピア色に変色したその中に、今、自分たちと共にこの村にいる「サキ」と「リョウ」と、全く同じ顔をした男女が、現代的な服ではなく、古びた着物を着て写っていた。
「あの二人は……幽霊なのか? それとも……」
「わからない。でも、彼らは『調査』に来たんじゃない。彼らは、この村そのものなのよ」
アサヒの背筋に、氷のような戦慄が走った。
ふと窓の外を見ると、霧の中に立つサキが、こちらを向いて優雅に手を振っていた。その口元は、「次は、あなたの番よ」と動いたように見えた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
事故物件
毒島醜女
ホラー
あらすじ:サラリーマンの幹夫は忘れ物を取りにいったん家に戻るが、そこで妻、久恵と鉢合わせになりそうになる。仲の悪い妻と会いたくなかった幹夫はとっさに物置部屋に隠れるが…
※闇芝居さんの妹の部屋をリスペクトした作品となっております。
※表紙はゴリラの素材屋さんから。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる