天上の星、地上の露

Y.

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永遠の別れ

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 サキの体調は、日に日に悪化していった。彼女の肌は透き通り、呼吸は浅くなった。

 ある朝、サキは衰弱した体でアキトの手を握り、微笑んだ。

「お願い、アキト。あなたのせいで世界が壊れるのは嫌よ。私のせいで、あなたが罪を背負うのも嫌。私を助けて。そして、元の場所に戻って」

「助ける……?」

「あなたがいない世界で、私は元気に生きていくわ。そうすれば、あなたは戻れるでしょう? それが、私にできる、最後のあなたへの愛だわ」

 サキの言葉は、アキトの胸を貫いた。愛する者を救う唯一の方法は、愛を捨てること。それは、神でさえ耐えられないほどの、残酷な報いだった。

 アキトは、サキの寝顔を、焼き付けるように見つめた。その愛おしさに、彼は胸が張り裂けそうになった。

「サキ。お前を救う」

 彼は、部屋の中央で立ち上がった。彼の体から、光の粒子が溢れ出し、部屋の隅々まで満たした。

 アキトは、ゆっくりと、しかし決然と、自分自身に神の力を集中させた。

「私は、アストラル。星々の法則に誓う。この定命の者への愛、その記憶、そしてこの身に芽生えた感情の全てを、我自身の存在から切り離し、永遠に封印する」

 それは、自らの魂の一部を切り裂くような、壮絶な行為だった。

 悲痛な光が部屋を覆い尽くし、アキトは全身から力が抜け落ちるのを感じた。

 愛の感情、サキと過ごした幸福な記憶、彼女の笑顔、声、全てが、彼の内から引き抜かれ、青白い光の玉となって宙に浮いた。

 そして、その光の玉は、一筋の流星となって、天空の彼方へと消えていった。

 アキトは、再び感情を持たない、冷たい神の姿に戻った。

 彼は、ベッドで眠るサキを見下ろした。彼女の肌には血色が戻り、呼吸は安らかだ。法則が、彼女の身体に戻ったのだ。

 しかし、彼の胸は何も感じない。ただ、法則が満たされたという、冷たい確信があるだけだった。

 彼は、最後にサキの額に唇を寄せた。それは、愛ではなく、ただの「別れの儀式」だった。

 アストラルは、静かに窓から飛び立ち、光となって天界へと昇っていった。

 翌朝、サキは目覚めた。体はすっかり回復していた。

 彼女はいつも通り、コーヒーを淹れ、図書館へ向かう準備をした。しかし、胸の奥には、説明のつかない「空虚」があった。

(なぜ、こんなにも心が欠けているのだろう?)

 彼女の部屋には、見慣れないマグカップが一つあったが、なぜそれがあるのか思い出せない。時々、空を見上げると、わけもなく涙がこぼれそうになる。誰かとても大切な人が、自分の人生からすっぽり抜け落ちた気がする。

 だが、誰だったのか、何があったのか、どんな愛を交わしたのか。サキは、その記憶を永遠に取り戻すことはできなかった。

 アストラルは、再び天界の玉座に座っていた。彼は、星の軌道を、冷徹な法則に従って見守る。

 彼はサキのいる地上を見下ろした。彼女はいつも通り、道端の小鳥を助けている。その姿は以前と同じように、清らかで美しかった。

 だが、アストラルは何も感じない。彼女は、ただの「定命の者」。世界の法則の一部に過ぎない。

 ただ、彼が司る星々の運行は、以前よりもどこか遅く、そして冷たい。彼自身も気づかないうちに、魂の奥底、封印された愛の残骸が、星の光の熱を永遠に奪ってしまったからだ。

 サキは、アキトの存在を知らないまま、心優しい人生を穏やかに送り続けた。そして、やがて寿命を迎え、安らかに息を引き取った。

 その瞬間、サキの魂が天に昇る直前、アストラルは、遠い記憶の残響のように、胸を締め付ける一瞬の激痛を感じた。それは、封印された愛が、愛する者の終焉を悟って上げた、最初で最後の悲鳴だった。

 彼は、一秒も経たないうちに、その痛みさえも法則の一部として処理し、再び冷徹な神に戻る。

 彼は、自分がサキを愛していたこと、そしてその愛のために自らを切り裂いたことを、永遠に知ることはない。

 永遠に報われず、永遠に孤独な神と、愛した人の記憶を失って穏やかに生きる人間。

 二人の愛は、世界の法則を守るために、完全な無に帰したのだった。

 — 終 —
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