陰キャに優しいギャルなんて絶対に存在しない!!

Y.

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第6話:世界で一番優しい嘘つきと、震える拳の騎士

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 学園祭当日。校内は浮足立った熱気に包まれていた。

 あちこちから模擬店の威勢のいい声が響き、色とりどりの装飾が視界を埋め尽くす。しかし、俺にとってこの祝祭は、巨大な「公開処刑場」の下見をしているような心地だった。

「佐藤くん、顔色悪いよ? 大丈夫?」

 鏡の前で、ミスコン用のドレスに身を包んだ結衣が、心配そうに俺を覗き込んできた。

 純白のシフォンが幾重にも重なったドレス。それは彼女の圧倒的な美しさを引き立て、同時に俺との「住む世界の差」を残酷なほどに際立たせていた。

「……大丈夫です。ただ、この劇場の音響システムを最終確認していただけですから」

「もう、真面目なんだから。……ねえ、佐藤くん。
 私、頑張るから。ちゃんと見ててね」

 結衣が俺の手を握り、小さく微笑む。その手の震えに気づいた瞬間、俺の脳内セキュリティは沈黙した。彼女も、怖いんだ。一軍だとかギャルだとか関係なく、一人の女の子として、この大舞台に立とうとしている。

(……俺にできることは、裏方として彼女を支えることだけだ)

 だが、運命はどこまでも残酷だった。

 バックステージの搬入口付近。機材の調整に向かおうとした俺の前に、聞き覚えのある、背筋が凍り付くような笑い声が届いた。

「――あれぇ? やっぱり。どこかで見たことあると思ったら、中学の時の『勘違いオタクくん』じゃん」

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

 そこに立っていたのは、他校の制服を着た数人の女子グループ。その中心にいるのは、俺の人生を粉々に砕いた張本人――美咲だった。

「……っ、美咲」

「覚えててくれたんだ、光栄。……で、何? 今度はあの瀬戸結衣って子にターゲット変えたわけ? あんたも懲りないよね。あんなキラキラした子が、あんたみたいなゴミと本気で付き合うと思ってんの?」

 美咲は、昔と変わらない蔑みの笑みを浮かべ、スマホをこちらに向けてきた。

「ねえ、知ってる? 結衣ちゃん。あんたが今仲良くしてるその男、中学の時に私に告白して、クラス中で爆笑された伝説の『ピエロ』なんだよ? ……あ、もしかして、結衣ちゃんも私と同じ『罰ゲーム』の最中だったりして?」

 その声は、折悪しくバックステージの通路に響き渡った。

 そして、出番を待っていた結衣が、ドレスの裾を握りしめたまま、曲がり角から姿を現した。

「……瀬戸、さん」

「……」

 結衣の顔から、血の気が引いていくのがわかった。

 美咲は勝ち誇ったように笑い、周囲の野次馬たちにも聞こえるような大声で煽り立てる。

「ほら、やっぱり沈黙しちゃった! 結衣ちゃんも困るよね、こんな過去のある男に粘着されて。……大丈夫だよ、私たちが今日、この学園祭で全部バラしてあげるから。ミスコンのステージ、楽しみにしててね?」

 美咲たちが笑いながら去っていく。

 残されたのは、重苦しい沈黙。

 俺は、膝の震えを止めることができなかった。脳内では、あの日、カーテンの裏から浴びせられた罵声が、今の美咲の言葉と混ざり合ってループしている。

(……逃げろ。今すぐ、ここから逃げろ。また笑われる。また、惨めな思いをする。俺がここにいたら、結衣さんまで『変な男と付き合ってる痛い女』だと思われてしまう)

 俺は一歩、後ろへ下がった。

 だが、その時。

「……待って。佐藤くん」

 結衣の声が、震えていた。

 彼女は俺を見ず、真っ白なドレスの裾を指が白くなるほど強く握りしめていた。

「……私、あの子たちの言ったこと、許せない」

「……瀬戸さん、いいんだ。あいつらの言う通りなんだ。俺は、笑われるのがお似合いの……」

「よくない!!」

 結衣が叫んだ。

 彼女は、俺の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ってきた。その瞳には、恐怖ではなく、激しい「怒り」が宿っていた。

「佐藤くんがどう思おうと勝手だけど……私の好きな人をバカにされるのは、私が許さない! ……あんたは、私の騎士(ナイト)なんでしょ!? だったら、あんな奴らに負けないでよ!」

 騎士。

 そんな柄じゃない。俺はただの、臆病な嘘つきだ。
 ……けれど。

 自分を信じられなくても、自分を信じてくれている彼女の「心」だけは、嘘にしたくない。

「…………分かりました」

 俺は、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 震える拳を、ポケットの中で強く握りしめる。

「……瀬戸さん。ステージに行ってください。あとは、僕が……何とかします」

 ミスコンのステージが始まった。

 華やかな音楽と共に、候補者たちが登壇する。結衣がステージに現れた瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。

 しかし、質疑応答の時間。最前列に陣取った美咲たちが、計画通りに動いた。

「はーい! 質問でーす! 結衣さんって、裏方にいるあの『キモオタくん』と付き合ってるって本当ですかー? 中学の時の動画、流しちゃってもいいですかー?」

 会場に、不穏なざわめきが広がる。

 美咲がスマホを掲げ、プロジェクターに接続しようとしたその時。

 パッ、と会場の照明がすべて落ちた。

「……えっ、何!?」

「停電!?」

 暗闇の中、一本のスポットライトだけが、ステージの袖……照明ブースの前に立つ一人の男を照らし出した。

 俺だ。

 マイクを握る手は、まだ震えている。足は、今にも崩れ落ちそうだ。

 それでも、俺は顔を上げた。

「……皆さん、お騒がせしてすみません。音響と照明のトラブルです。……ですが、一つだけ、訂正させてください」

 スピーカーを通じて、俺の声が全校生徒に響き渡る。

「そこにいる彼女たちが言っていることは、半分、事実です。……僕は中学の時、こっ酷く振られて笑いものにされた、ただの無様なオタクです」

 会場から、クスクスという笑い声が漏れる。

 美咲が勝ち誇ったような顔をする。

 だが、俺は言葉を止めなかった。

「……でも! 瀬戸結衣という人は、そんな僕を、一度も笑わなかった!」

「!」

「彼女は、僕が大切にしている趣味を、僕以上に大切に思ってくれた。僕が自分を嫌いな時も、彼女だけは『かっこいい』って言ってくれたんだ!」

 俺は、ステージ中央で立ち尽くす結衣を見た。

 彼女は、今、泣きそうな顔で俺を見ている。

「瀬戸結衣を笑う奴は、俺が許さない! 彼女が隣にいてくれることが『罰ゲーム』だなんて……そんな嘘、俺が命懸けで否定してやる!! 彼女は、世界で一番……優しくて、真っ直ぐな、最高の女の子なんだ!!」

 叫んだ。

 喉が張り裂けるほどに。
 
 一瞬の、静寂。

 その後、会場のどこかから……それは、あの火野だった……一人の拍手が始まった。

 拍手は瞬く間に伝染し、地鳴りのような歓声へと変わった。
 
 美咲たちは、予想外の反応に顔を引き攣らせ、逃げるように会場を去っていった。
 
 俺は、力尽きたようにその場に座り込んだ。

 ……終わった。

 一生分の勇気を使い切った。

 もう、指一本動かせない。

 だが、ステージから駆け下りてきた白いドレスの塊が、俺を強く抱きしめた。

「……バカ。本当、大バカ」

「……瀬戸、さん。ドレス、シワになりますよ」

「いいの。……かっこよかった。今まで見たどのアニメのヒーローより、ずっと、ずっとかっこよかったよ。湊くん」

 初めて、名前で呼ばれた。
 
 陰キャに優しいギャルなんて、絶対に存在しない。
 
 ……ああ、そうだな。

 こんなにも眩しくて、自分を犠牲にしてまで俺を守ろうとしてくれる人は、もう「ギャル」なんていう言葉の枠には収まらない。
 
 俺だけの、たった一人の。
 
 俺は、震える手で、彼女の細い背中を、おずおずと抱き返した。
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