最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.

文字の大きさ
31 / 47
season2

第3話:王都の欠落

しおりを挟む
1.

「……ここが、本当に王都なのか?」

 アストリアから早馬を飛ばし、リアンたちが辿り着いた王都ヴェリタスは、音を失った抜け殻のようだった。

 通りを行き交う人々の足取りは重く、その瞳には光が宿っていない。かつて数万の軍勢を退けたリアンを英雄として迎えた熱狂は、どこにもなかった。

「リアンさん、見て……」

 マリナが指差した先。街の広場では、母親が泣き叫びながら我が子に問いかけていた。

「お願い、お母さんよ! 私を思い出して!」

 しかし、子供はただ怯えた目で、見知らぬ誰かを見るように母親を見返すだけだった。

「ひどすぎる……」

 マリナは祈るように胸元に手を添えた。その下で、隠された黄金の「聖痕」が、呼応するように脈打っていることをリアンは見逃さなかった。

「……ナノ・サイト、起動」

 リアンは静かに世界をスキャンした。しかし、視界に映し出された演算結果に、彼は思わず息を呑んだ。

 空気中に漂う魔力の残滓――本来なら数年、数十年と消えることのないはずの「歴史のログ」が、まるで刃物で削り取られたかのように、物理的に欠落していたのだ。

「魔力(マナ)の記録が消去されている。これは魔法現象じゃない……『世界の定数』そのものが、何者かに改ざんされているんだ」

「その通り。流石は最高の演算機(アーチャー)だ」

 背後の空間が、ガラスを割ったような不快な音を立てて歪んだ。


 2. 

 空間の裂け目から現れたのは、真っ白な正六面体の仮面を被った、異様な男だった。その手には、幾何学的な歯車が複雑に噛み合い、常に不協和音を奏でる奇妙な杖が握られている。

「『忘却の特異点(レテ・コア)』……執行官、メタ・カリキュレーター」

「リアン・アークライト。君の戦術は、この世界の法則という『定数』に基づいた、完璧な数式だ。だが、その根底にある数字を書き換えれば……数式はただのゴミに変わる」

 敵が杖を振った瞬間、リアンの脳内に走るフューチャー・サイト(未来予測)が激しいノイズに襲われた。

「アルト、マリナ、下がっていろ。……5秒で終わらせる」

 リアンは一瞬でストーム・ウィスパーを構え、弦を引いた。

 彼の演算は、敵の首筋、心臓、そして魔力核(コア)を同時に射抜く「最短の未来」を導き出した。

 シュンッ――!!

 放たれた三本の矢。それは本来なら、コンマ一秒の誤差もなく敵を貫くはずだった。

 しかし。

「――変数を1から-1へ」

 メタ・カリキュレーターが呟くと同時に、直進していたはずの矢が、何もない空中で「直角」に折れ曲がった。それだけではない。折れ曲がった矢は加速し、あろうことかリアン自身の心臓を目掛けて戻ってきたのだ。

「なっ……!?」

 リアンは紙一重でそれを回避した。

 予測していた「矢の慣性」も、「風の影響」も、全てが裏切られた。

 敵が杖を回すたびに、重力は横に流れ、光の屈折は歪み、リアンの放つ矢は「当たる直前」で明後日の方向へと消えていく。

「最強の計算機が、ノイズ一つで壊れる様は滑稽だな。君が視ている『未来』は、私が許可した幻に過ぎない」

 メタ・カリキュレーターの杖から放たれた無数の魔力の弾丸。

 リアンはそれを避けようとしたが、脳内では「左へ三歩」という回避結果が出ているのに、実際に体が動いた瞬間、地面の摩擦係数が「氷」のように滑り、バランスを崩した。

「ぐっ……!」

 最強の弓術士、リアン・アークライト。その全距離支配が、真っ向から「無効化」された瞬間だった。


 3.

「計算できないものは、存在しないも同等だ。……さらばだ、旧時代の英雄」

 メタ・カリキュレーターが杖を突き出し、リアンの脳天を粉砕する「確定の死」を放とうとした、その時。

「――先生を、馬鹿にするな!!」

 横合いから、ひどく泥臭い、しかし真っ直ぐな叫びが響いた。

 アルトだった。

 彼はボロボロの木弓を力一杯に引き、一本の粗末な矢を放った。

「無駄だ。どのような魔法、どのような魔力であれ、私の前では変数の……」

 メタ・カリキュレーターが杖を振り、アルトの矢の軌道を書き換えようとした。

 しかし。

「……!? なぜだ、書き換え(メタ)が……弾かれる!?」

 驚愕の声。

 アルトの放った矢は、空間の歪みも、確率の操作も、重力の変動も――その全てを「無視」して、真っ直ぐにメタ・カリキュレーターの仮面へと突き進んだ。

 なぜなら、アルトには魔力が一滴も存在しないからだ。

 敵の権能は、対象の持つ魔力を介して世界の法則を書き換えるもの。

 だが、魔力を持たないアルトは、この世界の「数式」に含まれていない。

 計算できないノイズではなく、最初から計算式の中に存在しない「無」の矢。

 バキィィィィィン!!

「ぐああああああっ!?」

 粗末な矢が、メタ・カリキュレーターの無機質な仮面を真っ二つに叩き割った。

 絶対的だと思われた「確率崩壊」の領域が、物理的な衝撃によって一瞬だけ霧散する。

「……よくやった、アルト。……よく視せてくれた」

 リアンが、立ち上がる。

 彼の瞳からは、もはや「予測」という名の依存は消えていた。

 未来を視るのではない。今、この瞬間の「確かな存在」を、魂の振動で捉える。

「予測が裏切られるなら、裏切られるよりも速く――『即時確定』させるまでだ」

 リアンは矢を番えず、弦を弾いた。

『零式・即時確定(イミディエイト・ショット)』。

 それは「放たれる」という因果さえも超越し、リアンの意思が敵の核を認識した瞬間に、その場所へ「結果」を発生させる神業。

「が、はっ……!? 馬鹿な……演算の暇(ひま)さえ……!」

 メタ・カリキュレーターの杖が粉々に砕け、彼の体は空間の歪みの中へと弾き飛ばされた。


 4. 

「……ハァ、ハァ……。仕留めたか?」

 アルトが肩で息をしながら、膝をついた。

「いや、逃げられたな。だが……お前の矢が、奴の『神の如き慢心』を射抜いたのは確かだ」

 リアンは弟子の肩を叩き、その成長を心から称えた。

 しかし、安堵の時間は短かった。

「……ぁ、ああぁ……っ!!」

 背後で、マリナが苦しげにうずくまった。

 彼女の首筋から肩にかけて隠されていた「聖痕」が、隠しきれないほどの黄金の輝きを放ち、周囲の空気を結晶化させていく。

「マリナさん!!」

 リアンが駆け寄ると、彼女の瞳は黄金色に染まり、焦点が合っていない。

 彼女から溢れ出した圧倒的な魔力の波動が、王都の広場にいた「記憶を失った人々」の頭上に降り注いだ。

 その瞬間。

 人々は一斉に顔を上げ、空虚だった瞳に、かつてないほど鮮やかな、しかしどこか人間味を欠いた「黄金の光」を宿した。

「……マリナ・クレル。……器は、まもなく、満たされる……」

 人々の口から、メタ・カリキュレーターと同じ「無機質な声」が重なって響く。

 王都の空には、以前よりもさらに巨大な、黄金色の渦が巻こうとしていた。

「リアン……さん……私、を……離さないで……」

 マリナが震える手で、リアンの服の裾を掴む。

 彼女の手は、以前よりもずっと冷たく、そして少しずつ、透き通るような輝きへと変わりつつあった。

 リアンは、彼女を力強く抱き寄せた。

 最強の弓術、最強の弟子。しかし、それだけでは届かない「世界の理」という壁が、リアンの前に立ち塞がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

異世界レストラン・フェルマータ ~追放料理人の俺、神の舌で世界を喰らう~

たまごころ
ファンタジー
王都の五つ星料理店を追放された若き料理人カイ。理不尽な仕打ちに絶望しかけたその瞬間、彼は異世界で目を覚ます。 そこは「味覚」が魔力と結びついた世界──。美味を極めれば魔力が高まり、料理は民を癒やし、王すら跪く力を持つ。 一介の料理人だったカイは、神の舌「フェルマータ」の力に目覚め、貧しい村に小さな食堂を開く。 だがその料理は瞬く間に世界を変え、王侯貴族、聖女、竜姫、女勇者、果ては神々までが彼の皿を求めるようになる。 追放された男の、料理と復讐と愛の異世界成り上がり劇、ここに開店!

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

ある日、俺の部屋にダンジョンの入り口が!? こうなったら配信者で天下を取ってやろう!

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

トップ冒険者の付与師、「もう不要」と言われ解雇。トップ2のパーティーに入り現実を知った。

ファンタジー
そこは、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮を舞台にモンスターと人間が暮らす世界。 冒険者と呼ばれる、ダンジョン攻略とモンスター討伐を生業として者達がいる。 その中で、常にトップの成績を残している冒険者達がいた。 その内の一人である、付与師という少し特殊な職業を持つ、ライドという青年がいる。 ある日、ライドはその冒険者パーティーから、攻略が上手くいかない事を理由に、「もう不要」と言われ解雇された。 新しいパーティーを見つけるか、入るなりするため、冒険者ギルドに相談。 いつもお世話になっている受付嬢の助言によって、トップ2の冒険者パーティーに参加することになった。 これまでとの扱いの違いに戸惑うライド。 そして、この出来事を通して、本当の現実を知っていく。 そんな物語です。 多分それほど長くなる内容ではないと思うので、短編に設定しました。 内容としては、ざまぁ系になると思います。 気軽に読める内容だと思うので、ぜひ読んでやってください。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

黒木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ

処理中です...