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season2
エピローグ:風の継承者
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1.
王都ヴェリタスが黄金の凍結から解き放たれ、世界がふたたび「不確かな明日」へと歩み出してから、五年の月日が流れた。
復興を遂げた王都の酒場では、近頃ある奇妙な噂が、冒険者たちの間でまことしやかに囁かれている。
それは、絶体絶命の窮地に陥った際、どこからともなく飛来する「正体不明の一矢」の伝説だ。
「ああ、俺も救われたよ。ワイバーンの群れに囲まれて、もうダメだと思った瞬間、風を切り裂く音が聞こえてな。気づいたら、ボスの眉間に見たこともないほど精密な矢が突き刺さってた」
「俺の時は、矢さえ見えなかった。ただ、澄んだ弦の音(ね)が響いた瞬間に、魔物の動きが止まったんだ」
語る者たちは誰も、その射手の正体を知らない。
記念碑に刻まれた英雄たちの誰とも特徴が一致せず、ギルドの登録名簿にもそんな凄腕の名前は載っていない。ただ、その矢には一切の殺意がなく、代わりに放たれた場所から守るべき者への「慈愛」が感じられるという。
人々はいつしか、その姿なき恩人を、敬意と親しみを込めてこう呼ぶようになった。
――『風の射手』。
世界は「リアン・アークライト」という名前を忘れたままだったが、彼が遺した「全距離支配」という概念は、名前を失ったまま一つの「現象」として、人々の希望のなかに息づいていた。
2.
辺境の街アストリア。
夕暮れ時、街外れにある道場からは、威勢の良い掛け声と、絶え間なく続く弦音が響いていた。
かつてリアンの叔父アルスが守り、リアンが最強を証明したその場所は、いまや二十歳となったアルトが師範代を務める、大陸随一の弓術道場となっていた。
「……脇が甘い。風を力でねじ伏せようとするな。風の流れを、自分の血流の一部だと錯覚するまで集中しろ!」
鋭い叱咤。かつての弱々しかった少年は、いまや精悍な顔立ちの青年へと成長していた。
アルトの腰には、あの日玉座の間に残されていた名弓『ストーム・ウィスパー』が誇らしげに輝いている。だが、アルトが真に継承したのはその物理的な弓ではなく、師匠が命を懸けて体現した「不条理を射抜く意志」だった。
「アルト先生! 今日の僕の射撃、どうでしたか!」
十歳ほどの少年が、頬を紅潮させて駆け寄ってくる。
アルトはふっと表情を和らげ、少年の頭を大きな手で撫でた。
「筋は悪くない。だが、お前は少し『正解』を求めすぎている。弓は計算機じゃないんだ。最後は、お前の魂が『そこにあるべきだ』と信じた場所に飛んでいく」
「魂が信じた場所……。あ、またその教えだ。それって、先生の先生が言ってたことなんですよね?」
「ああ。僕に弓の本当の恐ろしさと、美しさを教えてくれた……世界で一番わがままで、一番強い人の言葉だ」
アルトは空を見上げた。茜色に染まる空の彼方から、微かな「風の音」が聞こえた気がした。
門下生たちを解散させ、一人で道場の整理をしていたアルトの背後に、足音もなく一人の男が立った。
3.
「……相変わらず、教え方が下手だな、アルト」
聞き慣れた、けれど世界中の誰の記憶にも残っていないはずの声。
アルトは驚くこともなく、片付けの手を止めずに苦笑いを浮かべた。
「放っておいてください。僕なりに、先生のめちゃくちゃな理論を言語化しようと努力してる最中なんですから」
アルトが振り返ると、そこにはフードを深く被った男が立っていた。
五年という歳月は、その青年の瞳にさらなる深淵と、それ以上の穏やかさを与えていた。
リアン――いや、もはや名前を呼ぶ者は一人しかいないが、彼はかつての殺伐とした空気を感じさせない、一人の旅人のような佇まいでそこにいた。
「どうしたんですか、今日は。マリナさんに内緒でまた『巡回』ですか?」
「巡回なんて大層なもんじゃない。ただ、風の調子が良かったからな。ついでに弟子の不甲斐ない面を拝みに来ただけだ」
リアンはフードを脱ぎ、道場の壁に飾られたストーム・ウィスパーにそっと触れた。
彼が「世界再定義」の対価として失った全能の力は、完全には戻っていない。今の彼は、全盛期のような神がかり的な演算も、因果を固定する権能も持たない。だが、代わりに見出した『魂眼』は、かつてよりもずっと鮮明に、世界の美しさを捉えていた。
「アルト、一本、引いてみろ」
リアンが、道場の隅にあった練習用の木弓を拾い上げ、アルトに手渡した。
二人は並んで的に向かう。
「先生、今の僕を侮らないでくださいよ。魔力ゼロの僕が編み出した『虚無の連射』、まだ見せてませんでしたよね」
「ほう、見せてみろ」
二人が同時に弓を引き絞る。
放たれた二本の矢。
アルトの矢は、魔力の抵抗を一切受けない絶対的な直進性で的の中心を粉砕した。
対してリアンの矢は、放たれた瞬間に空気に溶けるように揺らぎ、次の瞬間には的の背後にまで到達していた。
「……へっ、やっぱり勝てないな。物理法則を無視するのは、僕の専売特許だと思ってたのに」
「俺のは無視じゃない。風に、お願いしただけだ」
リアンは満足げに笑い、アルトの肩を叩いた。
「いい弓だった、アルト。……俺が教えることは、もう何もない」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。……先生が世界から忘れられても、僕だけは覚えてる。僕が死ぬまで、先生の技術は『存在しないもの』にはさせません」
弟子の力強い言葉に、リアンは一瞬だけ目を見開き、そして照れ隠しのようにフードを深く被り直した。
「……器用になったもんだ。じゃあな、アルト。マリナが夕飯を作って待ってる」
「はい。マリナさんに、僕が今度美味い酒を持っていくって伝えておいてください!」
風のような足取りで、リアンは道場を後にした。
アルトはその背中が見えなくなるまで、深く、深く頭を下げ続けた。
4.
アストリアの街外れ、かつて叔父アルスがひっそりと暮らしていた小さな家。
今はそこに、二人の男女が住んでいる。
庭では、色とりどりの薬草が風に揺れ、手入れの行き届いた家庭菜園が豊かな実りを見せていた。
玄関の扉を開けると、温かなスープの香りと、懐かしい歌声が聞こえてくる。
「ただいま、マリナさん」
「おかえりなさい、リアンさん。今日は少し遅かったわね。またアルト君のところ?」
台所から顔を出したマリナは、五年前よりもずっと活き活きとした表情をしていた。
彼女の身体から聖痕は消え、黄金の魔力に怯える必要もなくなった。今は街の診療所で、人々を癒す普通の治癒師として働いている。
「ああ。あいつ、少しはマシな教え方をするようになったよ」
「ふふ、自分にそっくりだって言いたいのね?」
マリナはリアンの上着を受け取り、甲斐甲斐しく立ち働く。
リアンは、テーブルの上に置かれた二つのスープ皿と、焼き立てのパンを見つめた。
かつて最強を目指し、全距離を支配しようとした彼が、最後に辿り着いたのは、この数歩の距離にある幸せだった。
「……マリナさん。今日は街で、変な噂を聞いたよ」
食卓を囲みながら、リアンが切り出した。
「『風の射手』が、またどこかの冒険者を助けたってさ」
マリナはスープを口に運び、いたずらっぽく笑った。
「あら、それは大変。その射手さん、奥さんに内緒でこっそり遠出をするのが趣味みたいね」
「……いや、それはその、散歩の途中でたまたま……」
「いいのよ。あなたが守りたかった世界が、今日も平和だって確認しに行ってるんでしょう? 私は、そんなあなたを誇りに思ってるわ」
マリナはリアンの手をそっと握った。
その手には、確かな体温と、生きている実体があった。
世界からの認識を捧げた代償は、いまだに完全には解けていない。彼が街を歩けば、人々は彼を「見たことのない他人」として扱う。彼と親しく話したとしても、翌日にはその顔を忘れてしまう。
けれど、マリナだけは。
そしてアルトだけは。
彼が支払った代償の重さを、その痛みと共に分かち合い、彼を「リアン」と呼び続けている。
「……明日も、いい風が吹きそうだ」
リアンが窓の外を見つめる。
そこには、自分たちが命懸けで繋ぎ止めた、不完全で、騒がしくて、愛おしい明日が広がっていた。
5.
夜、リアンは一人、庭に出て夜空を見上げていた。
手元には、一張の古びた木の弓がある。魔導具でも、伝説の武器でもない。彼がかつて、最初に弓を学んだ時に使っていたような、何の変哲もない練習用の弓だ。
彼は矢を番えず、ただ弦を静かに引き絞った。
もはや、射抜くべき敵はいない。証明すべき最強もない。
ビィィィィィン……
弦を放した瞬間に響いた音は、銀色の月光に溶け、アストリアの森へ、そして王都の空へと広がっていった。
それは、彼が世界に遺した「愛」の残響。
弓術士は、かつて最弱だった。
嘲笑われ、蔑まれ、日の当たらない場所で爪を研ぎ続けた。
だが一人の男が、その理不尽を射抜いた。
全距離を支配し、神の理さえも書き換え、最後には己を消してまで愛する人を守り抜いた。
その意志は、今やアルトの手によって新しい世代へと受け継がれ、弓術士は「未来を切り拓く者」の象徴へと変わった。
リアンは、空を横切る流れ星を目で追った。
それは、彼がかつて放った一矢のように、どこまでも遠く、彼方へと続いていく。
「……さて。明日は、アルトのところに新しい門下生が来るんだったか」
リアンは微笑み、弓を置いた。
彼の名前は、歴史には残らない。
けれど、誰かが窮地に陥ったとき、ふと耳にする「弦の音」のなかに、彼は永遠に生き続ける。
不完全な世界を、不完全なまま愛し続ける。
最強の名を捨てた「名もなき英雄」の物語は、いま、真の安らぎと共に幕を閉じた。
空を裂いて、明日へと続く一矢は、今もどこかで、誰かの希望を射抜いている。
(完)
王都ヴェリタスが黄金の凍結から解き放たれ、世界がふたたび「不確かな明日」へと歩み出してから、五年の月日が流れた。
復興を遂げた王都の酒場では、近頃ある奇妙な噂が、冒険者たちの間でまことしやかに囁かれている。
それは、絶体絶命の窮地に陥った際、どこからともなく飛来する「正体不明の一矢」の伝説だ。
「ああ、俺も救われたよ。ワイバーンの群れに囲まれて、もうダメだと思った瞬間、風を切り裂く音が聞こえてな。気づいたら、ボスの眉間に見たこともないほど精密な矢が突き刺さってた」
「俺の時は、矢さえ見えなかった。ただ、澄んだ弦の音(ね)が響いた瞬間に、魔物の動きが止まったんだ」
語る者たちは誰も、その射手の正体を知らない。
記念碑に刻まれた英雄たちの誰とも特徴が一致せず、ギルドの登録名簿にもそんな凄腕の名前は載っていない。ただ、その矢には一切の殺意がなく、代わりに放たれた場所から守るべき者への「慈愛」が感じられるという。
人々はいつしか、その姿なき恩人を、敬意と親しみを込めてこう呼ぶようになった。
――『風の射手』。
世界は「リアン・アークライト」という名前を忘れたままだったが、彼が遺した「全距離支配」という概念は、名前を失ったまま一つの「現象」として、人々の希望のなかに息づいていた。
2.
辺境の街アストリア。
夕暮れ時、街外れにある道場からは、威勢の良い掛け声と、絶え間なく続く弦音が響いていた。
かつてリアンの叔父アルスが守り、リアンが最強を証明したその場所は、いまや二十歳となったアルトが師範代を務める、大陸随一の弓術道場となっていた。
「……脇が甘い。風を力でねじ伏せようとするな。風の流れを、自分の血流の一部だと錯覚するまで集中しろ!」
鋭い叱咤。かつての弱々しかった少年は、いまや精悍な顔立ちの青年へと成長していた。
アルトの腰には、あの日玉座の間に残されていた名弓『ストーム・ウィスパー』が誇らしげに輝いている。だが、アルトが真に継承したのはその物理的な弓ではなく、師匠が命を懸けて体現した「不条理を射抜く意志」だった。
「アルト先生! 今日の僕の射撃、どうでしたか!」
十歳ほどの少年が、頬を紅潮させて駆け寄ってくる。
アルトはふっと表情を和らげ、少年の頭を大きな手で撫でた。
「筋は悪くない。だが、お前は少し『正解』を求めすぎている。弓は計算機じゃないんだ。最後は、お前の魂が『そこにあるべきだ』と信じた場所に飛んでいく」
「魂が信じた場所……。あ、またその教えだ。それって、先生の先生が言ってたことなんですよね?」
「ああ。僕に弓の本当の恐ろしさと、美しさを教えてくれた……世界で一番わがままで、一番強い人の言葉だ」
アルトは空を見上げた。茜色に染まる空の彼方から、微かな「風の音」が聞こえた気がした。
門下生たちを解散させ、一人で道場の整理をしていたアルトの背後に、足音もなく一人の男が立った。
3.
「……相変わらず、教え方が下手だな、アルト」
聞き慣れた、けれど世界中の誰の記憶にも残っていないはずの声。
アルトは驚くこともなく、片付けの手を止めずに苦笑いを浮かべた。
「放っておいてください。僕なりに、先生のめちゃくちゃな理論を言語化しようと努力してる最中なんですから」
アルトが振り返ると、そこにはフードを深く被った男が立っていた。
五年という歳月は、その青年の瞳にさらなる深淵と、それ以上の穏やかさを与えていた。
リアン――いや、もはや名前を呼ぶ者は一人しかいないが、彼はかつての殺伐とした空気を感じさせない、一人の旅人のような佇まいでそこにいた。
「どうしたんですか、今日は。マリナさんに内緒でまた『巡回』ですか?」
「巡回なんて大層なもんじゃない。ただ、風の調子が良かったからな。ついでに弟子の不甲斐ない面を拝みに来ただけだ」
リアンはフードを脱ぎ、道場の壁に飾られたストーム・ウィスパーにそっと触れた。
彼が「世界再定義」の対価として失った全能の力は、完全には戻っていない。今の彼は、全盛期のような神がかり的な演算も、因果を固定する権能も持たない。だが、代わりに見出した『魂眼』は、かつてよりもずっと鮮明に、世界の美しさを捉えていた。
「アルト、一本、引いてみろ」
リアンが、道場の隅にあった練習用の木弓を拾い上げ、アルトに手渡した。
二人は並んで的に向かう。
「先生、今の僕を侮らないでくださいよ。魔力ゼロの僕が編み出した『虚無の連射』、まだ見せてませんでしたよね」
「ほう、見せてみろ」
二人が同時に弓を引き絞る。
放たれた二本の矢。
アルトの矢は、魔力の抵抗を一切受けない絶対的な直進性で的の中心を粉砕した。
対してリアンの矢は、放たれた瞬間に空気に溶けるように揺らぎ、次の瞬間には的の背後にまで到達していた。
「……へっ、やっぱり勝てないな。物理法則を無視するのは、僕の専売特許だと思ってたのに」
「俺のは無視じゃない。風に、お願いしただけだ」
リアンは満足げに笑い、アルトの肩を叩いた。
「いい弓だった、アルト。……俺が教えることは、もう何もない」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。……先生が世界から忘れられても、僕だけは覚えてる。僕が死ぬまで、先生の技術は『存在しないもの』にはさせません」
弟子の力強い言葉に、リアンは一瞬だけ目を見開き、そして照れ隠しのようにフードを深く被り直した。
「……器用になったもんだ。じゃあな、アルト。マリナが夕飯を作って待ってる」
「はい。マリナさんに、僕が今度美味い酒を持っていくって伝えておいてください!」
風のような足取りで、リアンは道場を後にした。
アルトはその背中が見えなくなるまで、深く、深く頭を下げ続けた。
4.
アストリアの街外れ、かつて叔父アルスがひっそりと暮らしていた小さな家。
今はそこに、二人の男女が住んでいる。
庭では、色とりどりの薬草が風に揺れ、手入れの行き届いた家庭菜園が豊かな実りを見せていた。
玄関の扉を開けると、温かなスープの香りと、懐かしい歌声が聞こえてくる。
「ただいま、マリナさん」
「おかえりなさい、リアンさん。今日は少し遅かったわね。またアルト君のところ?」
台所から顔を出したマリナは、五年前よりもずっと活き活きとした表情をしていた。
彼女の身体から聖痕は消え、黄金の魔力に怯える必要もなくなった。今は街の診療所で、人々を癒す普通の治癒師として働いている。
「ああ。あいつ、少しはマシな教え方をするようになったよ」
「ふふ、自分にそっくりだって言いたいのね?」
マリナはリアンの上着を受け取り、甲斐甲斐しく立ち働く。
リアンは、テーブルの上に置かれた二つのスープ皿と、焼き立てのパンを見つめた。
かつて最強を目指し、全距離を支配しようとした彼が、最後に辿り着いたのは、この数歩の距離にある幸せだった。
「……マリナさん。今日は街で、変な噂を聞いたよ」
食卓を囲みながら、リアンが切り出した。
「『風の射手』が、またどこかの冒険者を助けたってさ」
マリナはスープを口に運び、いたずらっぽく笑った。
「あら、それは大変。その射手さん、奥さんに内緒でこっそり遠出をするのが趣味みたいね」
「……いや、それはその、散歩の途中でたまたま……」
「いいのよ。あなたが守りたかった世界が、今日も平和だって確認しに行ってるんでしょう? 私は、そんなあなたを誇りに思ってるわ」
マリナはリアンの手をそっと握った。
その手には、確かな体温と、生きている実体があった。
世界からの認識を捧げた代償は、いまだに完全には解けていない。彼が街を歩けば、人々は彼を「見たことのない他人」として扱う。彼と親しく話したとしても、翌日にはその顔を忘れてしまう。
けれど、マリナだけは。
そしてアルトだけは。
彼が支払った代償の重さを、その痛みと共に分かち合い、彼を「リアン」と呼び続けている。
「……明日も、いい風が吹きそうだ」
リアンが窓の外を見つめる。
そこには、自分たちが命懸けで繋ぎ止めた、不完全で、騒がしくて、愛おしい明日が広がっていた。
5.
夜、リアンは一人、庭に出て夜空を見上げていた。
手元には、一張の古びた木の弓がある。魔導具でも、伝説の武器でもない。彼がかつて、最初に弓を学んだ時に使っていたような、何の変哲もない練習用の弓だ。
彼は矢を番えず、ただ弦を静かに引き絞った。
もはや、射抜くべき敵はいない。証明すべき最強もない。
ビィィィィィン……
弦を放した瞬間に響いた音は、銀色の月光に溶け、アストリアの森へ、そして王都の空へと広がっていった。
それは、彼が世界に遺した「愛」の残響。
弓術士は、かつて最弱だった。
嘲笑われ、蔑まれ、日の当たらない場所で爪を研ぎ続けた。
だが一人の男が、その理不尽を射抜いた。
全距離を支配し、神の理さえも書き換え、最後には己を消してまで愛する人を守り抜いた。
その意志は、今やアルトの手によって新しい世代へと受け継がれ、弓術士は「未来を切り拓く者」の象徴へと変わった。
リアンは、空を横切る流れ星を目で追った。
それは、彼がかつて放った一矢のように、どこまでも遠く、彼方へと続いていく。
「……さて。明日は、アルトのところに新しい門下生が来るんだったか」
リアンは微笑み、弓を置いた。
彼の名前は、歴史には残らない。
けれど、誰かが窮地に陥ったとき、ふと耳にする「弦の音」のなかに、彼は永遠に生き続ける。
不完全な世界を、不完全なまま愛し続ける。
最強の名を捨てた「名もなき英雄」の物語は、いま、真の安らぎと共に幕を閉じた。
空を裂いて、明日へと続く一矢は、今もどこかで、誰かの希望を射抜いている。
(完)
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