最弱弓術士、全距離支配で最強へ

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欠落の英雄と黄金の残滓 — 剛剣士シグルドの追憶戦記 —

第1話:空白の叙事詩

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 王都ヴェリタスの中央広場は、熱狂の渦の中にあった。 雲一つない蒼穹に、凱歌の調べが響き渡る。五年前、世界を滅ぼさんとした黄金の厄災――『レテ・コア』との大戦が終結した日を祝う復興記念祭。五年の月日は街を美しく再生させ、人々の顔からは恐怖の影が消え去っていた。

「……我らが誇り、王都騎士団元団長。世界を救いし最強の騎士、シグルド・バルムンク殿に、今一度盛大な拍手を!」

 司会者の高らかな宣言と共に、地を揺らすような喝采が沸き起こる。壇上に立つシグルドは、陽光に輝く銀の勲章を胸に、静かに市民へと一礼した。 

 身長二メートルに近い偉躯、岩を削り出したような精悍な顔立ち、そして背に負った大剣『グラディウス』。その姿は、市民にとって「不変の勝利」の象徴そのものだった。

 だが、シグルドの心の内は、この晴れ舞台とは裏腹に、底冷えのするような空虚感に支配されていた。

(……最強の騎士、か。笑わせるな)

 シグルドは、広場の中央に新設された巨大な復興記念レリーフに目を向けた。

 そこには、大戦の決戦場にて、純白の機械騎士『裁定者プライム』をシグルドが一刀両断する姿が、見事な彫刻で再現されている。 歴史の教科書にも、叙事詩にも、そう記されている。 ――剛剣士シグルドが、孤軍奮闘の末に敵を討ち、世界を救ったのだと。

 しかし、シグルドが自らの掌を見つめるたび、その「正解」は砂のように崩れ落ちる。

 彼の記憶にある『プライム』の最期は、もっと別の、奇妙なものだった。

(俺の剣が届く直前、奴の胸元には、無数の「針のような傷跡」があったはずだ。俺の重い剣では決して作れない、極限まで精密な、一点集中の貫通痕が。……あれは、誰が穿ったものだ?)

 式典の喧騒が遠のいていく。 

 シグルドが感じる違和感は、単なる度忘れではない。自分という存在が、誰かの功績を横取りし、それを世界ごと隠蔽しているのではないかという、悍ましいまでの「欠落感」だった。

「シグルド、顔色が悪いぞ。また大戦の古傷が痛むのか?」

 壇上を降りたシグルドに声をかけてきたのは、かつての戦友であり、現在は復興局の要職に就いているカイルだった。カイルの胸にも同じ勲章が輝いている。

「……カイル。お前に聞きたいことがある」 

「なんだよ、改まって」

 シグルドは、広場の喧騒から少し離れた回廊の影で、声を潜めて切り出した。 

「あの大戦の最後……玉座の間で、俺たちの側に『弓』を使っていた奴はいなかったか?」

 カイルは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。 

「弓? 何を言ってるんだ。狙撃班なら後方にいたが、あんな地獄のような最前線に、弓一本で立っていられる奴なんていないだろ。重装歩兵でも一瞬で溶ける場所だぞ」

「そう、だよな。だが……俺はどうしても思い出せん。俺が踏み込む隙間を作ってくれた、あの『風の音』が誰のものだったのかを」

 カイルは、シグルドの肩を強く叩き、苦笑いを浮かべた。 

「疲れてるんだよ。シグルド、お前はあの日、一人で戦場を支配してた。俺は後ろでそれを見てて、本気で化け物だと思ったんだからな。……英雄ってのは、孤独なもんだ。無理に相棒を探す必要なんてないさ」

 カイルの瞳に、嘘を吐いている気配はない。彼は心底、シグルドが単独で世界を救ったと信じている。 

 それが、この世界の「仕様」なのだ。 

 シグルドは自分の頭を強く振った。脳が事実を拒絶しているのか、それとも世界そのものが自分を騙しているのか。その判別さえ、今の彼にはつかなかった。

 その夜、シグルドは王都の最下層区にある「結晶化区域」の調査任務に就いていた。

 五年前の『レテ・コア』による汚染が最も激しかったこの場所は、今も不気味な黄金の結晶が地面や壁にこびりつき、復興の手が及んでいない。

「顧問、本日の定時連絡です。北側第三区画、異常なし」

 部下たちの報告を背に、シグルドは松明の明かりで黄金の壁を照らしながら歩く。 

 この場所に来ると、彼の「欠落感」はより一層激しくなる。かつてここで、誰かと背中を預け合い、冗談を言い合いながら魔物の群れを潜り抜けたような、そんな温かな感触が、結晶の冷たさに触れるたびに応えてくるのだ。

「……誰だ。誰なんだ」

 呟きは、不気味な静寂に吸い込まれる。 

 その時だった。

 ――ギギッ、ギギギギギギッ!!

 空間がガラスを割ったような音を立てて歪み、路地の奥から「黄金の怪物」が這い出してきた。 

 大戦の際に世界を埋め尽くした『黄金の騎士』のなり損ない。世界の修復から漏れた「バグ」の残滓。 

 それは無機質な瞳でシグルドを捉えると、結晶化した大鎌を振り上げ、目にも止まらぬ速さで襲いかかってきた。

「総員、退け! これは貴様たちの手に負える相手ではない!」

 シグルドは叫びながら、背の大剣『グラディウス』を抜き放った。 

 鉄の塊のような重量を持つ剣が、夜の闇を裂く。

 ガキィィィィィィン!!

 シグルドの剛腕が放つ一撃は、怪物の大鎌を正面から受け止め、そのまま力任せに押し返した。五年前よりも、シグルドの力は増している。まるで、誰かの分の筋力まで自分の肉体に上書きされたかのような、過剰な力。

「……フンッ!」

 シグルドが剣を横に薙ぐ。怪物の胴体が半分ほど砕けるが、黄金の魔力は瞬時に結晶を再構成し、傷口を塞いでいく。 

「不自然な再生能力か。ならば、核ごと粉砕するまで!」

 シグルドが追撃のために踏み込もうとした、その瞬間だった。

(……!?)

 脳裏に、鋭い「弦の音(ね)」が響いた。 ――ビィンッ!

 シグルドの身体が、本人の意思とは無関係に、左へ三歩、踊るようにスライドした。 

 理屈ではない。まるで、そうしなければ「誰かの射線」を遮ってしまうと、肉体が反射的に判断したかのような動き。

 そして、シグルドは視た。 

 怪物の黄金の甲冑、その首筋の継ぎ目が、一瞬だけ、何かに弾かれるように開いたのを。

「そこかぁぁぁぁっ!!」

 シグルドは、自分が本来狙おうとしていた眉間ではなく、無意識にその「小さな隙間」へと剣先を突き立てた。 重い剣が、針を通すような精密さで怪物の核心(コア)を貫通する。

 パリンッ……!!

 黄金の怪物は絶叫を上げることなく、砂となって崩れ去った。

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 静まり返った路地裏。

 シグルドは、自分の剣を握る手を見つめていた。 

 今の動きは、何だ。 俺は、誰の援護(フォロー)に合わせて動いた? なぜ、あのタイミングで敵の装甲が開くことを「知って」いた?

「顧問、ご無事ですか!?」

 駆け寄る部下たちの声を、シグルドは制した。 

 彼の視線は、怪物が霧散した跡の瓦礫の山に釘付けになっていた。

 シグルドは、瓦礫の山に手を突っ込み、その「異物」を拾い上げた。 

 黄金の結晶が、宝石の原石のように包み込んでいるそれは、本来、この王都騎士団の装備には存在し得ないものだった。

「……これは……」

 結晶を指先で割ると、中から現れたのは、折れた一本の「木製の矢」だった。 

 王都の正規狙撃班が使うような、重厚な鉄の鏃も、華美な羽飾りもない。 

 どこにでもある丈夫な木を、極限まで実用的に、丹念に削り出した、無骨な一矢。 

 だが、その表面には、持ち主が何万回と触れたであろう、不思議な温もりが宿っていた。

 シグルドがその矢に触れた瞬間、脳内を凄まじい閃光が駆け抜けた。

(『――俺の背中は、お前に任せる』)

 誰かの声。 

 低くて、少し冷たいようで、けれど心底信頼しきった、あの男の声。 

 シグルドの視界が歪む。 目の前に、自分よりも少し細身の、黒い服を着た男の背中が見えた気がした。 

 彼は振り返らない。

 ただ、弦を鳴らし、風を操り、シグルドに「最強」であるための全ての道を切り拓いていた。

「……ぁ……ああぁぁ……!!」

 シグルドの目から、大粒の涙が溢れ出した。 

 理由がわからない。悲しいのか、嬉しいのか、それとも悔しいのか。 

 ただ、胸が張り裂けそうなほどの喪失感が、彼を支配した。

「顧問!? どうされたのですか、急に……!」

「……なんでも、ない」

 シグルドは荒々しく涙を拭い、折れた矢を、誰にも見られないように懐の奥深くへと隠した。 

 世界がこの矢を「ゴミ」として処理しようとしたのなら。 世界が、あの背中の男を「なかったこと」にしたのなら。

(俺だけは、認めない。この剣が、この身体が、あいつを覚えている)

 シグルドは立ち上がり、黄金の月を見上げた。 

 王都の再建という輝かしい物語の裏側で、世界という巨大なシステムが、一人の英雄を「バグ」として消去した。 その理不尽を、今度は自分が切り裂く番だ。

「……カイルに伝えろ。一週間の休暇をもらう。……命令ではない、私個人の我儘だ」

「は、はい? しかし、どちらへ……?」

 シグルドは、松明の明かりを消した。 

 脳裏をよぎる一つの光景。 あの大戦が始まる前。俺たちがまだ、ただの未熟な冒険者として笑い合っていた、あの懐かしい街。

「アストリア……。あそこに、俺の『魂』が置き去りにされている気がするんだ」

 英雄シグルドは、凱歌の響く王都に背を向けた。 

 懐にある一本の折れた矢。

 それが示す「正解」を求めて。

 剛剣士シグルドの、世界への反逆が、ここから始まる。
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