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第二章:帝国の滅亡
十六.五話:ディモズ・ガーレン・パルタクス
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「つまらぬ」
「はっ、なにか?」
あっさりと大勢が決し、内よりほころび出た倦厭が言葉となって口をついて出る。
「……よい。被害は?」
「現在のところ一般歩兵、死者十六、負傷百二十。重騎兵、死者無し、負傷六。魔術兵、死者無し、負傷十五となっております」
「多いな」
「避難所と思しき一画にていまだ交戦中との報もあり、想定していたものより激しい抵抗にあっているようでございます」
「……で、あるか」
グステン攻略のついでという名目で、以前より国難の恐れ有りとして禁忌とされてきたエルフの村を攻め滅ぼすべく兵三千を率いて来てみれば、何のことは無い、結局待っていたのはいつもの戦などと呼べぬ一方的な蹂躙だった。
「ならば余も出る」
「お恐れながら、陛下の御身を煩わせるほどのことでは――」
「ほう、意見するか」
「め、滅相もございません! 失言でございました。お許しを……」
だが、いくらつまらぬ戦とはいえ、我が友、神剣グリフェルにも空気くらいは感じさせてやりたい。
こんな戦場の端で高みの見物などしていては、技も剣も錆びついてしまうというものだ。
「転移の用意が整いました」
椅子から立ち上がり、魔術円の上へ立つ――と、転移先では重騎兵長らが何やら相談をしていた。
「おお、これは陛下」
「戦地ゆえ跪かなくともよい」
こちらに気が付いた者が次々に平服し始めたため、たしなめる。
「状況を報告せよ」
「はっ、現在村の長と思われる女エルフと、他にも高位の魔術を扱う女エルフが数名、避難所と思しき広場の入り口に結界を張ってたてこもっており、魔術兵たちが結界の無効化を試行中です」
「ふむ」
「しかし、その……申し上げにくいのですが、彼奴ら、かなり手ごわく……こちらの間隙を縫って攻撃してきてはすぐに新しい結界を張られてしまい、攻めあぐねております」
我が帝国バルギスの兵は、オールタニアの武神トルキダス率いる重騎兵ほどではないにしろ、精強で誉れ高い。それをここまで窮するほど寄せ付けぬとは――
「面白そうだ。余に掃滅させろ」
「ははっ、案内させていただきます」
入り口の結界越しに広場を見ると、枝や葉が密集して巨大な屋根のように天井を覆いつくしている不可思議な空間の中央、小高く盛り上がった丘のような場所に――それは居た。
「ほぅ……」
数人のエルフが守るように囲う、ひときわ強い魔力の波動を放つ女が二人……片方は長として、もう片方は何奴か。
久しく忘れていた闘争の欲求に駆られ、グリフェルの柄に手をかける。
「ぬんっ」
一息に抜き、抜いた勢いそのままに結界を切り裂き、広場へと踏み込む。
背後から雪崩のごとく配下が押し入ってくるが、遠巻きにこちらを見ているだけで手出しはしない。
これもギリゴスモによる日頃の教育の賜物か。
「フッ、さて……エルフの長よ」
中央の丘まではまだ大分離れているが、あの無駄に長い耳ならば聞こえるだろうと話しかけてみる。
「この村は完全に余の手に落ちた。諦めて隷属するならば兵を引いても良いぞ?」
パキキッパキィッ
言い終わると同時に鋭く尖った氷槍が三本飛来してきて、二本は鎧に当たり、一本は剣で防いだことで砕け散る。
さすがは知に長けるエルフ。余の提案に対する非常に分かり易い返答だ。
「ボクのことはいいのでみんなと一緒に逃げてくださいませんか、姉さん」
「拒否、セルフィは最後までファフミルと一緒にいる」
「そうですか、分かりました」
こちらを無視して何やら相談をしている二人のエルフに、もう一度、最後の慈悲を与える。
「余は、我が精兵にここまで抗した貴様らを評価している。隷属といっても、長とその身内には帝国の国民権を与えても良いと考えておる……このまま余に掃滅されるよりも良いと思わないか?」
「申し訳ありません姉さん、お元気で」
「不明、説明を求める……ファフミル?」
我の慈悲に対する回答かと思ったのも束の間、突然、長が巨大な転移円を丘の上に展開させ、自分以外の全員を転移させようとしているのに気付く。
やらせん――
「残念だったな」
「っ!?」
「ウゥッ」
他は逃がしたが、長と特別親しそうに話していたエルフの首を掴んで捕獲することには成功した。
「こうなっては交渉のしようもないな」
「ね、姉さんから手を放しなさい……っ!」
先ほどの転移円で魔力を使い果たした様子の長が腕にまとわりついてくるも、その膂力は人間の女とそう差異が無く、余の動作には何の影響も与えてこない。
やはり、つまらぬか……。
せめて兵の士気向上に利用できるかと、絞め殺すために指に力を込めていく――
「ぐぁっ」
「ギャアアア!」
「ヒィィ!」
と、広場の入り口付近が突然騒がしくなったことに気付いて視線を送ると、全身を紅に染め、ドス黒く――それでいて憂いを感じさせる異質な雰囲気を放つ男が一人、こちらへと向かってきていた。
あの緩急のついた独特な動き……何か特別な訓練を受けた傭兵、いや冒険者か……?
「フハハハ」
笑っている。
余はいま、確かに笑っている。
「フハハハハハッ! ハーッハハハハハハハ!!」
久方ぶりに現れた、余を愉しませることができるかもしれない存在に対する――これは歓喜。
こんなエルフにかかずらわっている場合ではない!
間違いない……間違いなくアレは面白い存在だ!
「フハハハハハハ――ハァッ!」
喜び勇んで跳躍しながらグリフェルを抜き、着地間際に全力で振り下ろす――
「ハッ……?」
信じられぬことに、腕で……生身の腕でグリフェルによる渾身の一撃を受け止められてしまった。
「……余の神剣グリフェルによる一撃を受けて飛ばぬとは、ふざけた腕だな」
男は痛みを感じていないのか、傷口を押さえることも庇う様子もなく自分の腕を一瞥する。
さらに、自分の腕に斬りこんだ相手にさえさほど興味が無さそうな様子のまま、驚愕の一言で余を迎え入れた。
「死ね」
――今日は恐らく、余の生で最も幸福な日になるだろう。
闘争の中で生まれ、闘争の中で育ち、そして闘争の中で死んでいくことこそ我が望み。
余はディモズ……。
バルギス皇帝、ディモズ・ガーレン・パルタクスなり!
「はっ、なにか?」
あっさりと大勢が決し、内よりほころび出た倦厭が言葉となって口をついて出る。
「……よい。被害は?」
「現在のところ一般歩兵、死者十六、負傷百二十。重騎兵、死者無し、負傷六。魔術兵、死者無し、負傷十五となっております」
「多いな」
「避難所と思しき一画にていまだ交戦中との報もあり、想定していたものより激しい抵抗にあっているようでございます」
「……で、あるか」
グステン攻略のついでという名目で、以前より国難の恐れ有りとして禁忌とされてきたエルフの村を攻め滅ぼすべく兵三千を率いて来てみれば、何のことは無い、結局待っていたのはいつもの戦などと呼べぬ一方的な蹂躙だった。
「ならば余も出る」
「お恐れながら、陛下の御身を煩わせるほどのことでは――」
「ほう、意見するか」
「め、滅相もございません! 失言でございました。お許しを……」
だが、いくらつまらぬ戦とはいえ、我が友、神剣グリフェルにも空気くらいは感じさせてやりたい。
こんな戦場の端で高みの見物などしていては、技も剣も錆びついてしまうというものだ。
「転移の用意が整いました」
椅子から立ち上がり、魔術円の上へ立つ――と、転移先では重騎兵長らが何やら相談をしていた。
「おお、これは陛下」
「戦地ゆえ跪かなくともよい」
こちらに気が付いた者が次々に平服し始めたため、たしなめる。
「状況を報告せよ」
「はっ、現在村の長と思われる女エルフと、他にも高位の魔術を扱う女エルフが数名、避難所と思しき広場の入り口に結界を張ってたてこもっており、魔術兵たちが結界の無効化を試行中です」
「ふむ」
「しかし、その……申し上げにくいのですが、彼奴ら、かなり手ごわく……こちらの間隙を縫って攻撃してきてはすぐに新しい結界を張られてしまい、攻めあぐねております」
我が帝国バルギスの兵は、オールタニアの武神トルキダス率いる重騎兵ほどではないにしろ、精強で誉れ高い。それをここまで窮するほど寄せ付けぬとは――
「面白そうだ。余に掃滅させろ」
「ははっ、案内させていただきます」
入り口の結界越しに広場を見ると、枝や葉が密集して巨大な屋根のように天井を覆いつくしている不可思議な空間の中央、小高く盛り上がった丘のような場所に――それは居た。
「ほぅ……」
数人のエルフが守るように囲う、ひときわ強い魔力の波動を放つ女が二人……片方は長として、もう片方は何奴か。
久しく忘れていた闘争の欲求に駆られ、グリフェルの柄に手をかける。
「ぬんっ」
一息に抜き、抜いた勢いそのままに結界を切り裂き、広場へと踏み込む。
背後から雪崩のごとく配下が押し入ってくるが、遠巻きにこちらを見ているだけで手出しはしない。
これもギリゴスモによる日頃の教育の賜物か。
「フッ、さて……エルフの長よ」
中央の丘まではまだ大分離れているが、あの無駄に長い耳ならば聞こえるだろうと話しかけてみる。
「この村は完全に余の手に落ちた。諦めて隷属するならば兵を引いても良いぞ?」
パキキッパキィッ
言い終わると同時に鋭く尖った氷槍が三本飛来してきて、二本は鎧に当たり、一本は剣で防いだことで砕け散る。
さすがは知に長けるエルフ。余の提案に対する非常に分かり易い返答だ。
「ボクのことはいいのでみんなと一緒に逃げてくださいませんか、姉さん」
「拒否、セルフィは最後までファフミルと一緒にいる」
「そうですか、分かりました」
こちらを無視して何やら相談をしている二人のエルフに、もう一度、最後の慈悲を与える。
「余は、我が精兵にここまで抗した貴様らを評価している。隷属といっても、長とその身内には帝国の国民権を与えても良いと考えておる……このまま余に掃滅されるよりも良いと思わないか?」
「申し訳ありません姉さん、お元気で」
「不明、説明を求める……ファフミル?」
我の慈悲に対する回答かと思ったのも束の間、突然、長が巨大な転移円を丘の上に展開させ、自分以外の全員を転移させようとしているのに気付く。
やらせん――
「残念だったな」
「っ!?」
「ウゥッ」
他は逃がしたが、長と特別親しそうに話していたエルフの首を掴んで捕獲することには成功した。
「こうなっては交渉のしようもないな」
「ね、姉さんから手を放しなさい……っ!」
先ほどの転移円で魔力を使い果たした様子の長が腕にまとわりついてくるも、その膂力は人間の女とそう差異が無く、余の動作には何の影響も与えてこない。
やはり、つまらぬか……。
せめて兵の士気向上に利用できるかと、絞め殺すために指に力を込めていく――
「ぐぁっ」
「ギャアアア!」
「ヒィィ!」
と、広場の入り口付近が突然騒がしくなったことに気付いて視線を送ると、全身を紅に染め、ドス黒く――それでいて憂いを感じさせる異質な雰囲気を放つ男が一人、こちらへと向かってきていた。
あの緩急のついた独特な動き……何か特別な訓練を受けた傭兵、いや冒険者か……?
「フハハハ」
笑っている。
余はいま、確かに笑っている。
「フハハハハハッ! ハーッハハハハハハハ!!」
久方ぶりに現れた、余を愉しませることができるかもしれない存在に対する――これは歓喜。
こんなエルフにかかずらわっている場合ではない!
間違いない……間違いなくアレは面白い存在だ!
「フハハハハハハ――ハァッ!」
喜び勇んで跳躍しながらグリフェルを抜き、着地間際に全力で振り下ろす――
「ハッ……?」
信じられぬことに、腕で……生身の腕でグリフェルによる渾身の一撃を受け止められてしまった。
「……余の神剣グリフェルによる一撃を受けて飛ばぬとは、ふざけた腕だな」
男は痛みを感じていないのか、傷口を押さえることも庇う様子もなく自分の腕を一瞥する。
さらに、自分の腕に斬りこんだ相手にさえさほど興味が無さそうな様子のまま、驚愕の一言で余を迎え入れた。
「死ね」
――今日は恐らく、余の生で最も幸福な日になるだろう。
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