殉剣の焔

みゃー

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抱擁

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春陽は、二人の距離が近すぎて間合いを取ろうと後ろへ少し下がろうとする。


すると、朝霧の手が春陽の右腕をぐっと掴み、それを許さなかっ
た。


その力は、決して逃さない…と言っている様に強い。


「どこにも…行かない…ただ…風に当たりたかっただけだ…」


春陽が自分より背の高い朝霧を真っ直ぐ見上げて呟く。


しかし、朝霧は黙ったままで、その春陽を凝視する瞳は疑心に満ち満ちていた。


あの、町での一件がある。


仕方無い事だと、春陽は罰を受ける気持ちで、顔を逸らせたい気持ちを押し殺して甘んじてそれを暫く受け止める。


「ハル…話しがある…」


やがて朝霧が、一瞬も春陽から視線を逸らさないまま呟いた。


本当なら春陽は、上手く誤魔化してこの場から早く去った方が良かったのかもしれない…


でももう、再び朝霧と平穏に喋るように持って行く最後の機会かもしれない。


そして何より、猛獣に追い詰められた獲物のようにその場を動けなくなり、黙って首を縦にゆっくり振る。


それを見た朝霧は、春陽が逃げないかと警戒しながら慎重に腕から手を離し、自分の燭台の火を渡り廊下の屋根に吊るされた灯籠に移した。


そして、その燭台と春陽の持つ手燭の火を消し二つ共に床に置い
た。


「ハル…何があった?」


硬直する春陽の腕を再び引っ張っり、朝霧が尋ねた。


二人の距離がさっきよりぐっと近くなる。


「お前はもう、観月家を出て行く人間だ。早馬の内容は…」


春陽は続けて、「言えない…」と言おうとしたが…


「それは、分かっている。だから聞きたいのはそれじゃない。それに俺が何よりお前に聞きたいのは…町へ行ってから、お前がおかしいと言う事だ。お前は俺に、俺に…何か隠してる…」


朝霧にはバレているだろうとは思っていたのにいざ言われてしまうと春陽は、動揺して脈を早めた。


「ハル…お前も、何故俺が怒っているか、ずっと分かっていたんだろう?」


そう言い上から目を細め見詰める朝霧から、春陽を責める気持ちだけで無く、いたわる様な気持ちが混在して春陽に見えた。


「ハル…お前、俺に何を隠して
る?」


朝霧のその言葉に表情に、ズキッと、春陽の胸の辺りに痛みが走
る。


だから、あれ程朝霧には嘘を通そうと決心したのにそれが又揺ら
ぎ、誤魔化しに使う言葉が喉に詰まる。


「それは…」


又二人、ほんの一瞬無言で見詰め合っていたが、突然、朝霧の両腕が春陽の体を抱き締めた。


「貴継?!」


春陽が動揺して驚き、声を出すと朝霧は、首を曲げ春陽の耳元で色艶のある低い声と熱い息で囁い
た。


「しっ…誰か来る。声をもう少し静かに。二人きりでいたい……」


離れの雨戸が閉まっているとは言え春頼の部屋が近い。


その上、春頼が春陽の事に過敏に反応する事を、朝霧は良く分かっている。


春陽はそっと頷き、朝霧の息の当たった耳朶の辺りが焼かれた様に熱くなったのを感じながら、更に脈拍を加速させた。


(男が男を…こんな風に抱き締める事は世間一般的に普通あるのだろうか?)


(でも、町でも、似た様な事があったから、幼馴染みへの親愛の示し方としてならあるのかも知れないか?)


と、ぐるぐる頭の中を巡らせながら。


そして、春陽の中に居ながら優の方も、その抱擁に頭の中を真っ白にさせ呆然としていた。


訳が分からないまま少しして、どうしていいか分からずに春陽が体をモゾっと動かす。


すると、更に咎めるように抱いてくる腕の力が強くなった。


春陽は自然と太い欄干に追い詰められ、尻の僅かな部分がそこに乗り上げた。


そこへ、自然と少し開いた春陽の両足の付け根の間に、朝霧がぐっと自身の下半身を押し込んでき
た。


そしてにわかに、互いの雄である証同士が袴越しに接した。


それがただの偶然だと思っていた春陽は、朝霧が自分の雄の証をぐっと更に春陽のそれに押し当ててきたので目を瞠る。


朝霧の雄がよく判断出来ないが固い様な気がして、慌てて何かの間違いだと…そう春陽は否定しようとしたが、次の瞬間遮られる。
 

「ハル…」


朝霧の声が、酷く切なそうにかすれて聞こえたから…


春陽は驚きから一転、不思議そうに抱かれたまま顔を上げる。


意識は既に、朝霧の下半身から完全にそちらの方向に移る。


すると、灯籠の光に照らされている朝霧の漆黒の瞳が美しく煌めきながら、春陽を見詰めていた。


不意に二人に、袖の羽風の様な優しい春の夜風が吹き、それに運ばれた幾つもの桜の花びらも周囲を切な気に舞う。


いつの間にか朝霧のその瞳から
は、さっきまでの疑念や苛立ちがすっかり消え去っていた。


ただそこに残っていたのは、どこまでも真剣な一途さだった。


春陽は、呆然とそれを見詰めた
が、やがてゆっくりと朝霧の顔が近づいて来た。


まるで、口付けを交わす恋人同士の様に二つの影がそっと重なっていく。


驚きながらも、この状況が一体どう言う事なのか分からないまま春陽は、ただ体を硬直させるしか出来なかったが…


「キャー!誰か!誰か!」


突然、夜闇に叫び声が響き渡っ
た。


春陽も朝霧もハっとなり抱き合ったまま顔を見合わす。


「はっ、母上の声だ!」


春陽は青ざめ朝霧から離れると、渡り廊下から駆け出し母の部屋のある母屋へ走り出した。


朝霧も灯りを持たず、春陽の後を追う。


真っ暗な廊下を春陽は、慌てる余り偽装を忘れ、まるで太陽がそこを照らしているかの様にスイスイと迷い一つ無く急ぐ。


やはりどんな暗闇の中でも、異様に人間離れしてしまった夜目が効いていたから。


だがそのいつもと違う様子に朝霧は、春陽の体に起きている異常をすかさず感じ取ってしまった。

























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