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出会い
しおりを挟む敬には、義理の兄から歓迎は絶対されないだろう予感はあった。
最初から、敬にも分かっていた。
母の内縁の夫が、突然血の繋がりなど無い敬に会社を継いでくれと懇願してきた事のあまりの異常さも知っている。
敬は勿論、最初は何度も何度も断った。
しかし、一度数年前ガンを患いあまり働けない母と、学校でのある出来事からどうしても高校を中退して安いフリーターであり続けないとならない敬と、甘えん坊で小さな妹の生活を支援してくれていたのは、間違いなく母の内縁の夫で、敬は断りきれず折れた。
ただ敬は引き受ける代わりに、母の内縁の夫に一つだけ条件を付けた。
それは、無論、敬は一生懸命勉強するつもりだが、敬に教育をして敬の婚約者を探してくれる義理の兄が、もし、敬には次期社長は無理だと言ったら、敬が次期社長になるのは諦めて欲しいと言う事だった。
母の内縁の夫は、渋々と言った様子で
了承してくれた。
義理の兄が敬をサポートするのは、今はまだ3月だが、今年の夏に大学入学資格を得られる高卒認定試験に合格して更に来春に大学にストレートで入るまでだ。
もし、来春大学に入れなければ、その先はどうするかまだ決まってない。
しかし、敬の予想だと、敬は次期社長失格の烙印を義兄から受けるだろう。
「…」
敬は、高級マンションのドアを開けた義理の兄の泰成が、敬と敬の妹の琴葉の顔を見て眉根を寄せ顔をしかめたのを見て、歓迎されないのは分かっていたはずだが思わず言葉を失った。
義理の兄がかなりの美形だとは知ってたが、その美形故に、静かに怒りと困惑を混ぜ合わせたその義兄の表情がかなり迫力があった。
むしろ、怒り散らしているより、こちらの方が恐怖を感じる。
「にいにぃ…」
泰成の形相を恐れ敬のお尻の後ろに隠れて敬のズボンの布をぎゅっとしていた琴葉が、敬を蚊の鳴くような声で呼んだ。
敬は、自分の後ろに腕をやり、琴葉の頭を撫でてやって諭す。
「さぁ、ちゃんとこんにちはって挨拶して、琴葉」
しかし、琴葉は、無言で頭をブンブン振った。
敬は、ため息を隠して言った。
「すいません……まだ、小さいので、許してくだ…」
だが、敬がそう言い終わらないのに泰成が言葉を被せてきた。
「どう言う事ですか?」
「えっ?」
敬が戸惑うと、泰成は、怒りを抑えながら、それでもそれをしっかり内包した男の低音の色気のある声で尋ねた。
「あなた一人で来る約束でしたね?どうして妹さんまで連れて来たんですか?最初からお遊び気分ですか?」
敬は、泰成の怒りにも驚くが、何より、かなり年下の敬に対する泰成の敬語に絶句した。
しかし、敬は、泰成に逆ギレしなかった。
元々、敬は、自分の感情や要求を顔や口に出すのが本当に苦手だった。
そしてその上、それはここに来る3日前。
敬は母の内縁の夫に頼み込み、高層の本社ビルから次の仕事に向かう為に出で来て運転手付きの高級車に乗り込む泰成の一瞬の姿を、遠くのビルとビルの間から観察させてもらっていたから。
本当にただ一瞬見ただけだったが、黒の上質なスーツに身を包み颯爽と本社を秘書の男性と共に後にした泰成は、正に敬の憧れる成人男性像、将来、こんな男性になりたいと思うそのものだったから。
「すいません……母の体調が悪くて、どうしても琴葉を家に残せなくて。会長には
琴葉を連れて行っても良いと了承はもらってたんですが、聞いておられませんでしたか?」
(あの……クソオヤジ!)
泰成は、心の中で父を壮大になじった。
泰成に伝え忘れたのか?わざと言わなかったのか?かなりの確率で後者だと泰成は
踏んだ。
しかし、真実はもうどうでも良かった。
泰成が父親に聞いた所で本当の事を言うかは分からないし、もう出来るだけ父親とは話しをしたくなかった。
あの父親と話せは話すほど、泰成は今なんとか社会人としては自分を保っていたが今より人間としておかしくなりそうだった。
そう、泰成の実母が泰成が小さい頃に完全に壊れてしまったように。
ただこの世には、話しの全く通じ無い相手は沢山いるし、泰成の父親は泰成にとってその一人に過ぎないと言えばそうなのだが…
「ハァ…」
泰成は、額に手を当ていかにもイヤミたらしい小さなため息を着いた。
それを見て敬は、義理の兄が琴葉の事を
事前に聞いて無かった上に、敬も琴葉も本当にお呼びでは無いと実感した。
そして、敬は、琴葉の頭に再び手をやり優しく撫でて今にも泣きそうな琴葉を落ち着かせながら、下を向いて次に義兄に何を言うべきか考えた。
その中には、もうここで敬が琴葉の手を引いて静かに実家に帰る事も含まれている。
そこに、泰成は額に手を当てながら、そんな敬の表情をまだ見ていた。
さっき泰成が写真で見ただけの敬はただただ冷たそうでだだ無駄にキレイなだけの男に感じたが、今目の前にいる敬は、不安そうにしながらも何か純粋に一生懸命に見えた。
敬の真顔と少し表情があるだけとでこれだけ印象が違うのかと、泰成は少し内心驚く。
すると、泰成の心に、いつか遠い遠い昔感じた事のあるのと同じような感情が湧いた。
この感情が何なのか?泰成は、自分の遠い過去の記憶を乱暴に自分の頭でシャッフルしたが、そのお陰でやっと思い出した。
泰成が小学2年生の時、コンクリートの道端で、ビニール袋に入れられてギリギリ息が出来る状態で捨てられていたヘソの緒のまだ付いていた一匹の子犬を拾った時に感じたものとよく似ていた。
結局、これから泰成が大切にしようとしたその拾った子犬は、父親に乱暴に取り上げられて行方知れずになったけれど。
「ハァ……とにかく、2人共中に入って下さい……話はその後です…」
2人と言いながら泰成は、俯く敬だけに意識を集中して凝視しながら呟いた。
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