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呼ぶ声
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至は思わず立ち止まり、持っていた二つの仏花とお供えのお菓子を入れていた紙袋を地面に落とした。
葵に似た男は、表情を固くすると
その場で至に一礼し、背を向けて帰り始めた。
「葵!」
至は、思い切りその場で叫んだ。
会えなかった数年分の気持ちが、そこに凝縮されていた。
しかし男は、一度立ち止まりかけたが振り返りはせず、また早足で歩き出す。
至は、後を追いかけ一度走り出したが、落とした袋を取りに戻らないといけなかった。
そして、又男の後ろ姿を追おうと振り返る。
だが…その目を離した一瞬…
ツクツクボウシの声しかしない、人影一つ無い、並ぶ沢山の墓や寺の建物の間をどこをどう行ったのか?
男の姿はもう無かった。
「嘘だろ?葵…葵…」
それでも至は、墓や寺の回りを汗だくで探して回る。
「葵!葵!」
精一杯叫びながら。
だが、やはり居ない。
それでも諦め切れず、その姿を追いかけて、整備された山道を下り走り出した。
やがてゆうに、300メートルは行っただろう…
そこに…
「おーい!おーい!おーい!」
と、林の中から呼ぶ声がした。
明らかに男の声に、もしかして葵じゃないかと、その奥へと足を踏み入れた。
声は一度だけで、気の所為かも知れなかったが、どんどん躊躇わず昼間でも薄暗い中を進む。
だが、どんどん行っていると、突然、背後から右腕を取られた。
「えっ?」
至が振り返るとそこに、あの葵に似た男がいて、厳しい表情で至に言った。
「行ったらダメだ…」
「あれ?じゃあ、あれは、誰が呼んでんだ?誰か、助けを求めてんのか?」
至がそう言いながら、木々の奥を覗き込む。
「だから…行ったらダメだって!」
腕を握ったまま、男の表情が厳しくなる。
しかし、どんな表情をしても男は美しい。
至は一瞬見惚れたがハッとして、今度は自分の左腕で男の右腕を捕獲した。
「捕まえた!葵!お前、葵だろ?」
汗だくの笑顔で至が言うと、男もハッとしてバツが悪そうに瞳を伏せた。
「どうして行ったらダメなんだ?」
又、至は林の奥を見て、不思議そうに呟いた。
「この奥には、今は誰も住んでない廃別荘があるけど、誰も居ないのにそこから呼ぶ声がするって、キモ試しで有名だぞ…SNSとか見ないのか?」
葵が、その氷のように澄んだ美しい声で怖い事を言うので、至の顔が強張る。
「あはは!マジ止めろって、そんなジョーク…俺、そう言うのマジダメだって知ってんだろ?」
「ジョークじゃ無いし、それにダメなら尚更止めろ。呼ばれて林の奥に行って、行方不明になった人間が本当に何人かいるらしい…だから、止めとけ…それに、もう声、聞こえないだろ?」
確かに、もうあれから声はしな
い。
平然としている葵に対して、葵の腕を捕まえたままの至の顔が青ざめると、あんなに晴れていた空から急に雨がポツリポツリと落ちてきた。
葵に似た男は、表情を固くすると
その場で至に一礼し、背を向けて帰り始めた。
「葵!」
至は、思い切りその場で叫んだ。
会えなかった数年分の気持ちが、そこに凝縮されていた。
しかし男は、一度立ち止まりかけたが振り返りはせず、また早足で歩き出す。
至は、後を追いかけ一度走り出したが、落とした袋を取りに戻らないといけなかった。
そして、又男の後ろ姿を追おうと振り返る。
だが…その目を離した一瞬…
ツクツクボウシの声しかしない、人影一つ無い、並ぶ沢山の墓や寺の建物の間をどこをどう行ったのか?
男の姿はもう無かった。
「嘘だろ?葵…葵…」
それでも至は、墓や寺の回りを汗だくで探して回る。
「葵!葵!」
精一杯叫びながら。
だが、やはり居ない。
それでも諦め切れず、その姿を追いかけて、整備された山道を下り走り出した。
やがてゆうに、300メートルは行っただろう…
そこに…
「おーい!おーい!おーい!」
と、林の中から呼ぶ声がした。
明らかに男の声に、もしかして葵じゃないかと、その奥へと足を踏み入れた。
声は一度だけで、気の所為かも知れなかったが、どんどん躊躇わず昼間でも薄暗い中を進む。
だが、どんどん行っていると、突然、背後から右腕を取られた。
「えっ?」
至が振り返るとそこに、あの葵に似た男がいて、厳しい表情で至に言った。
「行ったらダメだ…」
「あれ?じゃあ、あれは、誰が呼んでんだ?誰か、助けを求めてんのか?」
至がそう言いながら、木々の奥を覗き込む。
「だから…行ったらダメだって!」
腕を握ったまま、男の表情が厳しくなる。
しかし、どんな表情をしても男は美しい。
至は一瞬見惚れたがハッとして、今度は自分の左腕で男の右腕を捕獲した。
「捕まえた!葵!お前、葵だろ?」
汗だくの笑顔で至が言うと、男もハッとしてバツが悪そうに瞳を伏せた。
「どうして行ったらダメなんだ?」
又、至は林の奥を見て、不思議そうに呟いた。
「この奥には、今は誰も住んでない廃別荘があるけど、誰も居ないのにそこから呼ぶ声がするって、キモ試しで有名だぞ…SNSとか見ないのか?」
葵が、その氷のように澄んだ美しい声で怖い事を言うので、至の顔が強張る。
「あはは!マジ止めろって、そんなジョーク…俺、そう言うのマジダメだって知ってんだろ?」
「ジョークじゃ無いし、それにダメなら尚更止めろ。呼ばれて林の奥に行って、行方不明になった人間が本当に何人かいるらしい…だから、止めとけ…それに、もう声、聞こえないだろ?」
確かに、もうあれから声はしな
い。
平然としている葵に対して、葵の腕を捕まえたままの至の顔が青ざめると、あんなに晴れていた空から急に雨がポツリポツリと落ちてきた。
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